第186話 かくせい

「ガイラム兄さま、なの…?」


 睦美は信じられない物を見るような目で大豪院を凝視する。

 先程大豪院が睦美に見せた笑顔は顔のパーツ構成こそ大豪院であったが、基本無表情な大豪院とは明らかに違う性格の人物の仕草であった。


 何より睦美の本名である『ムッチー』という単語を使って話す人物などすでに居ない。アンドレや久子も魔法王国から日本に逃げて来てからは一貫して「睦美さま(様)」と呼んでいる。


 大豪院が睦美の兄、勇者ガイラム王子の転生者ではないか? との仮説は既出であるが、検証手段が無いことから睦美はあまり真剣に捉えてはいなかった。


 しかし、現状の大豪院の性格上考えられない優しい笑顔と、大豪院の知り得ない『ムッチー』という名前。この2点だけでも今の大豪院が我々の知る大豪院ではない大きな証拠とも言えよう。


 兄妹の感動の再会シーンになるかと思われたが、睦美の呟きに応える事なく、あっという間に大豪院の表情は人格が変わったかのように『優しい瞳の勇者』から元の『無骨な朴念仁』へと戻ってしまう。

 一瞬だけとまどった目を見せたが、すぐに状況を把握して大豪院はバララに向き直る。

 

 そしてバララは大豪院が何かをする隙を与えずに、睦美達を拘束している強靭な『糸』を展開して大豪院を雁字搦がんじがらめにしてしまっていた。


「ほほほほほ! 増援だか何だか知らないけど、ほんの数秒命が伸びただけだったわね。しゃしゃり出てきたのなら、お望み通り大豪院あんたからこま切れにしてやるわよ!」


 バララは広げた両腕を交差させる様に振り抜く。バララの想定では肉の塊と成り果てた『かつて大豪院であったモノ』が散乱しているはずだったのだが、そこに居たのは四肢を縛られたままとは言え未だ五体満足な状態の大豪院の姿であった。


「は? 何で細切れにならないのこいつ? あたしの『糸』に切れない物は無いはずなのに…」


 異常事態を前に狼狽えるバララ、そして大豪院は「ふんっ!」と体に力を込めると、筋肉の力だけでいとも簡単に全身に巻かれたバララご自慢の糸を断ち切って見せた。


「ウソ… ウソでしょ… あたしの自慢の『糸』がこんなあっさり… あり得ないわ…」


 必勝の策を破られて放心するバララに大豪院が一歩踏み出す。それに呼応する様に上空のドレフォザがバララを援護する為に、大豪院に向けて何らかの魔法を放とうと印を結んで詠唱を始める。


 そして、そのドレフォザの後方から一条の光弾が放たれ命中した。

 ドレフォザにはあらかじめ張られていた防御障壁があったのだろう、光弾は障壁に弾かれてドレフォザは無傷だったものの、その衝撃で体を揺らされ彼の詠唱は中断された。

 

 光弾の射出元へ目を遣ると、遠方で右手を指鉄砲の形にして仁王立ちするユリが立っていた。


「ふぅ、百発百中の『リリィショット』のお味はどう?」


 真打ちは遅れてやって来る、とでも言わんばかりに得意顔で登場するユリ。ちなみに先程の攻撃は100m以上離れた場所から行われており、そこからの数秒間で射撃場所から睦美達の所まで跳躍して来ている。


「…ねぇ、何で陽動なのに中ボスとバチバチやり合ってんの? 待機のはずの大豪院君は大豪院君で急に偽装解いて目の色変えて突っ込んで行っちゃうし、私も全く訳分かんないまま置いてきぼりにされるしで泣きそうになったよ!」


 ユリの発言は至極もっともである。当初の予定から何もかも外れてしまい、今は魔王城へ正面突破を掛ける流れになってしまっている。まぁ大体睦美の暴走のせいである。


「まぁウダウダ言っててもしょうがないから、ねっ!」


「ねっ!」のタイミングで、ユリはドレフォザから意趣返しの如く放たれた火球を、一瞥する事もなく手にした聖剣で斬り捨てる。


 素材や切れ味をアグエラに揶揄されてきたユリの聖剣であったが、高温の火球を両断した切れ味は彼女ユリの手の中にある限りは『斬れぬ物無し』の煽り文句に偽りは無かったと言えるだろう。


 ユリは返す刀で睦美達を拘束している糸を切って自由を取り戻そうと動くが、その前にバララが上空のドレフォザに声を掛けた。


御爺おんじっ!」

「心得た!」


 バララの叫びにドレフォザが呼応し更に高度を上げ長い詠唱を始める。恐らくはバララの糸で敵の動きを封じ、近接攻撃の届かない上空から高出力の魔法を撃ち込む、というコンビネーション攻撃の様である。

 

 その瞬間バララは全身から『糸』を放出し、睦美の立ち位置を中心に地面に蜘蛛の巣の様な陣を作り出す。

 蜘蛛の巣の至る場所から糸が吹き出し、全方位の糸攻撃に睦美らを助けようとしたユリを含めた全員が再び糸に捕らわれてしまう。

 今度は大豪院も前回比3倍に糸を巻かれており、先程同様にすぐに自力で脱出するのは困難に見えた。


「ヤバっ… まんまと罠に嵌っちゃうなんて… くっ!」


 拘束されたユリが腹に気合を込めると、ユリの全身が薄ぼんやりと黄金色に光りだす。これが『勇者の光』、神に祝福された勇者だけが纏える聖なるオーラである。


『ここで気を放出させれば体を縛る糸を消す事は出来る。でもそこから先に睦美さん達を助ける防壁バリアを展開する余裕は無い… どうする…? 私1人だけでも脱出して魔王軍と戦う…?』


 座して死を待つ訳にはいかない。かと言って睦美達をあっさり見捨てるのも如何なものか? 今すぐに答えを出さねばならないのに、ユリの思考は混乱して霧がかかった様に動きを止めていた。


『ふぅんっ! はぁぁぁぁっ!!』


 懊悩するユリを尻目に、傍らでやはり拘束されている大豪院もユリと同様に体に力を込める。


「あはははっ、無駄よ無駄無駄! そんだけ巻いたあたしの『糸』は魔王様でも千切る事は不可能だよ!!」


 先程簡単に糸を切られたバララが怨念の籠もった目で大豪院を睨みつけ大声を上げる。

 確かにはち切れんばかりに膨張した大豪院の筋肉を以ってしても、彼を縛っている糸は軋みすらせずに彼の自由を奪い続けていた。


「ぬぬぬぬ… くぁぁぁっ!!」


 極限まで力を込めた大豪院、糸への抵抗は失敗していたが別な所で新たな反応が発生していた。先程ユリが発現させた黄金色の光を大豪院が発し始めたのだ。

 最初は淡かったその光は、やがて大豪院の全身を覆い、ユリの光に倍する明るさで周囲を照らし出した。


 それは紛れもない『勇者の光』。魔王に対抗できる唯一の力が放つ優しく暖かい光であった。

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