第184話 いっきうち

「ちょっとアンドレ、なに主人を差し置いて前に出ようとしてんのよ? ここはアタシの見せ場でしょ?」


「いえいえ、睦美様は魔法の効かない幹部クラス相手だと相性悪いじゃ無いですか。ここはやはり近衛として主君を守る立場上、私が戦わないとですね…」


「それなら『近衛』なんだから睦美さまから離れちゃダメですよ、アンドレ先生。だからこの鎧魔族とは私が戦います!」


 魔王軍四天王の1人を前にしてアンドレの勇み足を責める睦美と久子、それに対し抗弁するアンドレ。緊張感があるのか無いのか判然としない状況だ。

 

 そして敵の襲来をいち早く察知して颯爽と現れ、敵の戦士との一騎討ちという美味しい流れの後に、グダグダと始まった相手の内輪揉めを見せられる。

 拍子を崩されたゲルルゲスとしては堪ったものではない。


「だぁーっ! 誰でも良いから早くしろ!! 何ならまとめて相手してやっても良いんだぞ?!」


 激昂するゲルルゲスを余所にマジボラ一行は身内で輪になって何やら相談し、やがてジャンケンを始めた。


「よっしゃ、やっぱり私が一番ですね!」


 嬉しそうにガッツポーズを取るアンドレ、苦々しく顔を歪める睦美、呆れ笑顔の久子、どうやら先鋒は決まったようである。


「お待たせしました戦士殿。では改めてお手合わせ願います。お名前を伺っても?」

 

「ふん、我が名はゲルルゲス、魔王軍四天王最強の男よ! 冥土の土産に覚えておけ!」


 戦士2人が挨拶を交わす。表面上は穏やかな雰囲気だが、この数秒後には激しい戦いが始まるのだ。今にもはち切れそうな程にピンと緊張感の糸は張られている。


「いざ、参ります!」


 剣を鞘に納めたままでアンドレはゲルルゲスに向けて突進する。柄に置かれた手はいつでも抜刀出来るように油断なく添えられている。

 対するゲルルゲスも手にした大槌を振り上げ、走り寄るアンドレに向けて無造作に打ち下ろした。


 巨漢とも言える体格のゲルルゲスであったが意外にその動きは俊敏で、概観で100kgは超えていそうな大槌を軽々と、しかも素早く振り回していた。

 

 恐らくアンドレの作戦としては、ゲルルゲスの大槌が振り下ろされる前に、速度を載せた抜刀術で鎧ごと断ち切ろうとしていたのだろうと思われた。

 しかし、意に反して途轍もないスピードを見せたゲルルゲスの大槌は、アンドレの接近に合わせた様なタイミングで彼の頭上に落ちてくる事になる。


「アンドレっ!」

「アンドレ先生っ!」


 睦美と久子の声をバックに大槌の落下の衝撃で巻き起こる大量の土煙に埋もれて見えなくなるアンドレとゲルルゲス。


 姿は見えないが、剣戟の音だけは聞こえてくる。どうやらアンドレは潰されずに済んだようである。

 やがて大きく横に振られた大槌の風圧で煙が晴れ、戦う2人の姿がはっきりと見て取れた。

 状況の把握が出来た睦美と久子もわずかに安堵の表情を見せる。


「アンドレ先生、まだ無事みたいですね…」


「ええ、でも相手の装甲が固くて全く有効打を与えられていないわ。鎧の傷は増えているけど、あくまで表面だけ。逆にこちらは…」


「一撃食らっただけでアウトですよね… どうします? 加勢しますか…?」


久子の質問に、睦美はしばしアンドレとゲルルゲスの闘いを見つめる。まだ現状はアンドレが敵の大振りを回避しつつ、細かく細かく打撃を刻んでいる様に見える。

 

「…魔族相手に筋を通す必要も無いけど、こちらから一騎討ち仕掛けておいてズルしたらアンドレの名誉に関わるわ。ここはアンドレを信じて静観、でもヤバくなったら…」


「はい! いつでも飛び込める様にしておきます!」


 睦美と久子の作戦会議も終了した頃、アンドレ達の一騎討ちも動きを見せていた。


『剣の攻撃にオーラを乗せて攻撃しているのに鎧に付く傷が浅い… もしやこれはショッピングモールで戦った丸い奴(ウタマロん)と同じ技術か…?』


 元々繁蔵の作ったウタマロんは魔界の『強化魔殻』の技術を用いて作られた強化服である。そして今眼の前にいるゲルルゲスの鎧は同様の技術で作られており、鉄壁無比であったウタマロんと同等の防御力を有していた。


 ウタマロん並みの盤石の硬さを持ち、あらゆる物を圧し潰すハンマーを振り回すゲルルゲス。伊達に四天王と呼ばれている訳では無い。


『…僕の力では彼の装甲を撃ち抜く事は恐らく不可能。ならば…』


 アンドレは手にした剣を大上段に振りかぶり、そこから一気呵成に両手の力を以てゲルルゲスに打ち下ろさんとする。


「甘いわっ!」


 しかしゲルルゲスはアンドレの攻撃を読んでいたのか、下からの打ち上げでカウンターを取り、アンドレの剣とゲルルゲスの大槌が激突する。

 結果、筋力の差と得物の質量の差はどうする事も出来ずに、アンドレの手にしていた剣はカチ上げられた大槌に弾かれて、彼の手を離れて空高く舞い去って行った。


 ゲルルゲスとアンドレで攻守が入れ代わり、今度はゲルルゲスが無手となった反動で膝を付いたアンドレの頭上に武器を振り上げる形になる。


「非力非力非力ぃっ!!」


 勝利を確信したゲルルゲスの歓喜に満ちた声が山道に響く。あとは手にした大槌をそのまま落とせば、アンドレは圧し潰されて敢え無く路傍の染みとなり果てるだろう。


 対するアンドレは片膝を付いたまま右手を大きく振り上げる。

 腕を振り上げて体を庇っても、防御には蟷螂の斧ほどの役にも立つまい。

 だがそこでアンドレの取った行動は『防御』では無い。彼は振り上げた拳に気合を込め、渾身の力で地面を叩いたのである。


「うぉぉぉぉっ! 『¤‡Ξ❆❂✵✳✰✿パワーゲイザー』っ!!」


 叩いた地面にアンドレを中心に半径1m程の光の輪が発生した。

 ゲルルゲスはその輪の中におり、今まさに大槌を振り下ろそうとした瞬間、ビクンと体を震わせ動きを止めた。

 

 次の瞬間、「ガハッ!」と声を出しゲルルゲスの面頬マスクの端々から赤い液体がほとばしった。

 ゲルルゲスの巨体はそのまま後ろに大の字に倒れ込み、二度と動く事は無かった。

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