第156話 おうえん

「つばめ〜、学校の佐藤先生から電話よ〜」


 沖田が誘拐された翌日の日曜日、沖田が心配で床についたものの悶々としながら眠れぬ夜を過ごしていたつばめであったが、いつの間にか睡魔の虜となってしまっていた。

 母親の声に目を覚ましたつばめは、いつもなら二度寝の機会と言い訳を求めて微睡みの中に埋もれようとするのだが、今日は母の言葉に言い知れぬ不安を感じて、飛び起きるように寝床を離れた。


「も、もしもし、芹沢ですけど…?」


 階下に降りて受話器を受け取る。何も言わずとも電話口の向こうの佐藤教諭の緊張した雰囲気が伝わってくる。


「芹沢か? 沖田が昨日から家に帰っていないと彼の家族から連絡があってな。同じサッカー部の谷から『練習試合の後、お前と昼食を摂るためにどこかに行った』と聞いてな。あの辺は昨日事件が起きたらしいから、何か事件に巻き込まれた可能性もあるし、芹沢が何か知っていたら教えてもらおうと思って電話したんだが…」


 つばめは沖田に何が起きたのかを全て知っている。何なら極めて漠然とだが、彼の所在も掴んでいる。

 だがそれを佐藤教諭に打ち明けるわけにはいかない。魔法だの魔界だのといった話を一般人である佐藤教諭に話しても、到底まともに取り合って貰えるとは思えないし、最悪沖田誘拐の犯人に勘違いされて警察の介入を招く事になりかねない。


「えっと、ごめんなさい… 沖田くんとはお弁当を食べてすぐ別れたので何も知りません…」


 色々な状況を鑑みて、つばめは嘘をつくと決めた。実際今の段階で佐藤教諭に対して話せる事は多くないのだ。

 つばめの『ごめんなさい』の気持ちは情報を知らない事では無く、故意に情報を隠している事に対する罪悪感からである。無論そんな事は佐藤教諭には知る由もない。


「そうか… まぁもし何か手掛かりになりそうな事を思い出したら佐藤おれの方に連絡をくれ。とりあえず色々聞いて見るから」


「はい。わたしも心当たりを探してみます…」


 そうやり取りして教諭との通話を切ったつばめ。囚われたまま不遇な目に遭わされてはいないかと胸を痛めると共に、沖田救出の為の決意を新たにする。


「例の『境界門ゲート』とやらの解析ってどうなったんだろう…? 久子先輩に電話してみようかな…? おっと、その前に…」


 万が一、警察の介入があった場合に備えて、つばめは警察への予防策の一手を打つ。

 警察に介入された場合、対応に顔見知りの武藤やまどかが来てくれるならまだしも、全く無関係な刑事を寄越されたら話がなおさら拗れるだけであろう。


 そして武藤とまどかは特命の潜入捜査中の立場であり、行方不明者捜索任務に駆り出される確率は極めて低いと思われる。

 ただ、武藤やまどかを一報を入れておく事で、警察内部の情報撹乱は期待出来るかも知れない。


「もしもし、武藤さんですか? あの、芹沢ですけど…」


 つばめの連絡に対し武藤は「なるべく貴女達に疑いが向かわない様に動いてみる。そちらも絶対に無理しないでね」と優しく答えてくれた。


 ☆


「で、この緊急事態に何でわたし達はプロレス見物なんてしてんですかぁ…?」


 傍から見て明らかに機嫌を害したつばめのボヤキが毒となって周囲にバラ撒かれる。


「そんな事を言ったって『境界門ゲート』の座標解析はまだ時間が掛かるし、アンタ元々今日は綿子の部活の応援に行く約束してたんでしょ?」


 これまたいつも通りに不機嫌そうな睦美の反撃に答えに窮するつばめ。確かに綿子の練習試合への応援は約束していたものであるし、ショッピングモールの戦いで綿子を借り出す条件として、久子が試合に助っ人参加する約束もしていた。


 一行が今この場に居る事に何の不合理もないのである。

 …のであるが、事態のあまりの進まなさにつばめは焦りを隠せない。こんな事をしている間に沖田が苦しんでいると思うと気がおかしくなりそうになる。

 

「蘭ちゃんも昨日から連絡付かないし、心配だよね… まさか蘭ちゃん1人で魔界に行って沖田くんを助けに… なんて、そんな事は有り得ないよねぇ、手段も方法も分からないんだし…」


 現実の残酷さを知らないつばめは、まだほんの少し余裕を持って事態に当たれていた。


 ☆


 私立瓢箪岳高校『女子レスリング同好会』

 こちらの同好会はマジボラと同様に、常人ならざる者たちによって運営されている。

 約120話ぶりに出てくる設定である為に読者諸兄で詳細に覚えている方は皆無であろうから改めて解説させて頂く。


 彼女らは『能力者』と呼ばれる人種であり、土水火風の自然の力をその身に宿し、古来から互いに覇権をかけて戦っている。


 その能力は肌の露出が多い程に強く発現し、強大な力を振るえるが、自制力の低い未熟な能力者が高い露出を晒すと、力が暴走し自らの体を害する事もある。


 彼女らは『聖服』と呼ばれる特殊な服に身を包み、そのような事態を回避、予防する為に作られた服を着る事で能力の発現を抑制し、一般の日常生活を送っている。


 『能力者』は古来から互いに覇権をかけて戦い歴史の裏で暗躍していた。

 本来は年単位の間隔で開催される武闘大会の勝者(と血族)が、次の大会まで国の政治を司る、といったキナ臭いシステムなのだが、その辺は「まじぼらっ!」とは関係が薄いので割愛させて頂く。


 今から行われるのは自分や相手の実力を計りたい若い参加者向けの交流試合的な物である。


 私立瓢箪岳高校生vs私立風紋閃ふうもんせん高校。一見ただの高校生の練習試合の様にカモフラージュされているが、観客も含めて全てが『能力者』の関係者で占められている、完全にクローズドな催しであった。

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