第147話 けつい

 大豪院からの唐突なプロポーズ (?)で、バス内の空気は再び凍りつく。アンドレと鍬形以外の面々は状況が理解できずにつばめと大豪院の2名を交互に凝視する。


「え? なに? どゆこと? 大豪院くんとつばめっちって付き合ってるの? 沖田くんを助ける作戦は何なの?」


 こういう微妙な空気の時にも綿子は物怖じせずに真実に立ち向かっていく。やや程度を弁えない部分も散見されるが、その前向きな姿勢はもっと評価されていいだろう。


「ち、違うよ! 何か大豪院くんが呪われているらしくて、周りに怪我人が続出するから定期的にわたしの力を使うために『一族に入れ』って事らしいんだよ…」


「は? 何それサイテー…」


 ジト目で大豪院を睨む綿子だが、大豪院は『お前らには関係無い』とでも言わんばかりに再び目を閉じ無表情を貫いていた。


「つばめ、良い機会だからその『呪い』とやらが解けるのか試してみたら良いんじゃないかい? 大豪院ももし呪いが解けたならアタシらに協力してくれるよね?」


 次の乱入者は睦美だった。アンドレから大豪院が、睦美の兄である故ガイラム王子であると聞かされて若干の動揺を見せたものの、すぐに気を取り直し自らの目的の為の悪知恵に注力していた。


 睦美とて大豪院が本当に兄ガイラムの転生者なら邪険に扱おうとは思ってはいない。むしろ手元に置いて協力関係を築くべきだと思っている。大豪院の無類の強さを考えれば尚の事だ。


「理由は知らないけど、大豪院は魔物に命を狙われているんだろ? その『呪い』ってのも大方大豪院アンタを殺そうと、奴らの手下がチョロチョロ動いていたせいと違うのかい?」


 大豪院を亡き者にするべく動いているのは、魔界だけではなく天界も含まれるのだが、まぁ状況だけなら睦美の推理でほぼ正解であった。


「それならアンタ強いんだから、こっちから出向いて敵の総大将をぶっ倒しちまえば『呪い』とやらも消えるんじゃないのかい?」


 要は『呼ばれたついでにマジボラに力を貸せ』という内容なのだが、いかにも大豪院の為に言ってます感に睦美の小狡い性格がよく現れていた。


「嫁にするとか言っても別につばめの事を愛している訳じゃなくて、単に便利な駒を手元に置いておきたいだけなんだろ? 男なら下らない計算してないでババっと格好いい所を見せた方が女はその気になるもんだよ」


 つばめを差し置いて大豪院に啖呵を切る睦美。その横で久子、蘭、野々村、御影、綿子らマジボラメンバーが『うんうん』と同意の仕草をする。


 実はつばめを『便利な手駒』として側に置いておきたいのは睦美も同様であり、大豪院に対して道徳を説ける様な立場ではないのだが、それをおくびにも出さずにその場の空気を支配する睦美の作戦勝ちであった。


「大豪院くん… さっき沖田くんを助ける為なら『何でもする』って言ったのは本気だよ? 大豪院くんが本当に呪われているなら、わたし頑張って呪いを解く方法を見つけるし… だ、大豪院くんが本気でわたしと結婚したいのなら結婚だってする… 大豪院くんの事を好きになるよ…」


 目を閉じ沈黙を続ける大豪院につばめが訥々と語り掛ける。つばめにとっては到底受諾し難い選択ではあるが、誘拐された沖田を救出するためならばつばめは本当に何でも受け入れるつもりであった。


「なぁ大豪院、さすがに女にここまで言わせて無視して帰るのはダサくねぇか? ダチのお前が行くなら俺も付き合うからさ」


 次に口を開いたのは鍬形だった。鍬形の問題への理解度はまだまだ入り口に辿り着いたかどうか、といった所だったが、彼は彼なりに事態の深刻さを読み取り、多分に独自解釈ではあるが『大豪院を動かさないと事態が好転しない』という真理には辿り着いていた。


 そして鍬形自身も『訳の分からない事件から逃げたい』という気持ちから『沖田クラスメートを助けてやりたい』という正義の気持ちが芽生えてもいた。

 もちろんその理由は、つばめの真摯な嘆願に鍬形自身が心を揺さぶられた事が大きい。


 鍬形の煽りとも取れる言葉が直接大豪院を動かしたとは考え難いが、大豪院は閉じていた目を開き睦美を見つめる。


「その女にも一理あるな。厄介の元が断てるなら動く価値はあるか…」


「ちょっと待ったぁ!」


 ようやく大豪院の説得が完了したと思われた矢先に、大声を以って割って入ってきたのはまどかであった。

 全員の視線が自分に向いてる事を確認したまどかは得意顔で語りだす。


「あーしは警察官として民間人、それも高校生のみでそんな危険な場所に向かうのはとてもじゃないけど看過できません。なので私も同行します。良いですよね先輩?」


 これはその先輩たる武藤ではなくまどかのセリフである。今までのまどかを知る人間からすれば、到底考えられないほど公憤に満ちた行動であった。

 しかし、武藤は冷静にまどかの視線の先が常に御影を向いていた事を見逃しはしなかった。


「…ちょっとまどか。アンタ今の事態に1ミリも危機感持ってないでしょ?」


 武藤の細められた視線もどこ吹く風、そしてまどかは更に取って置きの爆弾を投下して三度みたび空気を凍らせた。


「何言ってんスか先輩! それにつばめちゃんのお腹には新しい命が宿っているんだから、尚更危険な真似はさせられないっス!!」

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