第124話 せっきんそうぐう

 2限目明けの休み時間に入ってから野々村は携帯電話の電源を入れ、知らない電話番号からの着信があった事に気付く。これは『授業時間中の携帯電話等の使用を禁じる』という校則に真面目に従っていた為だ。


 野々村の電話番号を知っている者は多くは無い。

 新聞部時代の先輩である九条や高柳、沖田親衛隊の武田ら3名とは番号交換をしているが、もはや今の野々村に彼らと話をする事など無いし、嫌がらせ目的以外で向こうから電話を掛けてくる事も無いだろう。


 ましてや彼らの電話番号は電話帳に記録されており、着信があれば画面に名前が表示される事だろう。

 非通知でも無く普通に相手の番号のみが表示されている、ここでようやく野々村は昨日鍬形に自身の連絡先を渡していた事を思い出した。朝方に鍬形から電話連絡があったのだ。


 野々村は静かに発信者の電話番号に向けて通話ボタンを押した。


 ⭐


 一方の大豪院&鍬形であるが、実は何事も無かったかのように登校していた。というのも、街中の喫茶店なりゲームセンターなりに行こうと画策していた鍬形であったが、大豪院と連れ立っていた事が仇となり有象無象の注目を引いてしまっていたのだ。

 一般市民だけならまだしも、制服私服を問わず警察からも執拗なマークを受けて3度もの職務質問にあっていた。


 如何に大豪院が側にいようとも、悲しいかな表立って警察に歯向かう程に鍬形は馬鹿では無かったし大物でも無かったのだ。


 職務質問される都度「鍬形じぶんが体調を悪くして大豪院が付き添ってくれた、今から登校する」という旨の言い訳を駆使して誤魔化していた。


「まったく… 何で不良ツッパリの俺が警察マッポにビクビクしながら歩かなきゃならねーんだよ…?」


 不満タラタラの鍬形であったが、そんな鍬形の気遣いを知ってか知らずか、隣の大豪院はいつも通り『我関せず』とマイペースで歩いていた。


 さて、学校に到着したは良いが正門は既に閉められている。学園の四方を囲む壁には泥棒避けの有刺鉄線が張り巡らされており、侵入するには骨が折れる。正門には有刺鉄線こそ無い物の、高さが2mに達し外側には足をかける取っ掛かりも無い。


 どうしたものか…? と腕を組む鍬形であったが、そのまま襟首をヒョイと摘まれて猫か何かの様に内側に投げ入れられた。

 もちろん大豪院の仕業である。落ち方も考えられて投げられたのか、鍬形は無事に足から着地し少しバランスを崩しただけで無傷で校内に入る事が出来た。


 続く大豪院であるが、その場にしゃがみこむと直後に込められた脚力を放出した。

 垂直跳びの要領で上に跳んだ大豪院は、そのまま軽やかに何事も無く『ズン!』という地響きと共に正門を飛び越えて見せたのだ。


「垂直跳び2mかよ…」


 絶句した鍬形の表情が大豪院の非常識さを雄弁に物語っていた。

 野々村から鍬形の携帯に呼び出しがあったのはこの時であった。


 ⭐


 昼休み。

 生徒食堂に集まった野々村と鍬形と大豪院。


 大豪院がこの場に居るのは過去のパターンから考えるととても希有な事なのであるが、「俺の男を立てる為に頼むよ」という鍬形の再三の懇願により、渋々… なのかどうだか表情からは計り知れないが、野々村としてはどうにか大豪院を交渉の場に引きずり出せた事に大きな達成感を感じていた。


 鍬形は鍬形で「野々村が大豪院に告白する為に用意した場」だと思い込んでいた為に、これまた既に『幸せになれよ、兄弟』とやり切った気持ちでいた。

 あとは自分がこの場を去ればこの女は告白出来るだろう。大豪院の答えの保証まではしかねるが、せいぜい上手くやってくれ……。


「本日お二人をお呼びしたのは、お二人の男気に頼らせて頂きたかったんです。実は明日…」


 野々村の切り出した会話は鍬形の想定していた物とは150度ほどズレていて… まぁ一般的には『明後日あさっての方向』を向いていた。

 要は「悪い奴らが現れるから、そいつらを撃退して欲しい」という事らしい。


 鍬形の期待していた恋愛とか告白とか、まるでカスリもしていない。静かに落胆する鍬形であったが、別な意味で心を奮わせられる案件でもあった。

 野々村の話に出てくる『悪い奴ら』とは先日学校を襲撃した連中と同じ、あるいは一味らしいのだ。


 鍬形は瓢箪岳高校の頂点テッペンを目指している。即ち全校生徒は自分の舎弟、いや臣民に他ならない。将来的に彼らを守る為の行動は自分にとっても益のある事では無いか? と考えるぐらいの知恵は働く。

 積極的な気乗りはしないが、ここで野々村を筆頭とする全校生徒、いやせめて女子生徒に対して『貸し』を作っておくのも悪くはない。


 桜田の手下の様な虫程度の知能しか持たないヤンキーも居れば、人心を巧みに操り戦略的な動きを見せられるヤンキーも居る。猿程度の知能は持っている鍬形は中の上と言った所か。


 問題は変わらず無表情のままの大豪院である。どうせまた「興味ない」と即断するだろう、そうするとこの女は悲しむのでは無いか? と鍬形が心配して大豪院の顔を覗き込むと…


「モールになら行ってもいい…」


 という意外な答えが返ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る