第109話 よてい

 放課後、つばめは1人ボンヤリと気が乗らないままマジボラ部室への道を歩いていた。


 今週末に対外練習試合を控えた綿子は颯爽と女子レスリング同好会へと走っていき、蘭は「家の用事があるから」と先に帰宅していたからだ。


「よっ! どうしたの? 元気ないね?」


 突然後ろから肩を叩かれてバランスを崩しそうになる。ボンヤリしていた分、余計に大袈裟な動きで態勢を戻さねばならなかった。


「ちょっと! 危ないじゃない!」


 と振り向いて文句を言おうとしたつばめはであったが、その口は「ちょっと…」までで止まってしまう。


 つばめを叩いたのはジャージ姿の沖田であった。叩いた事も男子の力で軽く当てただけで害意は無いものだ。つばめに向けた無垢な笑顔がそう語っていた。


『沖田くん…』


 作者もいつからか覚えていないくらい久々のカラミである。つばめの『きゅんゲージ』が爆上がりを見せ、心拍数が跳ね上がる。


「なんか元気なさそうに見えたけど、大丈夫…?」


 確かに朝の大豪院の登場からこっち、蘭たちにイジられた事も含めてつばめの気分は晴れていなかった。

 つばめ本人はまだ気がついていなかったが、その理由は『大豪院』という存在に、新たな波乱の予感を抱いた事が大きい。


『一難去ってまた一難』的な悪い予感がつばめの足取りを重くしていたのだ。


 そんな自分を気遣ってくれる沖田の優しさが眩しすぎて尊過ぎて、思わず沖田に向けて手を合わせそうになるつばめ。


「んじゃ、先に行ってるぞ沖田。じゃあねブーメランちゃん」


 軽い口調で沖田の横を通り過ぎる男子生徒。『つばめブーメラン』を知っている1年C組のクラスメイトで、サッカー部の仲間である たに 紋次郎もんじろうという少年だ。


 つばめと親衛隊のおかげで沖田の周りには女しか居ないと思われがちだが、そんな事は無い。ちゃんと男の友人もいる。

 谷にしても名前が出ていなかっただけで今回が初出演ではないのだが、それはまぁ良かろう。

 実際声を掛けられたつばめの印象も『誰だっけコイツ?』であったのだから、谷についてこれ以上は語るまい。


「ありがとう沖田くん。何となくモヤモヤして気分が曇ってたから、声かけてもらえて良かった。少し元気出たよ」


 沖田に向けて自然な笑顔を出せたつばめ。自分を気にかけてくれる相手がいる、増してやその相手が好きな男なら溢れ出る元気も100倍である。


「そう? よく分かんないけど元気になったなら良かったよ。あ、そうだ。今度の土曜日に南瓢箪岳高校みなひょーと練習試合があるんだけど、応援に来てくれるとうれしいな。俺はベンチスタートだけど試合途中で使ってもらえそうなんだよね…」


 子供の様な顔をして嬉しそうに話す沖田。その幸せそうな笑顔を見ているだけでつばめにも幸せな気持ちが広がっていく。


『確か綿子の練習試合って日曜日のはずだから、現在土曜日の予定はない。仮に有っても万難を排してでも予定を空けよう』


 0.2秒でそこまで考えたつばめは、目を輝かせて沖田と向き合う。


「絶対行くよ! わたしお弁当作って持っていくね!!」


 普段から料理をしているつばめは、サラリとそんな事が言えた。あまり上等な物は作れないが、普通の弁当に入れる程度の料理なら、つばめはさして苦労せずに作れるだろう。


「わぁ、ホントに?! 土曜日楽しみにしてるよ! じゃあ俺部活行くね!」


 手を振り去っていく沖田。その背中を見送りながら、つばめは沖田に『ハイ、あ〜ん』と自分の手作り弁当を食べさせる妄想を、うっとりと幻視していた。


 ☆


「今度の週末に『恐怖エナジー集め』やるからな? 予定を空けておけよ? 特に蘭。良いね?」


 帰宅してすぐに家族会議の始まった増田家。もちろんメンツは繁蔵、蘭、凛の3名である。


「『すぐ帰ってこい』なんてメール寄越すから何事かと思ったらそんな事なの? それに私、日曜日は用事あるから無理だよ?」


 そう、日曜日は綿子の試合の応援につばめと行くと約束してしまっている。

 不満そうな蘭の言葉にも動じずに繁蔵は説明を続ける。


「んじゃ土曜日に決行な。今度は二正面作戦で行く。その為に怪人も2体用意した。蘭、凛、お前達が別々の場所で暴れるのだ。同時多発ならマジボラとかいう連中も片方しか対応できまい。どうよ? このお爺ちゃんの冴え渡る作戦力」


 胸を張り得意ドヤ顔で笑みを見せる繁蔵。凛は嬉しそうに手を叩いていたが、蘭は色々と複雑な気分だった。


「ちょっと待って。私もまた『ウマナミレイ?あれ』やるの? やんなきゃダメなの?」


 何も分かっていなかった初めの頃ならともかく、現段階の情報量を抱えてまたあの格好をするのは、蘭にはちょっと、いやかなり抵抗があった。


「心配せずとも大丈夫じゃ。ウタマロんの性能をフィードバックして生まれ変わった新たなウマナミレイ?スーツは戦闘力が格段にアップしているのだからな!」


 その言葉と共に繁蔵は居間のテレビのスイッチを入れる。映った画像は薄暗い地下の研究所の監視カメラのものだろう。

 画面がズーム、ライティングされて映し出された物は、マネキン人形に着せられた、以前よりかなり露出度を上げたウマナミレイ?の新衣装だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る