第99話 さぐりあい

「お忙しいところご協力ありがとうございます。わたくし、県警の武藤と申します」


 校長室で面会する2人の男女。1人は武藤、そしてもう1人は瓢箪岳高校英語教師にして魔法奉仕同好会顧問のアンドレ・カンドレ教諭であった。


「君宛ての来客がある、校長室で待たせてある」


 と教頭から言われて向かった先で、武藤と出会った次第である。


「これは何とも魅力的チャーミングな刑事さんだ! こんな堅苦しい部屋よりも、もっと夜景の美しいバーとかでグラスを片手に語り合いませんか?」


 アンドレも得意の軽口で武藤の反応を窺う。アンドレの様な一般の教師には、警察による魔法少女事件への潜入捜査は伏せられていたのだが、マジボラ関係者であるアンドレも、既に不二子経由で注意を促されていたのだ。


 加えて言うなら武藤の体型はアンドレの守備範囲の外にあり、誘い文句を口にしてはいるが、本気で誘っている訳ではない。


「そのお誘いは今取り掛かっている仕事が片付いたら、改めて考えさせて頂きます。その為にもカンドレ先生のご協力が必要でして…」


 武藤も表情を崩さぬまま微笑みを浮かべて話す余裕すらあった。


「カンドレ先生はとても日本語がお上手で驚きました。日本に来られてから長いんですか?」


「ええ、もうかれこれ16年になります。女性と仲良くなるにはまず言葉を覚えませんと…」


「なるほど、ご立派ですわ。ちなみに以前はどちらの国にお住まいだったのですか…?」


 武藤の攻撃が静かに開始される。

 警察や役所の資料にもアンドレの出生国に関する情報は無かったし、入管には「そんな人物が入国した形跡」すら無かった。

 目の前の男はほぼ確実に不法入国者であるし、今回の武藤はそれを理由にアンドレを逮捕勾留して、マジボラの情報を聞き出すつもりであった。


「はい、日本に来る前は『アンコクミナゴロシ王国』の住民でした」


「…………は? 今なんと? 暗黒… 何? 貴方、ふざけているのなら…」


 武藤は日英独仏中西露そしてアラビア語のオクタリンガルである。もちろん専門的な会話は不可能だが、日常生活を送る上での会話能力はどの言語を用いても問題なく行えるレベルであった。

 その武藤をして「アンコクミナゴロシ王国」などと言う人を食った様な国名には、驚きを通り越して怒りすら覚えていた。


「『アンコクミナゴロシ王国』ですよ、刑事さん。冗談でもフザケてもいません… もうこんな腹の探り合いは止めたいのですがどうでしょう? 何かお聞きしたい事があれば正直に答えますよ?」


 アンドレの作戦としては「変に隠しだてをせず、事情を全て話して警察に協力、或いは不干渉の立場を取って貰う」事を考えていた。


 確かに睦美、久子、アンドレの3人は不法入国の末に日本に住んでいる。そこを詰められれば抵抗のしようも無い。

 かといって送りかえされる国を日本は『国家』として認識していないので強制送還も難しい。それ以前に転移魔法以外では行き来する手段すら無い。

 仮に睦美らを拘束したとしても手に余るだけであると予想できた。


 更にマジボラとしては表向きは長期間ボランティア活動を続けており、社会貢献の意味でも警察へのアピールポイントに出来る算段であった。

 更に昨今の怪人騒ぎも事態を解決したのはマジボラであって警察ではない。


 その辺りを突っ付いて警察への懐柔工作としたいアンドレの思惑であった。


「何故かは分かりませんが、我々の目的をご存知の様ですね… 噂の『魔法』? それとも密告者でもいるのかしら…? 結構、ならば芝居は止めてお互いに胸襟を開いてお話ししましょうか」


 言葉の通り武藤がネクタイを外し襟のボタンを1つ外す。


「最近巷を騒がせている『魔法少女』と、こちらの魔法奉仕同好会との関係を教えて下さい。近藤睦美らの正体も含めて…」


 武藤の質問に、アンドレは積極的にすら思えるほど明快に答えていった。


 母国を滅ぼされた事、王女を含む生き残った3人で日本に転移してきた事、やがて国を再興する為に必要な力を集めている事、その活動が十数年にも及ぶ事、最近になって怪人騒ぎを起こしている『シン悪川興業』の情報は現在収集中である事、英語教師をやっているが、それまで英語なんて触れた事が無くて日本語と英語の同時勉強で死にそうな目に遭った事… ほとんど全てと言って構わない位にマジボラの情報を武藤に話したのだ。


 逆に武藤はここまで一気に情報が入手出来るとは予想していなかった為に、動揺を隠せないのと同時に情報の飲み込みにも苦労していた。


「あ、ありがとうございますカンドレ先生… にわかには信じられないお話ばかりですが、それらを一笑に付す程には警察われわれもモノ知らずではありません。むしろ長年の疑問が晴れた部分もあります」


 ここでアンドレは勝負に出た。


「刑事さん。確かに我々は日本国のルールを破って滞在しています。その上でお願いしたいのですが、我々も平和を愛し、微力ながら治安活動の一翼を担ってきたつもりです。今後警察からの協力依頼があれば力を貸す事にやぶさかでもありません」


 一旦ひと呼吸を入れて間を溜めるアンドレ。


「そこで一度、我が君主であるムッチー王女殿下とお話ししてみては頂けませんか…?」

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