第73話 じんもん

 つばめとの時間で温まっていた蘭の心の温度が一気に冷え込む。


「こ、近藤先輩… こ、こんにちは…」


 勝ち誇った顔で蘭を見下ろしてくる睦美に対して、まずは『マズイ事は何も聞こえなかった』振りをして無難に頭を下げる蘭。


『…なんで私がウマナミレイ?だって知ってるの? 顔は仮面で隠していたし口調も変えていた。私の正体がバレる要素はまず無い… あ、昨日のバトルで張りきりすぎたから? でもあの場に先輩達は居なかったし、どっちにしてもバレる要素はあまり無かったはず…』


 睦美の急襲に頭がまるでついてこない蘭。効果的な対策が思い付かない以上、状況を見ながら臨機応変に対処していくしかない。

 まずは睦美あいての出方を窺う。


 一方の睦美は得物のキャンディスティックで自分の肩をポンポンと叩きながら余裕の表情を浮かべていた。


「振り向いた瞬間の良い顔をありがとうよ。さて、今死ぬのと言いたい事を言ってから死ぬのとどっちが良い?」


 睦美には蘭の様な冷却の力は無い。しかし今、彼女の周りの空気は明らかに外の温度よりも低くなっていた。


『よく分かんないけど、向こうは完全にこちらをウマナミレイ?だと認識している。学校で騒ぎを起こしたくないし、つばめちゃんに正体を知られるのもイヤだ。どうする…? どうやって誤魔化す? それともいっそここでこの女を倒す…?』


 蘭の思考はどうにも鈍い。心の動揺が大きくて極端な思考に走りがちになる。

 それでも冷静に努めて、蘭がひねり出した言葉、それは


「…場所を変えませんか?」

 であった。




 体育館の裏手、既に午後の授業は始まっており周囲に人の気配は無い。


 睦美と相対した蘭は覚悟を決めて口を開く。


「…それで、私をどうするつもりですか…?」


 交渉で穏便に済むのならそれに越した事は無いのだが、先程の睦美の殺意満々な発言を見るにそれを期待するのは儚い望みであろう。

 ならばあのチンチクオレンジ(久子)の居ない今のうちに、睦美だけでも仕留めておけばまだ状況の修復は不可能では無いかも知れない。


「変に誤魔化さないのは肝が座ってるねぇ、気に入ったよ。そうだねぇ、まずアンタには知っている事を洗いざらい喋ってもらうよ。組織の目的や魔王の事、何でつばめに近づいたのか? とか諸々をね…」


 睦美にいきなりの交戦意思が無い事を確認し、安堵の息を漏らす蘭。

 蘭自身シン悪川興業の事はよく分かっていない部分も多いのだが、逆に言えば蘭が知っているレベルの事などは相手に教えてしまっても大した問題にはならないだろう。

 むしろ本格的にマジボラの妨害が入れば、悪ノリしている繁蔵や凛の気持ちを入れ替える切っ掛けになるかも知れないのだ。


「…分かりました。私の知っている限りの事はお話しします。その前に一つだけ良いですか? なぜ私がウマナミレイ?だと確信出来たんです?」


 蘭の問いに睦美は口元を歪めて楽しそうに話しだした。


「色々な手掛かりの積み重ねの上の推論、からのカマかけでトドメって感じね。まずアンタが部室に来て変態バンドを渡した時に、挨拶代わりにちょっとイタズラで魔法を掛けたんだけどアンタに魔法は発動しなかった。つまりアンタは邪魔具を持っている」


 ここで睦美は一旦言葉を切り蘭の顔色をうかがう。

 蘭自身としては邪魔具に心当たりは無い。あれは本来ウマナミレイ?の衣装に装備されているものだったから。

 

「次に声質ね。アンタ本人とウマナミレイ?、自分では変えてるつもりでも聞いてる方は『あ、同じだな』って分かるものよ。アニメとか見ててそういう事あるでしょ?」


 思わず「分かる」と声に出そうになる蘭。しかしなんとか沈黙を守る。


「最後に昨日の戦いで見せたアンタの馬鹿力ね。あの丸っこいのをぶん投げたパワー、成人男性かそれ以上の重さの怪人をぶん投げたパワー、いずれも普通の女子高生の物じゃないわ。そしてコウモリ怪人の時にウマナミレイ?は強化したヒザ子と互角の勝負をしていた」


 睦美は最後に犯人を指名する探偵漫画のシーンの如く蘭を指差し宣言した。


「そしてさっきアンタが振り向いた時の『ヤバイ』って顔でビンゴね。パズルのピースは揃ったわ!」


『観念して口を割る』事を了承している蘭は、この睦美のワンマンショーを冷静に見る事が出来た。なおかつ『結構ノリのいい人なのかも知れない』と観察する余裕すらあった。


「…分かりました、完敗です。でも私も所詮バイトなのでそちらが思う程に詳しい情報は貰ってません。それはご了承願います…」


「それはこっちが判断するわ。とりあえずさっき聞いた事を全て答えなさい。嘘をいていると思ったら容赦なく首をねるわよ。言っておくけどアタシは人殺しなんて何とも思ってないんだからね?」


 睦美の仮に脅しにしてもヘビー過ぎる言葉にすくみながらも、蘭は口を開いた。


「…組織の目的は、人々の『恐怖のエナジー』を集めて魔王ギルに献上する事です。そうする事でお爺… 悪川総裁は魔王から技術と資金を入手しています」


 話していくうちに蘭の心も少しずつ晴れていく様な気がした。蘭は元々シン悪川興業の仕事は乗り気では無かったのだ。話す事が贖罪になるとも思えないが、心の奥に棘の様に引っかかっていた罪悪感が、徐々に溶けていく気持ちになる。


「魔王については私も『魔王ギル』という名前しか知りません。総裁はその代理人と接触してますが、その代理人すら私は会った事はありません」


 最後の質問に答える事は再び蘭の罪悪感を刺激した。蘭は一瞬息を呑み言葉に詰まる。


「つばめちゃ… 芹沢さんと接触したのは本当にただの偶然でした。お互いに正体を知らずに声をかけて、それから自然に仲良くなりました。本当に本当です…」

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