第63話 しんかんぶ

 校庭に辿り着いたつばめと蘭。そこで見た物は十数人の生徒が足を押さえて苦しそうにうずくまっている姿と、その足元でうごめく多数の虫の様な節足動物だった。

 両手にハサミを持ち尻尾をいからせたその体型は、恐らくサソリであろうと推測される。


「マロ〜ん、マロ〜ん!」


 節足動物達の中心に居たのは、つばめはもちろんシン悪川興業の幹部である蘭ですらこれまで見た事もない奇っ怪な存在だった。


 例えるならばハマグリを殻の継ぎ目に合わせて両断し、その中心に可愛らしい目鼻を付けた栗の実を挟んだ様なデザイン。そしてそれに寸足らずな手足を取り付けた、どこぞのご当地マスコットにも思える奇妙な変にゆるいキャラクターだった。


 その横にカニの様なハサミを持ち、頭から巨大なポニーテールっぽい毒針尻尾を下げた、これまた気色の悪いサソリ怪人が付き添っていた。


 今までのパターンから言えば、怪人の横のゆるキャラはシン悪川興業の幹部なのであろうか? その微笑ましいとすら思える意匠は、シン悪川興業の悪の組織としてのヤル気がまるで窺えないでいた。


「と、とりあえず先輩達に連絡を…!」


 戦闘能力の無いつばめと実戦経験の無い(とつばめは思っている)蘭の2人では、あの現場に飛び込んでも無駄死にするだけだ。ここは一刻も早く睦美達を呼ばなくてはならない。


『学校で騒ぎを起こすなんてどういう事…?』


 蘭も蘭でこの襲撃に関しては何も聞いていない。横でつばめが睦美らと連絡を取るべく携帯電話を取り出したのと同時に、蘭も繁蔵に事の真相を確かめるべく電話をかけた。


「はい増田です…」


 数度の呼び出し音の後に電話から聞こえる繁蔵の声。蘭ははやる気持ちを抑えきれずに言葉をまくし立てる。

 つばめに聞かれない程度に音量を抑えて、だが。


「ちょっとお爺ちゃん、どうなってんのこれ? 私何にも聞いてないんだけど? あの丸っこいの何?」


 蘭の言葉に『ああ』とか『うむ』とか相槌を打つ繁蔵。だが、相槌だけで蘭の欲しい答えは一向に聞こえてこない。


「ねぇ聞いてるの?! ちゃんと説明して!」


「…ああスマン、ちょっと良いかな? 実はこれ留守番電話の録音音声なんじゃ。御用のある方は『ピーッ』という発信音の後に…」


「ガッデム!!」


 怒りに任せて自身の携帯電話を地面に叩き付ける蘭。ゴリラパワー全開で地面と衝突した蘭の携帯電話は、モノの見事に砕ける様に爆散した。


 その様子を固まりながら怯えた目で見つめるつばめ。つばめの視線に気づいた蘭も誤魔化すためにわざとらしく笑ってみせる。


「い、いやぁ… 警察への回線が混んでて繋がらなかったからつい… アハハァ…」


「あ… うん… えと、先輩達もすぐに来るって。わたし達はどうしよう…?」


 前述の様に、例え変態したとしてもつばめには戦闘能力は無い。蘭のパワーを持ってすれば敵の足止め位は出来るだろう。しかし、つばめの知っている蘭の能力は『凍結』であり、人としての枠を超えた膂力ではない。


『ここで下手に動いたら私の正体がバレちゃう… でも何もしない訳にも…』


「『どうしよう?』って、わたしの方が先輩なんだから、わたしがしっかりしないとだよね… と、とりあえずわたしがあいつらの気を引くから、増田さんは他の生徒達を避難させて…」


 気丈に振る舞ってはいるが、恐怖と緊張でつばめの声は震えている。


 蘭はそんなつばめを愛おしく思う。『大丈夫だよ』と抱き締めてやりたくなる。いやすでに抱き締めていた。


「え? あの、何を…?」


 蘭に急に抱き締められて狼狽えるつばめ。蘭はつばめの頭をさすりながら「大丈夫、大丈夫だよ」と呟いていた。まるで自分に言い聞かせる様に……。


 やがて体を離してつばめの両肩に手を置き、つばめと目を合わせる蘭。


「ここは私が前に出るよ。芹沢さんが避難誘導とか、その… 治療? とかやって。それが適材適所だよ…!」


「でも危ないよ…?」


「マジボラの先輩達が来るまでの時間を稼げば良いんでしょ? それくらいなら出来るから!」


 一旦物陰に隠れて変態する2人。向き合って互いの健闘を祈る様に軽く握った拳を触れ合わせる。


 前後ふた手に分かれて行動を開始する。前が蘭、後ろがつばめだ。



 今回のシン悪川興業の作戦は大量にバラ撒いたサソリの毒を生徒達に注入し体を麻痺させる、といった物だ。小サソリはサソリ怪人の両手から次々と生み出されており、2、3体を踏み潰した所で事件解決に何の効果も出そうに無かった。


 そしてサソリ怪人の横に居る幹部(?)が、今回ウマナミレイ?に代わって指揮をる『ウタマロん』である。全身が着ぐるみに覆われており、生身の部分が見えない為に男なのか女なのか? いやそもそも中身の人が居るのかどうかすらも判然としない。


 口から出る言葉は全て機械処理されたのか、ヘリウムガスを吸ったかの様な「マロ〜ん」であり、作戦の指揮をしているのかどうかも怪しい上に、このまま問い詰めても意味のある会話は期待できそうに無い。


『私は何も聞かされていない。あいつは一体…?』


 疑問を胸にシン悪川興業の前に立ち塞がる蘭、もといノワールオーキッド。

 呪文の言葉をイメージしながら敵との距離を詰めて行く。


「その丸っこいの! アンタ一体何者?!」


「マロ〜ん!」

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