第5章

第58話 こまごま

「えっ? 『付き合って』ってどういう事? 私女の子とはちょっと…」


「いや、そうじゃなくて。今そういう小ボケは要らないかな?」


 わざとらしく顔を赤らめて恥じらいを装う蘭を無慈悲に切り払うつばめ。

 渾身のボケを潰されて欄は頬を膨らませ、つばめを睨む。


 目が合い、どちらとも無く笑い出す2人。出会って30分も経っていないのに、既に阿吽の呼吸が成立している。


「あははっ、やっぱり芹沢さんって面白いね。了解、明日の放課後C組に行くわ。じゃあね!」


 理由も聞かずに快諾してくれる。歩み去る蘭の後ろ姿を見ながら『こんな良い子をマジボラなんてヤクザな稼業に引き込んで良いのだろうか?』つばめはそんな疑問を抱く。


『でも増田さんが出席してたら遅かれ早かれアンドレ先生から情報が来て、近藤先輩が無理矢理拉致監禁する様な展開も否めない。それならわたしが同行して少しでもこの子の心理的ダメージを抑えないと…』


 アンドレと共謀して蘭の存在を隠蔽する事も考えたが、アンドレは睦美の忠実な家臣だ。マジボラの不利益になる行動はしないだろう。


『山崎先生ならどうかな…? 昨日のエコ魔法の事も報告した方が良いだろうし…』


 帰宅し、夕飯を摂り入浴を済ませ自室に戻る。明日からまた学校である。

 時間割りを調べて明日の用意をしようとしたつばめは、机の上に放置しておいた携帯電話がメール受信のランプを点滅させているのに気がついた。


 メールの送り主は沖田であった。


「今日は買い物に付き合ってくれてありがとう。つばめちゃんの選んでくれた靴、とっても走りやすいよ。それじゃまた明日!」


「…放置少女への気遣いは無しか… まぁ男の子なんてそんなもんだよねぇ…」


 口では恨みがましい事を言っているが、その顔は僅かに緩んでいる。何だかんだ言っても『好きな相手から』『自分宛てに』『オンリーワンで』もらったメールなのだ。嬉しくない訳が無い。


 例え買い物に付き合っただけとは言え、沖田と2人だけの時間を作れたのだ。しかも世辞だろうが社交辞令だろうが、沖田に「可愛い」と言ってもらえた。


 例えば沖田親衛隊の3人、もとい4人を引き合いに出すのも変な話だが、彼女らの誰一人として今日のつばめ程に親密イベントを体験した者は居ないだろう。それだけでも幸運な事なのだ。


「今はきっとそれ以上を望むのは罰が当たるよね。それに放置されたおかげで増田さんともお友達になれたんだし…」


いつもの様に3つの目覚まし時計を確認し、つばめは床に入った。


 翌朝、


「あ〜ん、遅刻遅刻〜っ!」


 様式美と初期設定を忠実に守りながら、トーストを咥えてつばめは走る。やがていつもの暴走ドライバーと遭遇する四つ角に差し掛かるのだが……。


 が、本日は珍しく危険運転をする自動車は現れなかった。


『暴走ドライバーさん、今日はお休みなのかな…?』


 毎日殺されかけている相手でも、居ないとなると寂寥感を感じるつばめは、果たして強くなったのか、おかしくなったのか…?


 遅刻ギリギリで教室に入り、すでに沖田の周りで配置についている親衛隊を無視して、精一杯の明るい顔で沖田に声をかける。


「おはよう沖田くん、昨日は誘ってくれてありがとう!」


 つばめの言葉に凍りつく様に戦慄する親衛隊の面々。


『沖田くん、昨日は何を…?』

『こんな奴と一体…?』

『私達を差し置いて…?』

『なんて憎たらしい女…!』


 驚愕と怨嗟の混じった4人分の視線がつばめを襲う。つばめもつばめで挑発目的で発した言葉である。視線への返答として、無言で返した視線は


『そう、その顔が見たかったのよ』


 であった。睦美の影響か、環境の変化か、敵対する相手には堂々と悪い態度を取れる様になっていたつばめ。やはり女の世界は戦わなければ生きていけないし、強くなければ生き残れない修羅道なのだ。


「おはようつばめちゃん。(つばめの選んだ靴は)最高に具合良かったよ!」


 今度は嬉しそうに答える沖田に対し親衛隊の視線が集中する。今の言葉は捉えようによっては、とてもセンシティヴなものであったから。


 ここで予鈴が鳴り各々は席につく。つばめは小さな勝利感に浸りつつも『これで良いのかな…?』と自問自答せずにはいられなかった。


 もちろんそんなつばめを見つめる不穏な眼差しが3つ(親衛隊のうち1人は別クラス)ある事を彼女自身知る由も無かった。


 昼休みにつばめは保健室へと向かう。相変わらずの男子の行列だが、無視して部屋に入るつばめ。


「あら芹沢さん、いらっしゃい」


「すみません、部活の事でいくつか相談が…」


 その言葉を受けて、不二子は前回同様に人払いをする。

 つばめはエコモードを獲得した事と、蘭の扱いをどうするかを不二子に話した。


「エコモードに関しては単純に喜ばしい事だと思うわ。エコでどれくらい迄の傷を治せるのかの検証もしたいわねぇ…」


 興味深そうにつばめを見つめる不二子。完全に実験動物を見る目になっていた。


「増田さんに関しては『骨折していた』というのは誤報で、かすり傷で後遺症も無かったから登校したと本人が言っていたらしいわ。だから気にしなくていいかも知れないわね…」


「はい…」


「それで芹沢さんは増田さんをマジボラに誘いたくないの?」


「んー、とても良い子だからわたし以上に利用され尽くして壊れちゃったりしないかなぁ? なんて思ったり…」


「あら、優しいのね。まぁ今のセンパイならそこまで酷い事はしないと思うけどなぁ… まぁ私からも釘を刺しておくから。もし何かあったらその子をここに連れて来てくれれば匿うわよ?」


「はぁ…」


 不二子の楽観論にどうにも半信半疑な気持ちのまま、時は過ぎ放課後となった。


「お待たせ。んで用事って何なのかな? あまり長い時間は付き合えないかもだけど…」


 何も知らない蘭がつばめの元へとやって来た。

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