第44話 じょてい

 高校生でありながら「女帝」の異名で呼ばれる者が居る。


 瓢箪岳高校、女子バスケットボール部部長二階堂にかいどう 妃美香ひみか

 身長170cm、ポジションはセンター。恵まれた体格を活かしたゴール下のリバウンド力は抜群で、遠距離シュートも得意なオールラウンダーである。


 弱小であった女子バスケ部を彼女の力で2年連続県大会出場、うち1回は県内3位にまで導いた麗しき猛将だ。


 性格は実直にして豪胆、試合はおろか普段の練習においても己には他の部員以上にハードなトレーニングを課し、常に上を目指し続ける人物。

 そのストイックさ故か普段の雑談ですら笑顔を見た者がいない、と噂される『鉄の女』である。


 そんな彼女を畏敬してか畏怖してか、いつの間にか学内で『女帝』と呼ばれる様になり、それが瓢箪岳高校のみならず他の高校にも定着していた。


 さて、御影を誘うべく女子バスケ部へとやって来たマジボラ一行。体育館では紅白戦形式で1年生選抜vs妃美香を除く2、3年生レギュラーという試合をやっていた。妃美香は審判だ。


 当然レギュラーチームの圧勝と思われたが、1年生チームは御影にボールを集める事によって突破力、得点力共に上級生チームを圧倒していた。

 これはつまり、現役レギュラーが妃美香頼みのワンマンチームである事を2、3年生らに知らしめる意図も込められていた。


 そして御影にボールが渡る度に沸き起こる黄色い歓声、いつの間に用意されたのか「ミカゲLOVE!」等と書かれた横断幕を広げて応援している者までいた。

 明らかにバスケ部員以外の者も観戦しており、その規模も10名を超えているあたり、御影のタレント性は沖田を軽く凌駕していると言えるだろう。


 御影の身長は180cmを超え、体重も60kgを超えている。バスケ部員は通常よりも長身の者が多いとは言え、御影と比べたら頭一つに近しい体格差があるのだ。

 加えて御影の運動性も極めて高く、いとも簡単にディフェンスを掻い潜って何本ものシュートを決めていた。


 試合は86対54で1年生チームの圧勝であった。上級生チームに妃美香が居れば、とても興味深い勝敗結果になったと思われるが、2、3年生に喝を入れる妃美香の目的は果たせたと言えるだろう。


上級生おまえたちの慢心が現れた試合だな。この試合結果を踏まえて次の試合以降のレギュラーを決めるからそのつもりで」


 冷めた表情で淡々と事務的に総評を語る妃美香。無様な結果を残してしまった上級生チームの面々は揃って顔を青くしていた。


 そして御影に群がるギャラリーたち。正に『人の壁』という表現が相応しい情景がそこにあった。


「今からあそこに飛び込むんですか…?」


 緊張と恐怖のない交ぜとなった感情で口を開くつばめ。無防備のまま飛び込めば、人の渦に飲まれて身を切り刻まれ、野に屍を晒すことになる。


 おののくつばめを横目に、睦美もさも自然な振る舞いの様に「ヒザ子」とだけ呟いた。


「ハイっ!」


 人の壁に無造作に突入していく久子。つばめよりも小柄な久子だが、ひるむ事なく着実な足取りで、 女子ひとを掻き分け押し退けて渦の中心に辿り着く。

 そして物も言わずに御影の体をひょいと持ち上げ、座らせる形で肩に載せ、そのまま来た時同様に事も無げに戻ってきたのだ。


 人の壁を構成していた女子生徒達は意外過ぎる出来事に頭が追いつかず動きを止めていたが、いきなり担ぎ上げられた御影は御影で、驚く様子も無く楽しそうに2mを超える高さからの絶景を楽しんでいた。


 さてこのまま拉致してしまおうかと睦美が踵を返した瞬間、いち早く反応してみせたのは妃美香だった。


「ちょっと待ちなさい! うちの部員をどうするつもり?!」


 とてもよく訓練された誘拐犯の一連のアクションにも心を揺さぶられる事なく、部員の為に果敢に立ち向かう姿を見せる妃美香。


「ちょっと数分借りるだけよ。すぐに返すから待ってなさい」


 睦美はそう返すが、妃美香としても怪しい一団に部員を攫われて「はいそうですか」と引き下がる訳にも行かない。


 結局『話があるなら、妃美香同席の元、バスケ部の部室で聞こうじゃないか』という話にまとまり、そこで簡単にではあるが魔法少女云々の説明も行われた。


 ちなみに身体変容による不妊化についての情報は、つばめとアンドレを含むマジボラ内での会議の結果「黙っていよう」と言う事になった。


 かつての不二子の様にガッツリとマジボラ活動させるのでは無く、助っ人的な立ち位置でたまに参加させるくらいなら、深刻な影響は出ないと判断された為である。


 そもそも商業で行っている活動では無いので、不動産の事故物件の様に敢えて悪い情報をこちらから晒す必要は無いのだ。


 一通りの説明を終えた所で口を挟んできたのは妃美香だった。

 先程までの重厚なイメージはどこへやら。御影の腕に抱きつき体をくねらせて、御影を『俺の物』アピールよろしくオーラで威嚇していた。


「そんな事を言ったって、うちの御影くんはもうバスケ部のエースなんですから、そんな訳の分からない事には協力しないわよ。ねぇ御影く…」


 妃美香がそこまで言ったところで御影が口を開き、こう答えたのだ。


「…良いよ、分かった。私が力を貸すよ」


 驚いたのは妃美香である。まさに青天の霹靂、信じられない現実を前にして妃美香はやっとの思いで声を出す。


「う、嘘でしょ御影くん… 行っちゃヤダよぉ、ヒミカ寂しい… バスケ部はどうするの? 私を置いて行っちゃうの…?」


  狼狽うろたえる妃美香、そこにはもう『女帝』や『鉄の女』のイメージは微塵も窺えない。

 どうやら鉄の女はイメージ戦略で、部員の目の無い所では本当は甘えん坊な女性の様である。


「ごめんね部長、私は私を必要としている人には手を差し伸べたいんだ。もちろんバスケ部を一番に考えるよ。でもどこかに困っている人達が居たら手を貸していきたいんだ…」


 正義感とも道徳心ともノブレスオブリージュとも取れない不思議な信念の元、御影は妃美香の手を取り赤子を宥める様に諭す。

 妃美香も御影に手を握られ、目を見つめられて舞い上がって正常な判断が出来なくなっていた。


「うん… 御影きゅんがそう言うならヒミカ我慢する。だからなるべく早く帰って来てね…」


 …どうやら御影のレンタルは承認が下りたようである。

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