第32話 かみきれ

 放課後、マジボラの部室。不二子から渡されたメモの内容を吟味しながら睦美が難しい顔で思案していた。

 そこには先刻の身体測定で判明した5名の魔力判定陽性者達のクラス、氏名、葉に起きた現象と不二子の所見が記されている。



 1年A組 前川まえかわ 蓉子ようこ 葉が萎縮、『乾燥』or『吸収』能力?

 1年C組 新見にいみ 綿子わたこ 葉が細かく振動、『振動』or『念動力』能力?

 1年C組 御影みかげ かおる 葉が一瞬不可視化、『透明』or『幻覚』能力?

 1年E組 野々村ののむら 千代美ちよみ 葉が内側から発光、『発光』or『荷電粒子操作』能力?

 1年F組  増田ますだ らん 葉の外縁が凍結、『凍結』or『吸熱』能力?


「睦美さま、どうですかぁ?」


 久子が睦美に尋ねる。データは手に入ったが、そこから先は不二子の協力は期待出来ない。候補各員に対しどの様なアプローチを取るのかは睦美の計画次第となる。


「…そうねぇ、どれもパッとしない能力ちからっぽいけど、どうせなら戦闘力のある娘がいいわ。不二子のメモじゃイマイチイメージが湧かないから、実際にやって見せて貰えれば一番いいんだけだどね」


「ですねぇ。でも地味な能力も使い方次第で最強になれるかも知れませんよ?」


「とりあえずつばめのクラスに2人も居るのはラッキーね… って、つばめは?」


 睦美の疑問に久子が静かに部屋の隅を指差す。そこには………。


「あうぅ… またしても沖田くんと連絡先の交換が出来なかった…」


 部屋の隅で膝を抱えて悲嘆に暮れるつばめがいた。席順として沖田はつばめの隣の列、右斜め前に居るのだが、直線距離にして1mたらずの間隔がつばめにはとても遠かった。


 沖田に話しかけたい気持ちは強いのだが、『あまりしつこくすると引かれるかも』と考えられなくも無い。

『優しい沖田くんに限ってそんな事は無いよね? あのブス3人組にも笑顔で応えてるくらい優しいしね』という自分を棚に上げた思いを抱くつばめ。


 ちなみにつばめは沖田親衛隊(仮)の3人に対して『トン子』『チー子』『カン子』と勝手にあだ名を付けていた。木下、武田、和久井の誰がトンチンカンのどれであるかは窺い知れないし、あまり意味のある選別でも無いのでここで明記はしない。


「隅っこでしおれてるんじゃないわよつばめ! 今回の勧誘はアンタが主役になるんだからシャキッとしなさいよ。ほら、これ上げるから」


 魂の抜けた体で床にへたり込んでいたつばめに睦美から1枚の紙片が投げられる。焦点の定まらない視線でその紙片に書かれた文字を見てつばめの目に生気が戻る。

 砂漠で遭難して渇死寸前の者の前に投げられた、水の入った水筒の様に必死に拾い上げ、『誰にも渡すまい』と両手で抱え込む。


 紙片にはつばめの愛する沖田彰馬の身体測定時のデータが事細かく記載されていた。沖田の身長体重などはともかく、踏み台昇降の回数等が将来的に何の役に立つのか甚だ疑問ではあるが、沖田に関する情報に飢えていたつばめを奮起させるには 覿面てきめんの効果があった。


 途端に元気を取り戻し、睦美に向けて直立不動からの敬礼で応えるつばめ。

 そのつばめのあまりの変わり様に、逆に驚きで言葉を失くす睦美と久子。


「げ、元気になったみたいね…?」


「イエスマム! 何でも仰ってくださいっ!!」


「そ… そう? 実はこの5人をマジボラに勧誘したいんだけど、何か良い考えはあるかしら…?」


 つばめの気迫に睦美が押されている、とても珍しい光景と言えるだろう。


 睦美から5人のリストを受け取り、紙とにらめっこをするつばめ。


「あ! このA組のよーちゃん… 前川蓉子って、わたしの中学時代の友達ですよ。仲は良かったから頼めばワンチャンイケるかも」


 ほぉ、いきなり幸先の良いスタートでは無いか。予想外の高スタートに口元を綻ばせる睦美。


「E組とF組の子は知りませんけど、御影くんと綿子も同じクラスですよ。御影くんはまだ口を利いた事は無いのでどう話しかければ良いのか分からないです。でも綿子とは友達だから… あれ? 友達だったっけ? 友達…? そもそも友達って何だっけ…?」


 何やら闇に囚われて友達の意義について悩み始めたつばめ。『友達』という文字が脳内でがゲシュタルト崩壊を起こす前に、久子が指でちょいちょいとつばめを突いて正気に戻す。


「じゃあその『友達』とやらの2人を最初に誘いましょうか。つばめ、彼女らの居場所は分かる?」


睦美の問いにつばめは申し訳なさそうにかぶりを振る。


「すみません、分かりません… あ、でも綿子は昨日女子レスリング部の見学に行くって言ってましたから、もしかしたら女子レスリング部にいるかも知れません」


つばめの答えに何か疑問を感じたのか、眉をひそめる睦美。


「ねぇヒザ子、 瓢箪岳高校うちに女子レスリング部なんてあったっけ?」


「さぁ…? 色んな部や同行会が生まれては消えていくのが瓢箪岳高校の伝統ですし… あれ? でも何か引っ掛かるものがありますよ…?」


久子も睦美と同様に思案顔になる。何かを忘れているのに思い出せない、とてももどかしい気持ちにモヤモヤする久子。


「まぁ良いわ。レスリングやってるなら実際の戦闘能力も期待できるでしょう。2人とも、女子レスリング部に乗り込むわよ!」

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