第29話 あやまち

「あの事件… 『血のバレンタイン事件』だね?」


「いいえ、そっちは睦美センパイが怪我させた方だから。私が言ってるのは『血のクリスマス』の方…」


 いや、どんだけ血にまみれてるのよマジボラ? 今更ながら物騒な所に所属してしまった事を激しく後悔するつばめ。

『血のクリスマス』とかB級ホラー映画のタイトルじゃあるまいし……。


「ああ例の爆裂魔法エクスプロージョンのやつか… あれは不幸な事故だったねぇ」


「まぁ… 私も調子こいてたし、ちょっと中二病も入ってたし、何より少しは悪かったかなぁ? とは思ってるわよ…?」


 不二子が照れ臭そうに口をとがらせてボソボソと呟く。不二子としては珍しい仕草である。


 話が見えないつばめのアホ毛が「?」の形になっているのを確認した不二子は、一度大きく息をついて訥々と語り始めた。


「その頃、隣町の大学の男子学生らが結構ヤンチャしててね、瓢箪岳高校の女生徒を狙い撃ちしてモーション掛けてきてたのよ。きっとそういうゲームだったんでしょうね…」


 ようやく本題の様だ。つばめは姿勢をあらためる。


「最初のうちは街角でナンパしてる程度だったんだけどね、次第にイキり始めた男の子達が強引なやり方をする様になって、2年生の女の子2人を無理やり廃ビルに連れ込んで乱暴しようとした事があったのよ…」


 そんな凶悪な事件が家の近所で行われていたなんて全く知らなかった。話の流れでは睦美らの活躍で、囚われた少女達の救出劇が予想されるが……。


「マジボラとしても同じ女としても放置できなくて、私達で助けようって話になってね。そこで私が受けた指示は『ワタクシが潜入して女の子達を救い出しますから、不二子さんは悪漢共の気を引いて下さいまし』だったわ…………」


「…うむ、そこで不二子くんは無茶苦茶張り切ってしまったんだよね」


 語りづらい事柄に口が重くなった不二子をフォローするアンドレ。そしてフォローしたアンドレに対して迷惑そうな顔をする不二子。


「わ、私だって建物ごと吹き飛ばすつもりなんて無かったのよ? ただちょっとビルに居る奴らを脅かしてやろうと思っただけだったんだけど…」


「大爆発を受けてビルは半壊、死者こそ無かったけど重軽傷者18名。チンピラ達はともかく捕まっていた女の子達を助ける為に、睦美様は無理に魔法ちからを使って、自分自身を守りきれずに瓦礫の下敷きになってしまったんだ」


 何だろう? 軽い気持ちで不二子の爆裂魔法の話を聞いていたが、実際に負傷者が出たとなると一気に話が重くなってくる。笑っている場合では無い。


「その場は外で待機してた久ちゃんが飛び込んでセンパイを助け出したんだけど、その時の怪我が原因でセンパイが留年しちゃってねぇ…」


「元々マジボラに傾倒してて出席日数が不足しがちだった所に、骨折と全身打撲で全治2ヶ月という仕打ちでさ。悲しい事故ではあったけれど、後々の留年戦法のきっかけではあるんだよね」


「そうね、まさかの『留年し続ければずっと魔法を使える』とは今まで誰も思い付きすらしなかったものね。センパイも卒業して引退して、って感じで私に後時を託そうとしていた雰囲気あったし」


「それからの睦美様は、ずっとマジボラ活動で禄に授業に出ずに故意に留年し続けているし、久子くんも入学して以降はそれに倣っている。なんとか教員免許を取った僕もこの学校に来て、睦美様らが退学にならないように頑張っている、って訳さ」


「私の方もそれっきり何か気まずくなっちゃって、3年生になると同時に私もマジボラを辞めて、受験勉強に逃げちゃったのよね…」


 アンドレと不二子、2人の説明でマジボラの事情は大体理解できた。あとは……。


「卒業して、また瓢箪岳高校ここに保健教諭として赴任してきた頃には、もう睦美あの人は今みたいになっててね、そこまでに何があったのかまでは私には分からないけど…」


 つばめの疑問を悟ったのか不二子が次の話を始める。この様に言葉を待たずに相手の顔色だけで対応できる能力は、保健教諭としてとても優れた技術と言えるだろう。


事情を知る(であろう)アンドレに不二子とつばめ、2人の視線が集中する。それに応えるかの様にアンドレも静かに頷く。


「…不二子くんが居なくなってから、睦美様は何でも1人で背負い込む様になってしまったんだ。不二子くんの抜けた穴を埋めようにも、その時は誰も協力してくれなくてね、疲労と憔悴で次第にお酒にも頼る様になって行ったんだよ…」


 高校生なのに飲酒? いや、成人済みだから良いのか? とにかく衝撃的な話が続いて混乱しつつあるつばめ。


「それからはああ・・なるのは早かったねぇ。なんか一皮剥けて凄みが出たとも言えるし、色々諦めちゃったのかなぁ? とも受け取れるし… 久子くんの訴えでお酒はすぐに止めたけど、性格は固定しちゃったんだよねぇ…」


 そこで不二子とアンドレは目を合わせ、目配せで互いの意思を確認し合う。


「私との関係もそれ以来さっきみたいな感じよ。まぁ大体こんな感じかしら? 他に何かご質問はある?」


 今度は慈母神の様な優しい微笑みでつばめを見つめる不二子。

 またしても不二子の『女性』に魅せられるつばめ。その『女』としてのレベルの違いに愕然とするどころか絶望すら覚える。

 今は『質問はありません』と首を振るのが精いっぱいだった。


「まぁ、また何かあったらいつでも聞きに来て。貴女なら大歓迎、何なら恋の悩みでもOKよ?」


『恋の悩みかぁ… 恋敵の女子レベルが神がかっていて、どうすれば打倒できますか?』


 つばめの目下の恋の悩みは『これ』なのだが、さすがに今それを言えるほどつばめの肝は太くなかった。


 余談だが、この時つばめの横で「僕の恋の悩みも歓迎して貰えるかな?」と不二子の肩を抱こうとして、憐れ肘鉄を食らっていたアンドレがいた。


 …そうして不二子の昔話は幕となった。


 不二子自身が意外にも結構ノリの良い性格の為か、ちょくちょく話が脱線していたが、概ね楽しい時間を過ごせたように思う。


 つばめの中でも不二子に対して抱いていた憎悪が、今では以前ほどでも無くなって来ているのが感じられた。

 不二子が今後沖田に手を出さなければ、『同じ苦労を共にする先輩』として尊敬できる相手になるかも知れない……。


 そんな事よりも、結局美味しそうな茶菓子を食べ損ねてしまった事に深く後悔するつばめだった。

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