第11話 きたく

「よし、という訳で気を取り直して次の獲物を…」


「…睦美さまぁ、何だかつばめちゃんがもうグロッキーみたいですぅ」


 魔力の使い過ぎでフラつき出したつばめを心配して久子が睦美に声をかける。


「あー、まぁ確かに初めてで3回も魔法を使ったらバテるわね… ていうかよく立っていられるわねこの子… 意外と根性あるじゃない。ふむ、アタシも朝のやつで結構大魔力使って疲れてるから、今日はもうこれくらいにしましょうか?」


「はい、そうですね!」

 睦美の言葉に久子も笑顔で応える。


 睦美の言う通り、つばめとしても立っているのがやっとと言うほど本当にフラフラで、目を開けているのすらも億劫な感じだったので、口にこそ出さないが本気で解放される事を望んでいた。


「❃♪♤❋✷✭」

 久子も何やら呪文めいた物を唱え、体全体がうっすらと黄色く輝く光で覆われる。


 これが彼女の『強化』の力である。術に注入する魔力の量に応じて身体能力が文字通り強化される。20倍程度の強化なら身体への負担はそれほど大きくはないのだが、それ以上の倍率だと後々体に大きな反動が来る。

 つばめを気遣った雰囲気を出してはいたが、その実、久子もかなり疲労を感じていた。


 今朝の様に乗用車を何十メートルも吹き飛ばすには、通常の100倍近い筋力が必要になるのだが、それを未変態のままやって見せた。

 それはつまり『200倍』という通常の20倍の更に10倍の負担が掛かっていた、と言う訳だ。


 朝、つばめの事故の際に睦美が時間を止めたのはつばめの周囲だけだ。それでもあれだけの空間全体を『固定』するのは、如何に睦美でも長くは保たないのは分かりきっていた。


変態メタモルフォーゼ』に掛かる数秒の時間が、つばめの運命を悪い方向に決めてしまうかも知れない以上、コンマ1秒でも早く睦美の指示に対応する為に、制服姿のままで命令を待つ必要があったのだ。


 久子も今朝は無駄に張り切りすぎた。車を止めるだけで良いならあそこまで強化する必要は無かったのだ。

 まぁ尤も、それらの派手な演出のおかげでつばめの勧誘が容易になった面も否めない。


『明日、筋肉痛キッツいだろうなぁ…』

しみじみと思案する久子。


「じゃあ私はつばめちゃんを家まで送っていきますね!」


 そう言い終わるよりも早く、久子は無抵抗のつばめを軽々と肩に担いでいた。


「そう、じゃアタシは先に家に帰っているわ。後はうまい事やっといて」


 睦美もその場で変身を解き、元の80年代ヤンキー的な服装に戻る。


「では行ってきます。あ、晩御飯はオムライスで良いですかぁ?」


 久子の質問に興味なさそうに軽く手を振る睦美。献立の内容は『おまかせ』で良さそうだ。


 久子はつばめを担いだまま大きく跳躍し、近くの民家の屋根に着地する。そのまま屋根伝いにつばめの家の方に飛び去る。

 それを見届けた睦美も自宅へと帰って行った。


「つばめちゃんの家ってこっちで合ってる?」


「あ、はい。そこの赤い屋根の家です」


 つばめの指示に従い、赤い屋根瓦の民家の屋根の上に、ピンク色の服を着た少女を肩に担いだオレンジ色の服を着た少女が舞い降りる。


 別に屋根伝いに飛び移らなくても普通に担いで走っても良かったのだが、流石に魔法少女が魔法少女を肩に担いだまま爆走していれば、如何に認識阻害処理された服と言えども、目立ち過ぎて誤魔化しきれなくなる可能性が高い。

 あまり人目につかないに越した事は無いのだ。


 そのまま家の庭に向かって屋根の上から降り立ち、つばめを肩から下ろす。


「ありがとうございます、土方先輩」


 久子は軽々と担いでいた様に見えたが、つばめとて女子高生1人分の重量はある。その労をねぎらってつばめは頭を下げた。つばめはちゃんとお礼のできる良い子なのだ。


「久子でいいよぉ。じゃあ帰るね、つばめちゃん、これからもよろしくねぇ」

 笑顔で手を振り、新たな跳躍へと向けて膝を曲げる久子。しかし、


「あ、ちょっと待って下さい!」

 つばめが久子を引き止める。


「あ、あの、送ってもらったお礼も言いたいし、家に上がっていきませんか…? えと、幾つか聞きたい事もありますし…」


 久子はキョトンとしてつばめを見つめる。やがてつばめの真意を理解したのか、


「うん、じゃあ10分間だけね。あまり遅くなると睦美さまが怒るから」

 再び笑顔を浮かべて嬉しそうに答えた。

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