第6話
いつもと同じように登校した俺は授業の準備を始める。
ただ今日は、というより今日から普段とは違う点もあった。
「おお、おはよ。倉田君」
登校してきた霧島がナチュラルに話しかけてきた。普段登校した時に話しかけてくる奴なんてせいぜい星野ぐらいだったので、対応に困ってしまった。こういう時に、星野ならさりげなく会話を返せるんだろうが、残念ながらそんな芸当俺にはできない。
「どうしたの?ま、まさか無視?」
やっぱり何かしら返さないといけないっぽい。とりあえず挨拶ぐらいはしておこうか。
「いやいやそういうわけじゃないよ。おはよう」
いやほんとびっくりした。周りからは「なんだこいつ」みたいな視線が向けられている。やめてくれ。本当に。
クラスの端の方の男子からは、殺意・羨望・憎悪などがこもった視線を俺に浴びせてくる。そして、霧島の取り巻きと思われる女子からは、品定めをするような、嫌な目線を向けてくる。
本当に、やめて欲しい。俺が何をしたというのか。ただ隣の席の奴と話すだけでなぜそんな視線を向けてくるのか。俺には理解できなかったし、理解したくなかった。
「ちょっと失礼するね」
周りからの視線を自分の中で無視するように言い聞かせて、席を立つ。
この視線に俺は屈してしまう。この視線にさらされることに俺は耐えられなかった。外界からの音をシャットアウトした俺は一目散に教室から出ていった。
トイレに駆け込んだ俺は、バクバクしている心臓が落ち着くまで個室にこもることにした。
我ながら情けないとは思ったが、どうしようもない。心と脳を無にして、さっきの記憶を抹消する。
数分後、心臓とかが落ち着いてきた。教室の中のほとぼりもさめただろうと思い、トイレから出るとトイレの前で星野が立っていた。
「おい浩司。大丈夫か?」
「・・・星野。なんでここに」
「なんでって、俺が呼んでるのにも気づかずにお前さんがいきなり教室から出ていったからな。大丈夫だったか」
「ああ。もう大丈夫だ」
やはり持つべきものは信頼できる友達である。
「さ、教室戻ろうぜ。多分お前のことはもう話題から消えてると思うぞ」
「分かった。ありがとな」
「まぁ、そのお前のこれは分かってるからな。ゆっくりと慣れて行けばいいさ」
「...おう」
この時だけは、星野のこの性格に感謝した。これが、星野がクラスの中で人気がある所以なのかもしれない。
◆ ◆ ◆
「帰ろう...」
今日の授業が終わり、下校の時間になった。
朝の俺の出来事は、クラス内の話題に上がることは無く、周囲からの視線もなかった。ただ、隣の席の霧島だけが、授業中とかに俺の方をしきりに見てきた。
多分、霧島のことだから「自分のせいで・・・」などと思っているに違いないが、これはただ俺が過去のトラウマから立ち直れていないだけである。別にそんなに俺のことを気にしてくれなくていいのにな。
今日は、食材も買わないといけないので早めに帰ることにした。すでにお察しの人もいるだろうが、俺は一人ぐらし・・・ではない。が、実質一人暮らしだ。本当のことを言えば、父と二人で住んでいるのだが、父が帰ってくるのは夜中だ。しかも週に3日ぐらいしか帰ってこない。外資で働いている父は、本社との時差の関係上で夜遅くまで働く。その代わりに朝は12時過ぎぐらいに出社する。
というわけで必然的に俺が家事とかを担当しなければならない。
学校が終わってすぐであるからか、下駄箱には多くの生徒がたむろしていた。彼らの邪魔にならないように、俺はそっと通り抜けて手早く靴を履き替えていく。
校門を出て、多くの生徒とは別方向の道に行く。少し歩くと、すぐに人気のない道になる。でも、俺はこの静けさが心地よかった。
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