白錵(べにえ)

「允可か。よかろう」

 意外とあっさりと、白錵は火威に允可を施した。その呆気なさに、獣者のほうがぽかんとする有り様だ。白錵は悠々と高い玉座に凭れて、意味ありげにせせら笑っている。艶めかしい太ももを組み替えながら、もうひとつ火威に付け足す。

「その代わりではあるが、わっちにも允可をくれんかの?」

「白錵樣……?」

 白錵の獣者は意を図り切れず、怪訝な声を漏らす。発言したのは酉(とり)の尾を持つ長身の女性であった。赤褐色の肌が白い髪と尾に良く似合う。

「わっちはの、次代への引継ぎは行いたくないのよ。ずっと君臨しておきたいのでな、わっちにも允可をくれ」

 驚愕で辺りがざわつく。それはその場にいたすべてが聞き及んでいることではなかったようで、須(すべか)らく動揺していた。

 本来、允可とは、その代の初めに産まれた神だけが受けることができる。続いて産まれた三神はその一柱を招き、君臨する許しを与えるのだ。ゆえに、他の神は星を廻ることはほとんどない。多くの神は宇宙を知らずに終わる。

 しかし彼女の言う允可とは、あまりにも特別で異例なことであった。先代が次代と肩を並べ同じように統治を行うなど、いままでにないことだ。白錵は次代に繋げることをせず、自らが二代に渡って星を治めようとしている。確かに右も左も分からない仔どもに政(まつりごと)を任すなど、不安な事柄もあるだろう。それでもその歪みを善しとしたら、生じる影響は計り知れない。

「――っ」

 火威はどう応えていいのか分からず、眉を下げ、嘴(くちばし)を開閉させている。上座に位置する白錵は余裕を見せて笑っていたが、允可を寄越さないと見るとやがてつまらなさそうに溜息を吐き、火威から視線を外した。次いで白帝の息が掛かった獣者に、自分は関係ないとでも言いたげに吐き棄てる。

「まあ、いいさ。……鳥足升麻(とりあししょうま)、アンタは炎帝の気が変わるまで、身の回りの世話でもしてやんな」

「……それは、このまま炎帝樣を留め置くということでしょうか?」

 白錵は応(いら)えを返すことなく、今度は別の獣者に向かって命令する。

「犬山薄荷(いぬやまはっか)は話し相手にでもなっておやり。見目は一番近いだろう」

「御意の通りに」

「あの、白錵樣――!?」

 それぞれに話しかけられたのは、先程声を上げた酉の尾を持つ女性と、戌(いぬ)の耳を持つ少年だった。猿猴楓は白錵に連れられて、素知らぬ様子で奥へと引っ込んでしまう。鳥足升麻は微妙な顔をしながら主を見送っていたが、やがて火威に向かって口先を開いた。

「炎帝、火威樣。主のご無礼、並びに高座からの申し出をお許しください。わたくしは鳥足升麻と申します」

 振袖の長い袂を地に付けることも厭わず、酉の獣者は跪く。裾は上げられており、地面に擦ることはない。代わりに覗くのは銅色のもも肉と翡翠の長靴だった。

 白錵の権威を見せるため、属す者も普段立ち入ることを許されない場所に脚を踏み入れることができた。自らの持ち物すら高位に置くことで、すべてを見下す体制を取る。神は対等のはずなので獣者は首を垂れなければならないが、白錵の指示でいままで意図的に頭を下げることはなかったのだ。思えば猿猴楓に出会ったときも、膝を付いていることはなかった。

 犬山薄荷も同じく膝を折ったと確認し、鳥足升麻は続ける。

「僭越ながら、白錵樣より火威樣の輔翼(ほよく)を仰せつかりました。お傍へ参ることをお認めくださいますでしょうか?」

「降りてきなさい、鳥足升麻。犬山薄荷も共に。そちらに居るほうが無礼です」

 代わりに受け答えたのは羊蹄だ。蛇結茨と駒草は白帝の態度に苛立っていると見えたので、許しを与えるのは冷静な者しかいない。白帝の獣者は謝辞を短く述べ、素早く階下へと参り、また改めて腰を折る。朱雀は幼いながらも、先程の白虎の言動を許してくれるなどとは思っていなかった。その証拠に、誠実な心意気を持っているにも関わらず、火威は言葉を発しない。無意識ながらに、誰かが優位に立つことを否定しているのだろう。

 鳥足升麻と犬山薄荷は、自らの主を恥じ入り、腸(はらわた)が千切れん思いだった。

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