異世界でチート能力持ちのサメを倒す話

満井源水

本編

旅立ちと遭遇

 辺境のとある城。ロドンは謁見の間にて領主と相対していた。


「……」


 そして、玉座の領主は困惑していた。


「何だよ、言いてぇことがあんなら言えよ」

 謁見する側とは思えない不遜な態度だ。


「いや、転生者ってもっと……黒髪で、目は寒色系か前髪で隠れてるイメージで……」恐ろしいまでに偏見とサブカルチャーに染まった先入観である。


 転生者であるロドンは、屈強な体つきをした目付きの悪い金髪の男性であった。


「どっちかって言うと……主人公をパーティーから追放するボンクラ勇者っぽい見た目……」


 散々な言い様だ。


「なんだよ。他人ヒトの見てくれに文句つけてるだけなら帰るぞ」


「ああ待て。君を呼んだのは頼み事をするためなんだ」

 城主は、踵を返そうとしたロドンを呼び止める。ロドンが足を止めて振り返った。


「頼みぃ?」

「ああ。とあるバケモノを退治してほしい。助手を一人派遣するし、軍資金もたっぷり出そう。成功した暁には追加報酬も惜しまない」


「いくらだ?」


 領主は腕を組んで目を瞑る。少しの思案の後、口を開いた。


「贅沢しなければ君の三代先まで、食うに不自由しない額だ」


「……悪くねぇ」

 ロドンは片方の口角を上げ、ニヤリと笑った。

「なら、その『助手』ってのはどんな奴だ?」


「入りなさい」

 領主の声に呼応して奥右手の扉が開く。入ってきたのは、黒いおさげを三つ編みにした少女だった。腕は黒いローブの袖に隠れ、身の丈ほどもある箒を抱えている。肩からは、薄汚れた革の鞄がぶら下がっていた。


 ぱたぱたと走ってきた小さな魔女は、ロドンの前に立った。箒をより強く抱きしめて名乗る。


「クレス=ラムナ。えっと、魔術師です!」

「……おぉ、よろしく」

 ロドンは右手を差し出した。

「……?」

 クレスはキョトンとして、出された右手に目を落とす。


「握手だ。協力するぞ、って証に手を握るんだ」

「……え、良いんですか?」

「はぁ?良いに決まってんだろ」

「は、はい!」


 ロドンの手が、小さなクレスの手を包み込むように握った。


「……それで、領主さんよォ」玉座を見上げてロドンが問う。


「助手は一人だけか?」

「ああ。卜占ぼくせんの結果、彼女ひとりを連れて行くのが最善であるとの結果が出たのでな」


 占いで決めんのか。前時代的なこった、とロドンは思った。しかし少女クレスの手前、それは口にしねぇほうが良さそうだ、とも思った。


 ロドンがクレスを見下ろす。クレスは口を真一文字に結んだ。


「じゃあ訊くぜクレス。アンタ何ができる」


「えっと、箒で空を飛んだり、お薬を作ったり……あとは……占いとか…………」

 そこまで言って、クレスは俯いた。

「ごめんなさい、戦いに役立つ魔法がなくって……」


 ロドンがクレスの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「……?」

 ロドンは口角を上げて、白い歯を見せた。

「十分だ。オレが強ェから」


 ◆


 昼間の広場は人気が少なく、暇を持て余した行商人があくびをこらえている。


 ベンチに並んで座るロドンとクレスは、膝上に地図を広げていた。


「標的はわたしたちがいるダエーの上空からクナルトの街を通り、王都リアトへ向かうと予想されます」クレスの白く細い指が、色褪せた地図の上を滑っていく。


標的そいつァ空を飛ぶんだな」


「はい。【空間飛行】のスキルを持ってますから」


「スキル?」

 あっすみません、と反射的にクレスが謝罪する。

「スキルは人智を超えた特殊能力です。そして、転生者はスキルをひとつ持ってこの世界にやってきます」


 ロドンは顎を撫でる。

「なるほど。それでオレが城に呼ばれたのか」


卜占うらないの結果出たロドンさんのスキルは、【発射】と伺ってます」


「【発射】ァ?」


「はい。ものを強く撃ち出す、とのことです……」


 ロドンは立ち上がって、小石を拾い上げる。

「こうか?」


 ロドンがクレスの方を見ると、クレスはこくこくと頷く。

「あとは、スキルを使用する意志を明確にすれば……」


 ロドンはつまんだ石をまじまじと見る。何の変哲もない、ただの石ころだ。

「【発射】」

呟いて、石ころをデコピンで打ち上げた。


 礫は表情が歪むほどの衝撃波を起こした。そして上空へすっ飛んでいき、あっという間に見えなくなっていく。


「……メチャクチャ強ェじゃん」


 クレスは石が消えていった空をぽかんと口を開けて見ている。


「おい、大丈夫か?」


 肩を軽く叩かれて、クレスはやっと我に返った。


「すごい、すごいです!」

 目を輝かせて言う。

「ロドンさんならアイツもきっとやっつけられますよ!」


 その言葉で、ロドンは大切な情報を得ていなかったことを思い出した。

「ああそうだ。結局オレたちの標的って、どんな奴なんだ?」


「えっと、すごく、ものすごく大きな体で……すごく速く空を飛んで……その大きな口で、何でも飲み込んじゃう魔物です」


 低く轟くような異音を感じ、ロドンは空を見上げる。


「ついたあだ名は、『ヒレの付いたブラックホール』──」


 言い終わらないうちに、空から鼓膜を弾け飛ばすほどの唸り声が降り注ぐ。


 大きな顎を広げ空から下降してくるのは、戦艦ほどあろうかと思われる体躯を持つ──


 巨大な、サメだった。

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