第102話 自壊の山賊

「……おおむねうまくいっているみたいだな」


 アンコウは、椅子にダラリともたれ掛かり、ひとりごちる。

 この半月の間、毎朝晩に行われている現在の戦況や町の様子などの報告を受け終え、今は一人になっている。この部屋は、太守の館にある一室。


 アンコウはこの半月、町が山賊団に囲まれている状況であるにも関わらず、あまり屋敷の外に出ることをせず、もっばらこの屋敷で報告を受け、指示を出していた。


「たった半月で、千五百を切ったか。連中、まとまりを保つのもそろそろ限界だろう。……退くか、一か八かで攻めてくるか」


 この半月の間、クーク側も山賊側も全軍あげての攻撃には出ていない。

 クーク側は城に籠り守りを固め、それを攻めるには、山賊どもは力もまとまりも不足していた。

 ただ、守り固めるといっても、クーク側はまったく防壁内から出てきていないわけではない。


 全面攻撃は禁じているものの、アンコウは現場のメルソンやダッジに命じ、小勢を率いさせ、嫌がらせのように山賊どもの陣地の周りをうろつかせていた。朝、昼、夜、関係なくだ。


 時に攻め、時に火壺を投げ込み、時に楽器を打ち鳴らし、敵が本気で攻めてきたら、全力で防壁内に逃げ帰らせた。


(腹いっぱい飯が食えないうえに寝不足じゃあな。山賊の寄せ集めじゃあ、そりゃあ、統制は効かなくなるよな)


 敵山賊同盟内では離脱者が続出し、日々その数を減らしていた。

 今、アンコウにあがってきた情報では、その数が当初の二千から、ついに千五百を切ったという、クーク側からの嫌がらせのような小規模攻撃で死んだ者は50を越えないだろうから、戦わずして消えた敵兵が相当数に上ることがわかる。


「思っていた以上に、早く終わるんじゃないか、これ。……くっくっくっ…――

 ………ハアァー」


 アンコウは、悪者っぽい含み笑いを漏らしたかと思えば、一転ため息をついた。


「……チッ、負けて殺されるのはまっぴらだけど、俺もこんなド辺境で何やってんだか」

(……死にたくはないから戦いもするけどさ。勝ったからっていって、とくになぁ……)

「……まっ、先のことを考えるのは、壁の外の髭面どもにお帰りいただいてからか」





「ゲジムの頭目よぉ、レスカル村の連中は、全員昨日の夜の間に引きあげちまったぜ。

 うちとあんたんところは一番付き合いが古いがな、そんなうちの連中の中からもあんたに対する不満の声があがり始めている。もうそう長くは抑えられんぜ」


「チイッ、ナバ村のぉ、それを何とかするのが、お前らの器量だろうがっ」


 クーク防壁外、山賊同盟陣地内。


 この山賊同盟の実質的総大将の地位にあるのは、北山ほくざんにある山賊の集落のなかで、最も大きい集落であるゲジムの頭目、ウガキであった。


 このウガキが中心となって、北山12ヵ村ならびにダークエルフの集落にも号令をかけ、今回の攻撃を仕掛けたのだが、ウガキは彼らの主君ではなく、絶対的な命令権限者ではない。

 ゆえに、現状のように戦況が不利になったとき、他の村の者たちを強制的に、この場に留まらせることはできなかった。


「ウガキのおかしらぁ、残っているダークエルフたちの動きも怪しいらしいですぜ。アイツらも山に帰る気なんじゃあ」


「うるせええっ!」

ガシャンッ!

 ウガキが叩きつけたさかずきが地面で砕ける。


「いまぁ考え中だっ!黙っていろっっ!」

(くそおっ、クークの守りは思っていた以上に堅てぇっ。それにあの連中、ちまちま嫌がらせみたいにちょっかいを出してきやがるっ。おまけに食糧も調達できねええっ)


 出撃前の想定が大きく狂い、ウガキ本人の苛立いらだちも募ってきている。

 しかも、遅まきながらクークにコールマルの新領主がいるとの情報が、ようやくウガキたちの耳にも入ってきていた。

 そして、新領主がクークにいるとはどういうことだど戸惑っているうちに、周辺地域から、クークに向けて援兵を出そうとしている動きがあるとの情報まで入ってきたのだ。


 それはウガキや山賊どもにとって、全く想定していなかったこと。

 そもそもこれまで、このコールマル北部地域において、各太守豪族たちの横のつながりはないに等しかった。


 これは、ナグバルを中心としたハリュートの執政府が自分たちに反抗的な人物を次々に北部地域に蟄居、左遷させ、彼らに連携させないために、その交流を制限させたためである。

 これが軍事行動となるとなおさらで、北部の太守・豪族は自分たちの管轄地域以外に兵を送るには、必ずハリュートの許可を仰がねば罪に問われてしまう決まりがあった。


 そのことを北山ほくざんの山賊たちもよく知っており、今回もたとえクークを攻撃しても、クーク太守の管轄地域以外から援兵が来ることはないと考えていた。


「……くそっ、クークにいるっていう新しいコールマルの領主のせいかっ」

 ウガキは苛立ちをあらわに吐き捨てた。


 確かに、周辺地区でクークに援兵を送ろうとする動きがあるのは、コールマル領主アンコウがいるからだ。

 しかし、彼らのそのような動きは、自主的なものではなく、援兵を送れという命令書をアンコウが出したからだ。


 アンコウはクークに到着して、すぐに周辺諸将守に、その旨を命じた使者を出していた。それを思えば、周辺諸将守の動きは鈍い。


 アンコウの使者に対し、ほとんどの諸将守が曖昧な返事を返したという。

 それを聞いてメルソンなどは、

不埒者ふらちものどもめっっ!』と、たいそういきどおっていたのだが、アンコウ本人は違った。


「まっ、それは仕方ないだろ。俺は突然ここに来たわけだし、領主といっても、この辺りに面識のあるやつなんていない。ナグバルも拉致ってクークに連れてきてるって使者に伝えさせはしたけどな、すぐに信じることもできないだろう。

 それにそもそも、俺が本物かどうかも疑ってるだろう。すぐに動くような奴がいたら、かえってそいつのほうがあやしいってもんだ。周りに援軍要請したのは一応の保険みたいなものだ。あとは引っ越しの挨拶代わりか。

 まっ、そのうち動いてくれたらラッキーぐらいに思っていればいいさ」

 と、実にあっさりしたものだった。


 しかし、もし実際に周辺地域から援兵が送られてくる事態を考えれば、山賊どもは挟撃されることになり、それは山賊どもにとっては全滅につながりかねない悪夢だ。

 それゆえに、周辺地域にクークへの援兵の動きが現れたことによって、山賊どもが感じる焦りは数倍増しとなった。


 ウガキも、このまま時間が過ぎれば過ぎるほど、自分達が不利になると認識している。

 とはいっても、このまま北山ほくざんに撤退すれば、北山山賊同盟内での自分の求心力は間違いなく失墜するだろう。


 それに、

(ここで総退却すりゃあ、間違いなく追撃をうける……誰も殿しんがりなんざぁ引きうけねぇだろう)


 この状況で、逃げる尻を追われながら攻撃をうければ、自分たちが持ち堪えられる絵がウガキの頭には思い浮かばない。

 それに、今逃げ出せば、総大将である自分は徹底的に狙われるという恐怖が、ウガキの心を支配しつつあった、



「……………そ、総攻撃だ」

「お頭?」

「……ゲジムの」


「全員でクークを攻めるぞっっ!!壁の中に閉じ籠ってる臆病者どもに思い知らせてやるっ!!奴らの援軍が来る前に、その領主の首を獲るんだっっ!!」





 穏やかな午後の一時ひととき。アンコウは庭に大きくつき出しているテラスに置かれたテーブルを囲み、ティータイムを過ごしていた。

 左手横を見れば、あまり甘くないクッキーのようなものを次々に口に放り込んでいるアフロ童女。


「……カルミ。それ、うまいか?」

「うんっ、おいしいよ、アンコウっ」


 アンコウも、その勢いにつられるように手を伸ばし、クッキーをひとつ、ヒョイと口の中に放り込んだ。

(……パッサパサだな。やわらかいカンパンみたいな味だ)


 アンコウは、後ろに控えていたメイドを呼び、蜂蜜を持ってきてくれと頼む。


 しばらくして、お持ちいたしましたと、黄金色こがねいろの粘りけのある液体が入った透明のガラスの器をテーブルの上にメイドが静かに置いた。


カチャカチャ ヌルリ サクッ

(だいぶうまくなったな)


「ああー、アンコウずるいー」

 カルミもスプーン大盛りの蜂蜜をクッキーに塗りたくり、口に放り込む。

「ほぉー、もっとおいしくなったっ!」


 アンコウはクークに来てから、ほとんどこの屋敷から出ずに過ごしている。

 別に引きこもりになったわけではなく、戦時ゆえ、町の店はほとんど閉まり、住民も戦時労働力として働いているため、町に出たところで面白いことが何もない。


「ああ、退屈だ。早く終わらないかな、戦争」

 アンコウが茶をすすりながら、他人事のように愚痴る。


 あなたが終わらせるように働かないといけないんじゃ…… と、アンコウの右手横に座っているテレサは、反射的に思ってしまう。

(だって、旦那様がコールマルの領主なのに……)


 テレサはアンコウの指示で、アンコウと共にずっとこの屋敷に籠っている。


 ちなみに、実質的お屋敷ヒッキー・アンコウと違い、カルミはこの半月の間もそれなりに働いていた。

 山賊どもの睡眠を妨げ、精神的嫌がらせを狙った小規模攻撃にも、カルミはたびたび参加していた。


 特に、小規模とはいえ直接的な交戦がある場合などは、カルミの戦闘能力の高さは圧倒的な影響力があり、カルミが戦闘に参加することによって、味方の損害も極めて軽微なものですんでいる。


「だ、旦那様、」

「ん?何?」

「私も何か町の人たちと一緒に働いたほうが…炊き出しとか、矢作りとか」


「ああ、いいって、いいって。テレサが行っても迷惑になるだけだ。

 知ってるか?テレサは御領主様の愛妾奴隷って認識になってるんだぜ。御領主様の御愛妾様がそんな雑役をしたら、まわりに余計な気を使わせるだけだ」


 アンコウは、やめとけ、やめとけと手を振った。


「………あ、愛妾奴隷」


 テレサははじめて聞く、自分のことを指しているのだろう肩書きに何とも言えない表情になる。

 それを見て、ハハハと笑うアンコウ。


「だから楽できるときは、しときゃいいんだって。面倒だけど、どうせ近いうち、また働かなきゃならなくなるだろうからさ」


 アンコウ、テレサ、カルミ、三人のティータイム。

 それぞれの思いの違いはあるものの、周囲から隔絶されたような穏やかな午後の時間がそのまましばらく流れた。


――――


 しかし、そんな穏やかな時間は夕刻を迎える前に絶ち切られてしまう。慌てた様子でアンコウたちが座るテーブルに近づいてくる執事服の男。


「ご、御領主様っ」


 執事服の男の後ろには、武装したもう一人別の男が付き従っている。


「どうした?」

「メルソン様より、急ぎの伝令がっ」


 アンコウは視線を後ろに控える兵士の方にむけ、用件を話せと促す。


「敵、山賊どもが総攻撃を仕掛けてまいりましたっ!」

「………そうか」


 アンコウに、慌てた様子はない。

(やっぱり仕掛けてきたか…馬鹿だねぇ)


 勝手に攻め入ってきて、あっという間に自壊しはじめ、どうにもならなくなっての総攻撃だ。

 アンコウは、俺だったら身一つで逃げるけどなぁと思う。


(……まっ、敵がバカな分には大助かりだ)


「カルミ、いくぞ」

「はあーい」

「……テレサもくるか?」

「は、はい」


 そして、アンコウはおもむろに椅子から立ち上がり、歩き出した。





うわああーっ

 いけええーっ

ギィヤアアアーッ

 ドンッ ヒユゥンッ ドオオンッ


怒号、悲鳴、絶叫、爆音。

 戦場につきものの音が、あちらこちらで絶えることなく響いている。


 太陽が西の稜線りょうせんに沈みかけ、夜の闇が迫りつつある時間に入った。

 戦闘開始直後は最前線に立って指揮をとり、自らも斧を振るっていたアンコウだったが、今はまだ防壁の上にいるものの、テレサを連れて、あっちこっちをうろうろ見て回っている。


「よう、モスカル。どうだ、こっちは?」


「アンコウ殿、すでに防壁にまでたどり着く敵の数は相当減っており、時間の問題かと思います。初めから敵の攻撃には何ら策なく、いたずらに突撃を繰り返してくるのみでしたから味方の損害も軽微なもので済んでいます」


「そうか。ダークエルフはどうだ、こっちには現れたか?」


「いえ、こちらでも姿を見ていません。敵の陣内から町とは逆の方向に消えていった部隊があったようですから、その中にダークエルフたちもいたのかもしれません」


「そっちの情報でもそうか。黒の耳長たちは一足先に帰ったみたいだな。こっちとしては、ありがたい話だ」


 アンコウはさらに一言二言、モスカルに言葉をかけ、次に一緒に行動していたテレサに じゃあなと言い残すと、今度は一人でまた移動をはじめた。


(それでもはじめは多少不安もあったけどなぁ。クークの備えがしっかりしていてほんとに助かったよ)


 アンコウは防壁の階段をくだりながら考える。


(……俺たちがいようといまいと、この町は落ちなかっただろうな。よくあの烏合の二千の兵で、この町を落とせると思ったもんだ。

 まともな情報収集をしてなかったか、自分たちに都合のいい解釈をしたか。いずれにしても所詮は田舎山賊だったわけだ)


 防壁の階段を下りきったアンコウの視界に、出撃準備を万全に整えた一軍の姿が映る。その中にはメルソンやダッジ、ホルガやカルミの姿もあった。


(チマチマした戦闘だけじゃ、ストレス発散にはならなかったみたいだからな。最後に思う存分、暴れさせとこう)


 アンコウは足を止めることなく、この明らかな勝ちいくさの流れの中、戦意をみなぎらせている兵の群れの中に入っていった。





ギギギイイィィイイ と防壁門が開かれていく。

 その門の前に居並ぶ兵馬。一番先頭で口を真一文字に結び、馬に跨がっているのがアンコウだ。


「皆の者!これよりあの山賊どもを蹴散らしに参るぞっ!二度とこのクークの地を踏めぬようにしてくれようぞっ!」

 アンコウの右後方でメルソンが檄を飛ばす。


「てえめぇらっ、連中は弱いっ!振り下ろした剣の数だけ、敵の首を斬り落としてやれっっ!出遅れんじゃねぇぞっ!」

 アンコウの左後方で、ダッジがハッパをかけている。


 アンコウは、じっと開いた門の前方を見つめながら、二人の大声を聞いていた。

 そのアンコウの隣に馬を並べているのはカルミだ。


「……カルミ」

「なに?アンコウ」

「山賊の親分の名前は、ウガキっていうそうだ。ハゲでデコに大きい刀傷があるらしい。そいつはお前がれ」

「おー、わかった」


 開いた門の外側から内側へと一陣の風が吹き抜け、その風に逆らうかのように一羽のツバメが門の内から外へと飛び出していく。

 まるで、そのツバメに促されるかのように、クークの兵士たちが動き出した。


 カルミが、メルソンが、ダッジが、次々に門を駆け抜け戦場に飛び出していく。


「さぁ、いくか」


 そしてアンコウも、魔戦斧を肩に担ぎ馬を走らせはじめた。





「ウアアーッ!おかしらああーっ!」

「く、くそうっ!お前らっ、逃げるんじゃねえっ!戦えっ!戦えっ!」


 しかし、そう部下を怒鳴りつけている総大将のウガキ自身が逃げているのだから、山賊団の瓦解は止めようもない。


ドガアッ!「うがあっ!?」

バギイッ!「ヒイイーッ!」


 ウガキの横についていた重装備の山賊二人が一瞬で弾き飛ばされた。頭が割れ、顔が潰れ、すでに息をしていない。


「ヒグッ!な、なんだテメェはっ!」


 いつのまにか、ウガキの前に一頭の馬に跨がった小ぶりアフロの童女がいた。

 その体躯の小ささに比べて、跨がっている馬の大きさと右手に持っているメイスの大きさが実にアンバランスだ。


「わたしカルミ。……ハゲてて、おでこにキズ。あと、えらそうにしてる。ねえねえ、おじさんがウガキ?」


 この期に及んでも、カルミのような子供に怯えるのは沽券に関わるとでも思ったのだろう。ウガキは引きつった顔に無理やり笑みを貼りつけ、胸を張る。


「そ、それがどうした、クソガキっ!俺がゲジム村のウガキ様よおっ!!」

ボォガアンッ!

 その瞬間奇跡が起こった。


 頭頂部ならびに前頭部の毛根が完全に死に絶えていたウガキのハゲが治ったのだ。

 ただし髪の毛が生えたわけではなく、ウガキの禿頭とくとう自体がカルミのメイスのによる一撃で潰され、消滅してしまったのだが。


ぴゆゅゅーー と、噴水のごとく噴き出す血。


ドザアァァンッ! 

 噴き出す血が止まらないままに、ウガキの体は地に崩れ落ちた。


そしてカルミは、

 ビュンッ!と、メイスに着いた血を振り落とすと、くるりと馬首を返した。


「ヨシッ、おしまいっ!…!あっ、アンコー!終わったよー!」


 すでに日は落ち、周囲は薄暗い闇が支配している。

 しかしカルミの目には、自分のほうを見て、遠くで斧を突き上げているアンコウの姿がはっきりと見えていた。

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