第41話 サラのお仕事
敵軍の猛将銀髪の獣人の戦士ラースカンを討ち取った戦いから、7日が過ぎた。
あの戦いで全身に傷を負ったアンコウであったが、完全回復とまではいかないまでも、すでに戦場に立ち指揮をとれるまでに回復していた。
ヒルサギたちはアンコウにまだ休んでいるように言ってくれてはいたが、ラースカンを討ち取ったとはいえ、未だサミワの砦が敵軍に囲まれている状態であることに変わりはなく、アンコウ自身としても、この状況下でのんびり寝ていられるほど太い神経は持っていない。
ただ幸いなことに、あのラースカンを討ち取った戦い以降、敵軍の動きはヒルサギやアンコウたちの
まず、連日のようにサミワの砦に攻撃を仕掛けてきた敵軍が、あの戦い以降まともにこの砦に攻撃を仕掛けてきたのは、この1週間でたった2度だけであり、しかもその攻撃に以前の苛烈さはなくなっていた。
敵側の最前線で戦う将の中でも、名実共に中心的存在であったラースカンが死んだことをきっかけに、元々それぞれが違う思惑を持った者の集まりである反乱軍は、その内部で意見の対立が噴き出してきており、中には勝手に砦を包囲している陣地を離脱しようとする動きを見せる者さえ出てきていた。
砦を包囲する敵の結束に、ほころびが見えはじめていたのである。
そういった包囲軍の混乱をうかがわせる情報が次々と砦側にもたらされてきており、この日も昼が過ぎても敵軍が砦に攻め寄せてくる気配はなかった。
兵を指揮して戦う以外、この砦で特別ほかの仕事を持たないアンコウは、午後には防壁に見張りを配置し、あてがわれている自室にひとり戻ってきていた。
――――――
ところが、自室でゆっくり休もうと思っていたアンコウだったが、部屋に戻ってみると、アンコウの部屋を掃除している女がおり、アンコウはなぜかその女に泣かれ、戦場で剣を振るうのとは別のストレスを感じるはめになっていた。
アンコウの目の前で泣いている女、いや、女ではあるがその者はまだ少女といえる幼さも残している年齢の娘だ。
見た目も実年齢も10代半ばのこの美しい娘の名は、サラ。サラというのは愛称で、アンコウははじめの挨拶の時に、本人からそう呼んで欲しいと言われていた。
本名は、ファーストネーム、ミドルネーム、ファミリーネーム合せて、かなり長い名前であったが、アンコウはもう覚えていない。
そして、このサラという少女が、アンコウがお手つき自由と言われていた娘でもあった。
サラはアンコウがこの部屋に戻ってきたとき、掃除の最中であったのだが、これまでは戦争中であるにもかかわらず、明るく笑みを絶やさぬようにアンコウに接していたサラが、あからさまに暗く沈んだ表情を浮かべていた。
その様子を不審に思ったアンコウが何かあったのかと問い正すと、サラは暗い表情のまま、
はじめは暗い表情ながらも、涙は流していなかったサラだったが、アンコウに話をしているうち、こみあげる感情を押さえ切れなくなったのだろう、涙がひとすじふたすじとその頬を伝い落ちるようになった。
(……なんだよ、これ。俺がいじめてるみたいだ)
アンコウはそのサラの様子に、どんどん気が重くなっていく。
「いや、だからサラに悪いところなんかないんだ」
「でも、だったらどうしてなのでしょうか?」
さっきからアンコウとサラは同じような問答を繰り返していた。
「サラはよく働いてくれている。悪いところなんか何もない」
アンコウは少しうんざりしながら言う。
「……でも、アンコウ様は一度も私に声をかけてくださいません」
声をかけてくれない、つまりサラは、アンコウの
そしてそれは、アンコウが思っていた以上に、サラが与えられた仕事の中で重要なものであったらしい。
アンコウが、サラに手をつけていないことをどこからか聞いたサラの家の者が、かなり強くサラを叱責し、サラはこの役目から外され、別の者が代わりに来ることになるらしい。
「……私、このままでは、このままでは……」
そう言ってサラは大粒の涙を流しだす。
サラの話によると、サラにこの役目を課したサラの家というのはサラの本当の生家ではなく、サラの生家は彼女が幼いころにすでに没落・断絶しており、サラはその容貌の美しさゆえに、親族の中でも比較的裕福な今の家に名目上は養子として引き取られていた。
そして、そのサラを引き取った家の主である養父に、サラはこの今回の役目を命じられて来た。
そういう話自体はこの世界では特別珍しくない、よくある話ではあったのだが。
アンコウはチラリと自分の腕にはめられたグローソン公拝領の金色の臣下の腕輪を見る。
(この金ピカ腕輪は、この砦では本当に効果があるな。何だってんだ)
アンコウは断言できるが、このサラという娘は自分に惚れているわけではない。
だが、サラが言うにはアンコウの夜の相手をすることはなぜか名誉なことになるらしく、子を身ごもっても構わないとまで養父から言われているらしい。
彼らから見ると、アンコウは自分たちの主君であるグローソン公に直接つながりを持つ権力者の一人。
要は、その権力者たちと縁を持つ絶好の機会であるうえに、アンコウのように抗魔の力を持つ者の子供はそれを遺伝する可能性も高い。
その事実は、この世界では誰もが知っている常識であり、サラがアンコウの子を孕むことさえ大歓迎だそうだ。
これを聞いてアンコウは、さすがに自分たちが生きるか死ぬかのこの戦時に何考えてんだと顔をしかめていた。
「とにかく、その
アンコウは、はっきり言った。
サラの顔に絶望の色が浮かぶ。このまま家族の元に戻されたら、サラの立場はかなり厳しいことになることは、アンコウにもわかった。
自分自身の気持ちをさておき、自分のことを、このグローソンの権力者の一人であると仮定して考えれば、アンコウも、サラとその家族の行動理由を全く理解できないわけではない。
しかし、アンコウは何というか、そのサラの
サラがやろうとしていることは、この世界では決して珍しい話ではなく、倫理・常識に反することではない。
ただ、これまでにこのような行為の対象となった経験のないアンコウは、当初からかなり戸惑ってはいた。
頭で理解することと気持ちは別だ。アンコウは、このままこの金ぴか腕輪をはめ続けるつもりは毛頭ないうえに、目の前で泣いている10代半ばの少女に、そこそこ胃が重くなるような不幸話を聞かされた。
そして、そんな不幸な生い立ちにもかかわらず、この頬を涙でぬらして立っている純粋そうな一人の少女は、昨日までは笑いながら一生懸命アンコウの身の回りの世話をしてくれていたのだ。
アンコウは生き死にのかかった戦場に身を置き、正直に言えば、男の
それにアンコウがサラをここで抱こうが抱くまいが、サラが置かれている状況自体が変わるわけではない。アンコウが抱かなくても、いずれ他の男に同じような理由で、サラは抱かれるかもしれない。
しかしそれでも、アンコウはこの娘を抱く気にはなれなかった。あえて言うなら、これはアンコウの趣味ではないと言うほかない。
アンコウはそんな妙に紳士的な気持ちになっている自分に気づき、口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。
アンコウはふと思い出したのだ。
自分が通っていた娼館の女たちの中には、この娘よりもはるかに不幸を背負って生きている者たちがたくさんいるということを。
アンコウはそんな女たちを金を払って買ってきた。それについこのあいだも、この娘を抱く代わりに金を払って気軽に抱ける女を探していた自分を思い出した。
ああ、おまけにアンコウは、人生のドツボに
アンコウはさらに気が重くなってきた。
( くそっ )
アンコウは自分の顔を両手でゴシゴシと強くこすった。
( くそっ、この手の話は深く考えちゃあダメだ。自分が嫌になってくる)
アンコウが顔をあげると、両手を前でギュッと握り締め、下を向き、悲しみを必死でこらえているサラの姿が見えた。
「……ハァ、」
それを見て、アンコウは思わずため息をつく。
これじゃあ、敵と斬り合い殺し合いしているほうがマシだと、アンコウは思ってしまった。
「……まぁ、あれだ。
アンコウがそう言うとサラはパッと顔をあげた。その表情は変わらず不安げで、顔をあげた拍子に、また涙が頬を伝っていた。
「で、でも、アンコウ様、それだけでは……」
「大丈夫。ちゃんと話はしておくから」
アンコウはそう言うとサラに仕事に戻るように促した。
サラは必死の面持ちで、アンコウをすがる様な目で見ていたが、アンコウが大丈夫心配いらないと何度も言うと、ようやく部屋を出て行ってくれた。
パタンッ、と扉が閉まる。
「………クゥーッ、面倒くせぇっ」
アンコウはしばらくのあいだ、軽く自己嫌悪するような気持ちにとらわれていた。
「はぁ、」
(仕方がないだろ。あの子はダメでも、男に女は必要なんだ。……まったく余計なストレスだよ………)
□
アンコウは一人になって、あらためていろいろと考えを巡らせる。
実は砦を包囲している敵軍に乱れが見えてきた現在、アンコウは再び本格的にこの砦から逃げ出すことを考えはじめていた。
アンコウはグローソン公と自由を賭けた鬼ごっこの真っ最中であり、この砦の防衛戦に勝てたとしても、アンコウを追いかける鬼であるバルモアに捕まってしまえば意味は無い。
それゆえに可能であれば、一刻も早く、この砦からの逃亡することを考えていた。
ただ、それとは別にアンコウは、この鬼ごっこを続けること自体に、かなり強い疑問を感じ始めてもいた。
というのも、まずアンコウは初めから、この鬼ごっこに勝てたとしても、本当にグローソン公が自分を自由にしてくれるのかどうか、かなり疑問に思っている。
(あの男は相当に自分勝手な男だ)
グローソン公爵ハウルにとって、自分は遊びの駒に過ぎない存在だというのがアンコウの認識だ。
それでも、わずかでもチャンスがあるのならとの思いで受けた賭けであったが、実際に自分が置かれた今の状況を考えて見ると、
(これ、どう考えても命がけの賭けになってるよな)
ネルカの城でグローソン公ハウルに謁見したときは、アンコウは思いがけず感情的になり、予期せぬマニの登場もあって、剣をとっての自由を賭けた戦いを演じた。
しかしアンコウは、できることならば剣をとること、命を賭けることなく自由を得たいと当然思っている。
腕輪のことや、何だかんだでいろいろいろ有りはしたが、アンコウがあの時受けた賭けの内容は、逃げる範囲に制限がなく、時間が1ヶ月と長丁場とはいえ、所詮逃げるか捕まるかだけの、ただの鬼ごっこだったはずだ。
それが、ここまで生きるか死ぬかのギリギリの状況に身を置く羽目になるとは、賭けを受けたとき、アンコウはまったく思ってもみなかった。
グローソン公の犬になぞになることなく、自由に生きたいとアンコウは思っている。
しかしアンコウの言う自由というのは、どれだけ辛く苦しい環境に身を置くことになっても、自由であればそれで良いというようなものではない。
アンコウはうまいものも食べたいし、いい女も抱きたいし、楽もしたい、そういう願望込みの自由だ。
アンコウの言うところの自由の感覚は、アンコウが元いた世界で培った相当身勝手で贅沢な自由だ。
じつはグローソン公ハウルは、同郷であるがゆえに、アンコウの言う自由という言葉に含まれている感覚を的確に見抜いており、そのことを内心鼻で笑っていた。
じつに生ぬるい甘く身勝手な感覚だと。
グローソン公は、アンコウがこの賭けに負けても命はとらないと、奴隷にはしないと言っていた。
先日、戦場で死にかけたことを思い出すと、命がけでこの賭けを続ける意味があるのだろうかという疑問が、アンコウの脳裏によぎっている。
(……ほんとについてない。いずれにせよ、いつまでもこの砦にいるわけにはいかないしな。あと、サラのことはなぁ)
他人の心配などしている暇はないアンコウだったが、このままサラのことを放って消えるのも、いささか目覚めが悪かった。
「……ま、ここを逃げ出すことになったとしても、あの子は真面目に働いてくれてるからな。ちょっとは骨をおっておくさ」
アンコウはしばしのあいだ何をするでもなく自室で時間をつぶした後、自分の身の回りの世話をしている者たちの責任者的な立場にある初老の男を部屋に呼んだ。
その初老の男の名はロプス。アンコウが商売女を用意しろと言ったことを、わざわざヒルサギに報告した男だ。
それ以来アンコウは、この男にはあまり物を頼むことはしないようにしていたのだが、アンコウにサラの家に直接意見する
コンッ、コンッ
「アンコウ様、お呼びでしょうか」
扉がノックされ、ロプスの声が聞こえた。
「ああ、入ってくれ」
―――――
「あ、あの、アンコウ様これは……」
ロプスの手のひらに、アンコウが渡した小袋がふたつ乗っている。その小袋はロプスが確認のため、ヒモを緩め、口が開かれていた。
「見てのとおり中身は銀貨だ。ひとつはお前に。もうひとつはサラに渡しておいてくれ」
この砦に来た時点で、アンコウは亜空間収納の背嚢を所持しており、その中にはある程度の逃亡資金が入っていたのに加えて、それとは別にこの砦で影響力のある地位に就いたことを利用して、軍資金名目でかなりの金額の金をヒルサギたちから引き出してもいた。
無論、アンコウは軍資金名目でヒルサギらから受け取った金が余ったところで(確実に余るのだが)、彼らに返す意志はなく、はなから自身の逃亡資金として流用するつもりだった。
そのためアンコウは、この時点で自分の自由にできる相当な額の金を手に入れることに成功していた。
ロプスに渡した銀貨はその一部であり、今現在すべて他人から手に入れた金で小金持ちになっているアンコウにとっては、特別惜しいと思うほどのものではない。
しかし渡されたロプスにとって、今自分の手のひらに乗っている銀貨はめったに拝むことができない大金だ。
「あ、あの、しかし…」
ロプスはアンコウの意図が分からず、その銀貨を受け取ってよいものなのかと
「俺からお前たちへのほんの感謝の気持ちだ。ロプス、お前は俺がここに来てからほんとによくしてくれているよ」
アンコウはにこやな顔で心にもない事を口にする。
「い、いえ、それが私の仕事ですから」
アンコウは顔に浮かべた笑みを消すことなく言葉を続ける。
「それにサラもだ。お前ら二人は特によくやってくれてる」
アンコウはサラとロプスをほめる言葉を続け、今は明日どうなるかわからない戦争中だから、感謝の気持ちとしてお前たち2人だけには今のうちにこれを渡しておくという内容の説明をした。
そのように言われれば、ロプスもその銀貨を受け取らないわけにはいかない。
「は、はい。ありがとうございます。アンコウ様」
「じゃあ、俺がこの砦にいるあいだは引き続きよろしく頼む。サラにもそう言っておいてくれ」
「……あっ、」
アンコウにそう言われて、ロプスは何かを思い出したような戸惑いの表情を顔に浮かべた。
「ん?どうかしたのかい、ロプス」
「い、いえ、何でもございません!」
「ああ、ロプス。わかっているとは思うが、サラの仕事は昼間の俺の世話係だからな」
アンコウは一応念押しのつもりで、そう言った。
「は、はい!」
ロプスはあわててアンコウに頭をさげた。
ロプスは立場上、サラがアンコウ付きの世話係を近々交代させられることを当然知っている。ゆえに焦った。
アンコウが誉め、褒美を渡し、これからも頼むと言ったサラを交代させるわけにはいかない。
アンコウも当然、そのロプスの立場と反応を予想したうえでの行動である。
それにアンコウは、自分がサラに手を出していないという情報がサラの家に伝わる過程のいずれかの段階で、ロプスが関与している可能性が高いと考えていた。
直接ロプスがサラの家に情報を流していないとしても、ロプスはヒルサギが直接自分と意思疎通をはかれる者として、アンコウのまわりに配置した者の中の一人だ。
ならば、少なくともアンコウのサラに対する評価は、ロプスからヒルサギに迅速に伝えられるだろうし、そうなればサラの家のほうにも伝わるだろうと、アンコウは考えた。
(まっ、これでサラに対する風当たりは少しは弱まるだろう)
「じゃ、ロプス。そういうことだから頼むよ。お前は仕事ができる男だから俺も安心だ」
「は、はい!わかりました!」
ロプスはそう言うと、銀貨の入った袋をふたつ、ギュッと握ってそそくさと部屋を出て行った。
しかし、アンコウはひとつ失敗をしていた。
アンコウはこのあいだ、娼婦でいいから女が必要だというようなことをロプスに話していた。
しかし、その話をロプスはヒルサギに伝え、ヒルサギの口から自分が女を用意しろと要求した話をされたことに身悶えするような居心地の悪さを感じたアンコウは、その場でその話しをうやむやにした。
それでその話は終わったものだとアンコウ自身は思っていた。
しかし、ロプスもヒルサギも終わった話だとは思っていなかった。
それに今回のサラのことも、アンコウの夜伽の役目に関わることが元であり、アンコウははっきりと、もうお手つき自由の女を用意する必要はないとロプスに言っておくべきだったのだ。
慌てて出ていったロプスの頭の中には、サラをこのままアンコウの世話係に留め置くということともうひとつ、アンコウに女を用意するということも自分に課せられた命令として残っていた。
ロプスは自分に与えられた銀貨の袋を胸元にしまい、早足で廊下を歩いていった。
そしてロプスはサラのことだけでなく、アンコウが女を要求しているということをもう一度ヒルサギに伝えてしまうという、やはり使えない男だった……
……いや、ロプスはアンコウにもらった銀貨の分だけ、この前より大げさに、気合を入れて伝えたのだ。
■
2日後、アンコウはいつものとおり朝早い時間から装備を整え、防壁の上に立っていた。
「アンコウ様」
防壁の上から周囲を警戒し、見渡していたアンコウに、本陣からの連絡兵が急ぎ足で駆け寄り話しかける。
「現時点では敵が攻撃を仕掛けてくる気配はないそうです」
「そうか、今日もか」
ヒルサギたち砦側の基本方針としては、この砦に籠城し、味方の援軍を待つというものであるから、敵が攻撃を仕かけてこないということはありがたい話だ。
「それからアンコウ様、アンコウ様直々に周囲の偵察に出られたいとの申し出なのですが」
「ああ」
「このまま昼まで敵陣に動きがないようなら、短時間に限り許可できるとの事です」
「そうか、わかった」
連絡兵はアンコウに一礼し、その場を離れていった。
アンコウはこの砦から逃げ出すことができるかどうかを確かめるために、数日前から直接周囲の偵察に出ることをヒルサギたちに申し出ていた。そしてその許可がようやく下りた。
「よし、昼からだな」
昼間ではまだ少し時間がある。アンコウはそれまでの時間を自室で休憩と偵察に出る準備に当てることにした。
「あとは頼む。油断はするなよ」
「「はい、」」
□
アンコウが部屋まで戻ってくると、部屋の扉は開け放たれており、部屋の中からかすかな鼻歌が聞こえていた。
アンコウが部屋の中をのぞくと、一人の娘が部屋の掃除をしていた。
(ご機嫌だな)
アンコウはその女の様子につられて、自分も口元を緩めながら部屋の中に入っていった。
「あっ、アンコウ様!」
娘が掃除をする手を止めアンコウのほうを振り返る。
突然アンコウが戻ってきたことに驚いたようだが、その顔には愛らしい笑顔が浮かび、アンコウのほうを見ている。
「よう、せいが出るなサラ」
アンコウはそう言いながら部屋の中を歩き、椅子に腰掛けた。
そう、部屋の掃除をしていたのは先日同様サラだった。しかし、その様子は先日とは打って変わって、とても明るい。
「サラ、今日はここの掃除はもういいよ」
「は、はい」
アンコウに言われて、サラは掃除の道具を片付けたが、すぐに部屋を出て行こうとはしなかった。そんな様子のサラにアンコウのほうから声をかける。
「どうした、サラ?」
「は、はい!」
サラは小走りでアンコウのそばまで近づいてきた。そして、
「アンコウ様、ありがとうございました!」
と元気よく頭をさげた。
そしてそのまま言葉を続ける。
「アンコウ様のおかげで、このまま仕事を続けさせていただけることになりました。それにあの…あんなにいっぱいの銀貨までいただいてよろしかったんでしょうか?」
この数日は、この世の終わりのような顔をしていたサラであったが、どうやらサラのところまで、アンコウがロプスにした銀貨がらみの話が無事アンコウの思惑どおりに届いたようだ。
「ああ、言ったろ、お前は良く働いてくれている。銀貨はその褒美だ。まぁ、この戦いが終わるまで、その調子で働いてくれ」
「は、はい!私がんばります!」
元気いっぱいに答えるサラ。
10代半ばの少女とはいえ、サラの体はもう大人のものだ。アンコウのまわりにいる若い男たちが、熱っぽい目でサラを見ている姿をアンコウは何度も見ていた。
アンコウの目にもその腰まわりや胸は十分に育って見えているし、サラはグローソン公の臣下の腕輪を持つ男の夜伽の役割を与えられるだけあって、とても綺麗な顔立ちをしている。
それにアンコウがこれまでに抱いた娼婦の中にも10代半ばの女もおそらくいたはずだ。しかし、どうにもこうにもこのサラという娘はまだ子供っぽいと、アンコウの目には映っていた。
「ロプスさんに褒めていただきましたし、
「俺のおかげじゃないさ。サラは実際がんばっていただろ。それがちゃんと皆に伝わっただけだ」
「アンコウ様……」
サラの目にじんわり涙が溜まってくる。
「おっと、サラ。もう泣くなよ。お前は泣いているよりも笑っているほうがずっと似合う子だ」
アンコウにそう言われてサラはほんのり頬を赤らめる。
「は、はい!ありがとうございました!」
アンコウには、サラが元気よく笑って返事をしているときの姿が、特に子供っぽく見えている。
(これは子供の笑顔だよなぁ)
アンコウも微笑みを浮かべながら立ち上がり、ポン、ポンとサラの頭をやさしくたたく。すると、ますますサラの頬の赤みが増していった。
「サラ、水だけ持ってきてくれるか」
「は、はい!」
サラはアンコウの命令に答えようと、あわてて動き出す。アンコウは部屋を出て行こうとしているサラの後姿をじっと見送っていた。
(……でも、尻は大人の尻なんだよなぁ)
とアンコウは思う。
歩くたびに右左に揺れ、上下に動くサラの尻は、確かに大人の女の魅力をすでに備えていた。
そしてサラは、掃除道具を乗せたカートを押しながら急いで部屋を出て行った。
部屋にひとりとなったアンコウは、大きく息を吐き出す。
「フゥーッ……」
そして、目をつぶったアンコウの脳裏には、ネルカで別れてきたテレサの生尻が浮かんだ。
「……とっととこんなところは抜け出して、どっかの娼館にでもしけこもう」
アンコウは天井を見上げて、ひとりつぶやいた。
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