△05▽ いつ服着たんだっけ

 どこかで、鳥のさえずりが聞こえたような気がした。その声につられるように、くららは目を覚ました。


 ぼんやりとした意識のまま周囲を見回す。


 ここは自分の部屋だ。間違いない。見慣れた天井がまず目に飛び込む。


 そして――、


 右側に灰時、左側に誠実がくららを挟むようにして寝息を立てていた。


「…………」


(そうだ、思い出した……)


 昨日はあのまま、三人で夜を迎えてしまった。二人に求められているうちに、気付いたら意識が飛んでいたのだろう。ところどころは曖昧あいまいだが、まぁ、何をしたかは……、だいたい察しが付く。


「……やってしまった……」


 思わず、自分の顔を手で覆う。いや、自からも望んだことではあるのだが……。けど、これはやっぱりいけないことだ。


(だって兄弟きょうだいなのに。しかも、三人でとか……)


「あぁ……」


 くららの中で罪悪感がうごめく。でも、もう後戻りはできない。嫌われていると思っていた誠実から告白され、その際に灰時からも想いを告げられて以来、三人の関係は変わってしまった。そして、それを受け入れたのも紛れもない事実だ。きっとあのとき、が非でも拒絶するべきだったのだろう。でも、できなかった。それはやっぱり――。


(おれは、二人のことが好き……、なんだよな……)


 兄弟としてではなく、恋人として。日に日に大きくなっていくこの気持ちは、もう偽りようがなかった。


(二人とも幸せそうな顔して寝てるな……。こっちの気も知らないで……)


 でも、二人の寝顔をみていたらこっちまで幸せな気分になってきた。いけないことをしているというのは、分かってはいるけれど。


(でも、今はまだ……。もう少しだけ、このままで……)


 そう、願う。


 そして、くららは幸せそうな二人を見ながら、再び眠りに就いた。



 ◇◆◇◉◇◆◇



「……らら。……くらら!」


 自分を呼ぶ声で目が覚める。うっすまぶたを開けると目の前に、灰時の顔が見えた。


「……は、いじ……?」


「うん。おはよう、くらら。もう、朝だよ。起きれそう?」


「ん……。起きる、起きる……」


 あくびを噛み殺しながら、だるい体をなんとか起こす。


「あれ……。誠実は……?」


 周囲を見回すと、誠実の姿はどこにもなかった。


「一足先に、起きてるよ」

「そっか……」


 目を擦りながら、ベットから降りようとしたとき、ふと自分が寝間着をきていることに気が付いた。


「――あれっ? おれ、いつ服着たんだっけ……?」


「あぁ、それなら俺と誠実くんで着せたんだよ」

 

 灰時がこともなげに言い放つ。


「ふーん。……って、はいぃぃいッ⁉ ちょっ、ちょっと待て! 何でそんなことになったんだ⁉」


 その一言で、眠気が一気に覚めた。


 寝起きの頭をフル回転させ、必死に状況を整理する。


「いやー。俺と誠実くんが起きた後、くらら暑かったのか、上から掛けた布団とか自分で剥ごうとしてて……。そのままにしとくと、ちょっといろいろ危ないかなって思って、俺と誠実くんで服を着せてあげたんだよ」


 まさかの事実に衝撃が走る。


「ええぇぇッ⁉ し、しかも、二人でだとっ⁉」


「うん」


(そ、それじゃあ、誠実にもいろいろ見られたってことかっ⁉)


 血の気が一気に引いていくのが分かる。信じたくない。信じたくはないが、明らかに服を着ている自分がいた。


「……まじ?」


 念のため、もう一度、確認をしてみる。


「まじ」


 即答だった。


「まじかぁぁぁあッ‼」


 その瞬間、思わず頭を抱え込む。


「ば、ばかあぁぁっ! そりゃ、寝相悪かったおれが悪いけど……っ! は、恥ずかし過ぎるっ‼」


 もはや、半泣き状態だ。


(だ、だって下着もちゃんと着てるし、着替えさせたってことは完全にいろいろ見られちゃってるよな⁉)


 恥ずかしくて、震えていると、


「あ、ちなみに俺が下で、誠実くんが上を担当し――」

「そんな情報いらんわっ‼」


 聞きたくもない情報が入ろうとしたので、思わず怒鳴る。それ以上は本当に怖くて、聞きたくない。


「ごめん、ごめん。でも、あのままだと風邪引いちゃうかもだったし……。ゆるして? ねっ?」


 灰時が手を合わせながら、申し訳なさそうに顔を覗き込む。


(……そんな顔されたら、これ以上責められないだろうがっ……!)


 悔しいが、灰時に可愛らしくお願いされると、どうも弱かった。


「う~~。はあぁぁ。……分かったよ。もう、い――」


 もう、起きてしまったことはしょうがない。諦めて水に流そうと思った矢先――、


「それに、くららの体は知り尽くしているんだから、今更恥ずかしがらなくても――」


 灰時の余計な一言ひとことが炸裂した。


「もう、お前黙れッ‼」


 ガチで一発殴った。



 殴られた頬をさすっている灰時をしり目に、ベッドから降りる。が、立って歩こうとした瞬間、力が入らず思わず床に倒れ込んでしまった。


「ぅ、わッ……!」


「くららっ⁉ 大丈夫⁉」


 灰時が慌てて、くららを抱き起す。


「な、なんか足に力入らないんですけど……」


「あー……。えーっと……。そう、だね。なんか、ごめん……。昨日ちょっと、無理させ過ぎたかも……」


 そう言って、灰時は顔を赤らめながら、気まずそうに目を逸らした。


「っ……! ぁ、そ、そうか……」


 仄かに甘い気まずさを感じながら、お互いに俯いて黙り込んでいると――、


「ちょっ⁉ オレがいない間に、何してッ……⁉」


 ドアが開いたままになっていた部屋の前で、誠実がわなわなと肩を震わせていた。


「せ、誠実! 別に何もしてないって! ただ、立てなくて……」


「えっ? あ……。そ、それって……」


 理由を察したのか、誠実の顔が見る見る赤くなっていく。


「うん。ちょっと、昨日二人でくららに無理させすぎちゃったみたい……」


「ッ……! ご、ごめんなさい、姉さん! ……オレ昨日は本当に、無我夢中で……。だって、姉さんが可愛過ぎるから……! つい……」


「な、何言って……⁉ てか、もういいから……!」


「だ、だめですっ! それじゃ、オレの気が済みません! だから、責任とって今日は……、オレが姉さんの足になります‼」


「……足? はあぁッ⁉ えぇっ⁉ ちょっ、どうゆう――」


 言うや否や、誠実はくららを抱え上げる。


「せ、誠実っ⁉」


「……じゃあ、とりあえずくららのことは、誠実くんに任せようかな。その間俺は、朝食の準備をしておくから。とりあえず、洗面台に連れて行ってあげて?」


「分かりました! じゃあ、行きましょう! 姉さんっ!」


「おぉいっ‼ ちょっとぉぉっ……!」


 くららの抗議の声も空しく、あっという間に洗面台まで連れて行かれてしまった。

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