転生したら村人Aとして生活していこうと心に決めたが運命の相手はこの国の王子だった
悠里
第一章出会いと再会 1話
私の名前は鈴木美奈 二十二歳。会社勤めのOLとして働いている。パソコンの時計が定時になった。よし。
「あ、鈴木さん。帰る時にごめんなさいね。この書類作成お願いできるかしら。明日で大丈夫よ」
「はい、わかりました」
女上司に呼び止められ、快く書類を受け取る。嫌な顔なんてしてみなさい。上司の機嫌を損ねるだけ。
「宜しくね」
上司が席を離れるタイミングを見て私は席を立った。
「お疲れ様でした。お先に失礼しまーす」
帰り支度をし、会社のビルを出た。寄り道もせずに真っすぐ駅へと向かう。これからたくさんの人で溢れた満員電車に揺られ、家路に着くために。一人暮らしのワンルーム。小さな私だけの城に。
「間もなく電車が参ります」
駅のホームにはたくさんの人。私もその一人。人の波に呑まれながら到着した電車に乗り込み素早く立ち位置を確保。吊革に捕まり、小さく息を零した。ああ、今日も疲れた。早く帰って昨日発売されたRPGゲームの続きを遊びたい。
でもその前にまずはお風呂と食事。昨日作ったカレーの残りがあるし、夕飯はそれを食べよう。最寄り駅までは二十分程かかる。意外とこの時間が長いのよね。私はワイヤレスイヤホンでアニメのOP曲を聴きながら携帯を手に取った。
最寄り駅に到着すると電車を降り、駅前のスーパーで買い物をするか迷ったけれど、帰ろうと住宅街へ足を向けた。駅前は人が多いのに、一歩住宅街に入れば人通りは疎らで、少ない。ほら、もう誰も歩いている人がいない。街灯が闇の中をぽつん、ぽつんと点しているだけだ。
「………」
しばらく歩いた時だ。人の気配に気付いたのは。後ろに人が居る。いつもだったらこっちが家の方向の人なんだろうと気にしないのだが、今日に限って何故か気になった。
角を右に曲がれば敬拝の持ち主も右に曲がる。ちらりと見れば、暗がりで顔は見えないが男のようにも見えた。なんだか気味が悪い。失礼な事を考えたら駄目。偶然方向が同じだけよ、うん。でも嫌だな、この道薄暗いから一人で歩くのは心細い。早く家に帰りたい。アパートはもうすぐだ。足早に家に向かおうとしたその時、
突然、それは起こった。ぐにゃりと歪む風景。視界揺らぐ。なんで?私どうして。
目の前に、男の人が立っていた。一歩後ずさる。かつん、とヒールの音が響いて。男の右手には、きらりと光るナイフ。奥歯がかたかたと鳴る。心臓の鼓動が早い。私、私…嫌、再び視界は歪み、真っ暗になる。
「え…?」
目を開けて、視線を下ろす。私は、左手でナイフの柄を握って、いて、かたかたと震えていた。ぼやけるしかい。じわりと血が滲む。顔を上げることも振り返る間もなく、私の意識は落ちた。
*******
これが、私の前世の記憶。鈴木美奈は二十二歳の生涯を終えたのだ。物心ついた時から私には前世の記憶があった。前世の自分の人生を全てを覚えていたわけじゃない。あの日、会社帰り男に命を奪われた。現代の両親に話したことはあったが、信じてもらえなかった。
はあ、それにしても刺されて死ぬなんて不運にも程がある。忘れてしまいたい最期だわ。
前世の私の家族や友人は、どうしているのだろう。父母の顔、友人、思い出せることは断片的ではあるがないわけじゃない。考えれば考えるほど悲しくて寂しくなる。…やめよう。もう、転生して私はこの世界で生きているのだから。
ここは、フォレスト国にある小さな辺境の村。私はそこに住んでいる平凡な村娘だ。最初は驚いたものだ。だって、ここは私の知っている前世の国とは全く別の世界だったのだから。田舎で何もないけれど、平凡な日常。当たり前な日々こそ私の幸せなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます