第46話 明暗は分かたれた

精霊王と花乙女の口づけが終わると、嵐で消えていた篝火が突如再び燃え盛った。

炎の大精霊フォティアの仕事である。

いつもの小さな姿ではなく、揺らめく陽炎のような姿をした大きなドラゴンだった。

篝火の周りをフォティアがぐるりと回るとさらに火は大きく燃え上がる。


炎に照らされ周囲の様子が確認できるようになっても村人たちは立ち上がれなかった。

精霊王の威容はもちろんだが、それ以上に暗闇の中幻想のように行われた本当の花精霊祭を見て、いまだ夢の中にいるような心地であったのだ。


今年の精霊王役のはずだったブライアンも同じように夢心地だった。

好きだった女の子が、あんなにも幸せそうにしている。

自分の仕立てたドレスを着てくれたリリアに対してまだどこか所有欲や下心めいたものを感じていたのだろう。

花精霊祭を楽しんでほしかったのは本心だが、浅ましい小細工だ。

しかし今やドレスもなく、リリアは全身に花を纏って本物の花乙女になった。


(人間の、いや俺の思い上がりが恥ずかしい)


輝く白百合の花冠、月光を映して一層輝く黒い色彩。そして精霊王の眼差しを受けて微笑むリリアは。


「すごく綺麗だなあ……!」


ブライアンは鼻水が垂れるのも構わずズビズビと泣いた。



一方、キャロルも一部始終を見ていた。


(どういう、ことよ……)


さっきまで村の中心はキャロルで、村の敵がリリアだった。

それが全て一瞬で変わってしまった。

本物の花乙女はリリアで、キャロルは花乙女を陥れようとした敵になった。


(あいつは「無加護」じゃなかったの……!?)


誰もがもはやキャロルの事も準備していた花精霊祭の事も意識にない。

本物の精霊王と花乙女がいるのだから当然だ。


精霊を見る機会など普通の人間にはない。

精霊教会に描かれた絵か、話で聞くだけだ。精霊に特に気に入られた職人でも実際に見る事は少ない。

王族が儀式の際に精霊に来てもらう事があるとかないとか、その程度だ。

精霊自体は見えずとも祝福によって存在を示す。逆に言えば人間と精霊の関りはその程度だ。


だが目の前で精霊の王が、大精霊達が無加護を囲んで仲睦まじくしている。

精霊を見た事が無くても分かる。

不思議な力を行使したからではなくその存在によって。

この場にいる誰もがそうだろう。

教会の絵では精霊王は光の化身として描かれていた理由が、実際に目にして初めて分かる。


キャロルは生まれてからずっと村一番の器量よしで、誰からも愛されたし可愛いと言われ特別だと思っていた。

ブライアンと結婚するのは自分だと疑っていなかった。他に相応しい相手もいないのだから。


(でもブライアンがずっと好きだったのはリリア)


そのリリアは精霊の王に愛され祝福を受けて幸せそうに笑っている。


(本当に特別だったのはリリア)


キャロルは村全体を扇動して石を投げさせ、結果として嵐を呼んだ。

事が落ち着けば村や教会から罪に問われるだろう。

精霊王と花乙女の敵。それはこの村に留まらず世界の敵と同義ではないか。

恐怖と不安でぶるぶると身体が震える。燃え盛る篝火も熱を伝えない。


(寒い。逃げなくちゃ。でもどこへ?)


人から受け入れられないのは当然だが、リリアの様に山にこもった所で精霊の怒りを買うだけだろう。

それにキャロルには家族もいる。

父も母もこの光景を見ているだろう。

家族も自分のせいで村八分になるのだろうか。


(リリアみたいに?)


力の入らなくなった手がばさりと鞄を落として、そこから村の花冠が零れ落ちても誰もキャロルを見向きもしなかった。

全ての視線は精霊王と花乙女に注がれ、美しい光景に浸っていた。


(これからどうなるの)


キャロルは真に反省したわけではない。

ただ罰を恐れているだけだ。

それは傲慢なだけの女の子には十分な絶望だった。

キャロルは憧れていた恋も、将来も、安全も全て失った。

この世界に安息はないのだ。


(リリアもこんなに恐ろしくて孤独だったのかしら)


『精霊に嫌われている無加護』『悪魔の生まれ変わりのリリア』

常日頃ちやほやされて優しい家族に囲まれていた自分と違い、身内もなく、生まれてずっと孤独だったはずだ。

そんなリリアに石を投げ、虐げていたのだ。

ブライアンは山小屋で精霊王とリリアに会ったのだろう。

だから変わったのだ。

いや、本当はずっと前からリリアの事が好きではあったからこそ会いにいったのだ。


自業自得なのは分かっている。

今、全てが返ってきたのだ。

だが納得は出来ない。

うっとりするほど美しい花精霊祭に背を向けて、キャロルは誰にも知られず闇に消えていった。

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