第44話 花乙女は誰なのか

闇の中、エレスの姿は薄く清らかな光を纏って輝いていた。

以前ブライアンに示した圧力などはない。ただ立っているだけだ。


全てを照らす日の出に感謝するように、大地の鳴動に畏怖するように、それだけで人は畏怖や尊崇の念を抱く。

人の形をした大自然が広場の中央に泰然と存在していた。


精霊が人の前に姿を現す事はめったにない。

ましてや精霊王ともなれば霊典や記述があるくらいで詳しい事は誰も知らない。

建国と創世の物語、「そして今も見守ってくださっているのよ」という寝物語の締めくくりにだけ出てくるのが精霊王だ。


誰も知らない、神話やおとぎ話のような存在だが、姿を現したエレスが精霊王である事を疑う者はいなかった。



ザア、と精霊花が揺れた。

同時に村中に飾られていた花がその花弁を散らす。

あらゆる白い花弁がゆるやかな風に乗ってリリアの元へ集まっていった。

何層にも重なった風に舞う花びらはまるで布の様に重なる。

花弁の布を纏うリリアは遊ぶようにきらめく白いドレスを纏っているようだった。


「人間みたいに細かい事できないけどどうかなー!」


「すごいわアエラス。とっても素敵よ」


繊細な風が優しくリリアを包んでいた。

全身を緩やかに舞い、腕や腰の所は体に合わせて細くなっている。

腰から下のスカートを模した場所は幾重もの風花が踊り、ふんだんにボリュームを出している。

そのまま裾はロングトレーンの様に長く伸び、リリアの通った後は煌めく花々が小さな精霊の様に残っていた。


糸を縒る事も出来ない精霊が、見よう見まねで形だけ人に合わせたドレスだ。

だが、夜闇の中で光を乱反射してどんなドレスよりも美しく、あまりにも花乙女にふさわしかった。


リリアを見つめていたエレスがゆるやかに首を動かし、花精霊祭の為に組まれたステージを視線を投げる。


「精霊王と花乙女はあそこへ行って誓うのだったな」


「ええ」


素直に返したリリアだがややもして質問の意図に思い当たる。


「まさかエレス、花精霊祭の続きをするつもりじゃ……」


「花乙女が誰なのか、思い知らせる必要があるだろう」


「べ、別にいいわよ!」


「リリア」


エレスは極上の笑顔と共に恭しく手を差し出した。

リリアはエレスの笑顔に弱いのだ。

真っ赤になりながらもリリアはエレスの手を取る。


エレスは重ねられた手をしっかりと握り、リリアを舞台までエスコートする。


精霊王が動けば光が散り、リリアが歩けば花弁が舞う。

その様子は精霊教会で語り継がれる建国神話の再現のようだった。

階段は壊れていたが問題はなかった。ウォネロが水で作った階段を登り壇上へ向かう。

不思議な事に触れたところだけが凍るらしく、沈むことも濡れる事もなく登れた。

舞台に上がった精霊王とリリアは静かに中央へ進み、向かい合う。


しばらくお互い見つめあっていた。

否、正確には見惚れあっていた。


月が作る光の輪が精霊王を飾っていた。

出会ったときから超然とした美しさだったが、暗闇の中で光を纏い微笑むエレスの姿にリリアは知らず恍惚としていた。

星空を見つめてぼんやりするような、大山脈を無心で眺めているような、自分の思考も感覚も目の前の存在にだけ奪われている。

いつか丘で語り合った時のような心地よさと、あの時とは違う少し早い鼓動をリリアは感じていた。


(エレスって本当に……綺麗だわ)



一方精霊王もリリアを見つめていた。

見た目は小さく愛らしいリリアも、その実優しくて強い心を持っている事は短い時間でもよく分かった。

あまり甘えてこないところに関しては今までの事もあるのだろうとエレスは考える。

リリアが大変だった時にのんびり眠りこけていた自分を殴りたいが、それすらリリアは許してくれた。


(これからは自分の側で安心して過ごしてくれるといいのだが)


それに関しては自分がこれから頑張って信頼を得るしかないと改めてエレスは思う。


実はエレスはこんな場所さっさと平らにしようと思っていた。

しかし大精霊達と話し合った時に、それではリリアの理解は得られず、納得もされないだろうという結論に至る。

人は複雑で難しい。

信頼を得る為に何をすべきか、そもそも今までのリリアや人間自体を知らないエレスには難問だった。


まずは我慢して様子を見ようという事になったのだ。

リリアが同じ種の人間に敵意を向けられ、ボロボロになっても手を出さずにいたのはそれも理由の一つである。

自分だけで解決しようとするリリアの心情は正直な所精霊の王にはよく分からなかったが、あまり干渉するのも嫌われるとフォティア達に聞いた。


流石に命の危険が及びそうになった時は干渉したが、ギリギリまでは大人しくしていたのが功を奏したのかリリアは何か吹っ切れたようでもあった。

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