第36話 ナンパ
そうして食品売り場を離れようとした時、数人の若い男の声が響いた。
「お嬢さんお嬢さん! どこかのご令嬢?」
「こんな田舎に、お忍びで慰安旅行とかですか?」
「雰囲気かわいーっすね」
相手を品定めするような言葉と、からかい交じりの品のない笑い。
リリアはこれを知っていた。
(近くにキャロルがいるのかしら)
豊かな赤髪の、そばかすが可愛い酒場の娘。
遠くからしか知らないが、こういう雰囲気の時には大体キャロルがいた。
もちろん近くに寄る事はないので、偶然見かけたり、マチルダおばさんのティータイムの噂話で聞いただけだ。
彼女は男性と駆け引きしたり、酒場に誘導したりして上手くやっているらしい。
だからきっと、この男性達もキャロルに話しかけているのだろうとリリアは考えた。
エレスの甘い言葉にいちいちドギマギしているリリアにとって、キャロルの強かな性格は羨ましいともリリアは思う。
(変装しているとはいえ、今の私をキャロルに見られたらバレるかもしれないわね。早く移動しないと)
キャロルはリリアに興味はないだろうが、万が一という事もある。
「無加護がいるわよ!」と言いふらされたら今までの全てが水の泡だ。
いや、見つかればそうなる事は必至だろう。
こっそりその場を離れようと足を速めるリリアの前に、男たちが立ちふさがる。
「おいおいちょっと~? 無視かよ。お嬢様だからってお高く留まってないでさあ、ちょっとくらい話してくれてもいーんじゃね?」
「わ、私?」
「そーそー! 君だよ君! ね、名前なんていうの?」
どうやら男たちはリリアに話しかけていたようだ。
ブライアンの用立てたドレスに惑わされて、リリアの事をどこかの令嬢とでも思っているらしい。
レースごしによくよく見てみると、見た事があるような気がしないでもなかった。
リリア達より上の世代の村の男性達で、とにかく無加護には関わりたくなさそうだった記憶がある。
交友関係の狭い村の中でも、無加護と関わるのを恐れる人達の詳細までは覚えていなかった。
それよりも、今は見えないが隣の気配がうっすら冷たくなっていっているのを感じてリリアは焦っていた。
「いえあの、急いでいるので」
「本祭は夜だよ? こんな朝早くに用事なんかないっしょ」
「なー」
(じゃああなた達は何なのよ!)
花精霊祭は男女とも着飾って精霊に感謝しながら踊り明かす。
ありていに言えば村での出会いと進展の場という意味合いも強い。
しかし花精霊祭をよく知らないリリアがそれを知っているわけがないのだった。
(こういう時ってどうしたらいいのかしら)
無加護として暮らしていた時は、ブライアンやキャロル達のような奇特な人物を除いて村人たちは基本的にリリアから距離を置いていた。
何もしなくても人が避けていくのが普通だったリリアには、相手から寄ってこられる経験がまるでなく混乱するばかりである。
彼女は頬がどうしようもなくひきつるのを感じていた。
「どうしたのおじょうーさん。もしかして怖がってる?」
「お前がビビらせてんだろーが! ぎゃはは!」
「俺たちこわくないでちゅよ~!」
『なんだこの人間は』
おろおろしている間も話しかける男たちに、エレスは苛立っているようだ。
剣呑さを滲ませた声でエレスがリリアにだけ聞こえるように話しかける。
「私にも分からないわよ」
『これが祭りの楽しみ方なのか?』
「違うと思うわ……」
もしかしたらそういう事もあるのかもしれないが、少なくともリリアは全く楽しくない。
それを聞いたエレスはふむ、と
『では排除するか』
「エレス!?」
「お嬢さんなにぶつぶつ話してんの? 病んじゃってる系? ていうかそろそろ勿体ぶらずに顔見せてよ」
男がリリアに近づいて手を伸ばしたその時、足元からふわりと風が巻きあがった。
風はかまいたちのような鋭さで伸ばされた手の皮膚を裂く。
「うおっなんだ?」
傷は深くはないようだが、ぷつりと血が滲みはじめている。
『我が乙女に触れようとしたな』
さっきまで徐々に下がっていたエレスの機嫌が急降下する。
「待ってちょうだい! 大丈夫だから!」
エレスは細かな力の調整が苦手だ。
こんな所で力を使えば花精霊祭はめちゃくちゃになるし最悪の場合死者も出るだろう。
何とかやめさせようと肘でエレスのいる場所をガンガンつつく。
「何してんの?」
能天気な男が面白そうに空中に肘鉄を食らわせるリリアの行動を見ている。
誰のせいだと思ってるのだろうか。さすがにリリアもイラッとする。
(あんた達のせいなんだから早くどっか行ってよ!)
精霊王は今にも飛び掛からんとする威嚇全開な犬みたいになっている。
「こっちよ」
その時何者かがリリアの腕を掴んで引っ張った。
そのまま引きずられるように誰も来ないような資材置き場の陰に隠れる。
「あんた、ああいうの慣れてない? いいとこのお嬢様っぽいもんね。面倒な男に絡まれちゃって、運が悪かったと思って忘れちゃいなさいよ」
「あ……」
腕を掴んでいたのは、まさかのキャロルだった。
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