53 剣神アメノオハバリ

 謎の男は、俺を鬼扱いした上に成敗すると宣った。

 失礼千万な奴だ。

 

「む。鬼、そなた、その娘は連れか?」

 

 男は俺に剣を向けながら、ちらりと咲良を見た。

 

「俺は鬼じゃない! 咲良がなんだってんだ」

 

 いつでも迎え撃てるよう、刀の鍔に指をかける。

 俺の獲物は、妖刀【朋切】という、切れ味を求め過ぎて家族や友人を試し切りした刀鍛冶の怨念がこもっている、曰く付きの逸品だ。

 

 体勢を低くして親指でカチリと鯉口を切った。

 うちの咲良はやらんからな!

 

「悪いことは言わん。結婚は止めておけ」

「は?!」

 

 男がいきなり説教を始めたので、俺はつんのめって転けそうになった。

 

「我が主は、一生を添い遂げようとした美しい妻がいたのだ。死しても共にあらんとした相手だ」

「話の行く先が見えないんだけど……」

「まあ待て、聞くがいい。死ぬ間際に、主は妻と大喧嘩したのだ」

 

 無駄に厳かな口調で、男は言った。

 

「主の妻は言った。よくも私に恥をかかせたわね。あなたの部下を毎日千人ずつ呪い殺してあげるわ、と」

「怖っ」

「それに対し主は、だったら俺は千五百人ずつ復活させてやると答えたのだ」

「どっちもどっちだろそれ!」

 

 俺は「どこかで聞いたような話だな」と思いながら突っ込みを入れた。

 後ろで咲良が身動ぎして「もしかして」と呟いている。

 

「我が主の二の舞にならんよう忠告しておく。結婚は止めておけ」

「余計なお世話だ!!」

 

 結婚は人生の墓場だと、訳知り顔で言う男。

 俺は馬鹿馬鹿しくなって刀を抜いた。

 

「ひとさまの恋路に不吉なフラグ建てるなっての! これ以上、無駄にしゃべるようなら、口に刀を突っ込んで永久に沈黙させてやるよ」

 

 咲良が「響矢、それ悪役の台詞だよ」と呆れているが、聞かなかったことにした。

 

「ふっ、ようやく本性を表したか、鬼め」

 

 男は、ゆらりと一歩踏み出す。

 凄まじい剣気が、その全身から溢れ出した。

 

「いざ!」

 

 踏み込みと攻撃は同時と思えるほどに速かった。

 俺はかろうじて男の剣を跳ね返す。

 

「貴様、鬼の癖に、刀に慣れておらぬな。技術はあるが、身になっておらんと見える」

 

 男の鋭い指摘に、内心舌を巻く。

 もともと平和な日本に生まれ育った俺は、戦いに慣れていない。古神に乗ったおかげで剣術を使えるようになったが、所詮は後付けのにわか仕込みだ。

 

「早々に片を付けてくれよう」

「くっ」

 

 男の連続攻撃を、必死にしのいでいく。

 一合、二合、三合、四合……。

 重ねるごとに、精神が研ぎ澄まされ、形だけだった剣術に血が通うようになる。

 

「なんだ、この成長速度は?!」

「うぉらああっ!」

 

 気合いを込めて、男の剣を弾き返した。

 

「もしや、娘に良いところを見せようと頑張っているのか?!」

「んな訳あるかボケ!!」

 

 男の検討違いのコメントに、俺は額に青筋を立てた。

 

「鬼よ、この森の悪霊をすべて切ったとしても、そなたの求める正義はないぞ。人殺しは所詮人殺しなのだ。一時の栄華を極め、娘の賞賛を得たとしても」

「ごちゃごちゃうるさい!」

 

 妖刀を中段に構え、俺は攻撃に転じた。

 

「報酬が欲しくて戦ってるんじゃない! もらったものを返したいだけだ!」

 

 刀の切っ先を真っ直ぐ男の心臓に向け、シンプルに前進する。

 男は動揺した表情で防御しようとした。

 

「俺と咲良の関係を知らない癖に、知った口を叩くな!!」

 

 全身の力を込めた一撃は、男の剣を押し退けて、体の中心を貫いた。

 風船を突いたような手応えだった。

 俺は刀を傷口から引き抜くと、数歩後ろへ飛び退く。

 

「……おぉ」

 

 男は、信じられないものを見るように、穴の空いた自分の胸に片手を当てる。胸の穴からは鮮血ではなく、黄金の光の粒子が流れた。

 

少年・・

 

 眩しいものを見るように目を細め、男は改まった口調で言った。

 

「もらったものを返したいと言ったな。それは何だ?」

 

 俺は、刀をゆっくり降ろした。

 

「信頼だ」

 

 咲良にもらったものを、あえて言葉にするなら。

 

「小さな頃に一回会っただけの俺を信じてくれた。咲良と出会ってなければ、俺はここにいないだろう」

 

 異世界に来て、分からない事だらけで、心細い気持ちにならなかったのは、咲良がいてくれたからだ。

 美人な嫁さんをもらって、幸せな人生を送るために、咲良を許嫁にしたい訳じゃない。逆だよ。幸せをもらったから、恩返しだ。

 

「久方ぶりに、尊いものを見せてもらった」

 

 俺の回答に、男は破顔一笑した。

 

「進むがいい、人の子よ。この先、もし剣が必要ならば、我を呼べ。我が名は、剣神アメノオハバリなり」

 

 男の体が金色の粒子となり、風にほどけて消えた。

 

「剣神……?」

 

 俺は少し呆然とする。


『鬼が勝った……』

『信じられない……』

『鬼つよ』

 

 決闘を見物していた影法師たちが、じりじりと後ずさる。

 逃げるつもりだな。

 

「お前ら、動くな!」

 

 刀を上げて叫ぶと、影法師たちの動きが止まった。

 

「この刀で切り刻まれたくなかったら、墜落した船まで案内しろ」

 

 脅すと、影法師たちは『ひどい』『鬼の所業だ』と文句を言いながらも、列を作って移動を始めた。

 

「だから響矢、それは悪役の台詞だよ」

 

 呆れたように呟く咲良。

 うーん。我ながら刀を抜くと、どうも物騒な性格になっちゃうな。

 

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