44 常夜の国の鬼退治(中編)

 城州に到着した俺と景光は、人里に降りて情報収集した。

 その結果、親方の言っていた通り、山の上に「鬼屋敷」があることが判明した。

 鬼は、赤黒い肌をした人間に似たモンスターで、額には立派な角がある。本来、知性や理性のあるモンスターでは無いらしいのだが、鬼屋敷の鬼たちはなぜか統率された行動を取っているようだ。

 

「年に一度、鬼屋敷に若い娘を献上することになっています。生け贄を捧げれば、鬼は村を荒らさないので」

「ほら、やっぱり女装作戦じゃないか」

「響矢さん!!」

 

 説明中の村長さんは、俺と景光のやり取りを聞いて呆気に取られた。

 景光は女装させられるかもしれないと聞いて焦っている。

 

「俺は女装するくらいなら、真正面から鬼屋敷に突撃します!」

「えー、そこまで嫌?」

「嫌です!」

「じゃあ」

 

 俺は近くの壁に掛かっている鏡を見て、ふっと笑った。

 

「俺が女装するかな」

「「?!」」

 

 村長も景光も、仰天している。

 そんなに嫌がるようなことか? だって学芸会とか学園祭で、よくそういうイベントはあるじゃないか。

 

「ま、本気で女装したら動きにくいから、しないけど。白い布でも被っときゃ、それらしく見えるだろ」

「……本気ですか?」

 

 村長が顔をしかめている。

 迷惑そうだな、と俺は注意深くその様子を観察した。

 これでも元の世界では、自己主張せずに大人しく人の言うことを聞く生活をしていたので、相手の顔色や考えていることを察知するのは得意なのだ。

 

「鬼が退治されて、娘さんを捧げなくても良くなったら、村の人は喜ぶでしょう? 手段は任せて頂けませんか?」

「もちろんです! 古神乗りの方が戦うなら間違いないでしょう!」

 

 村長はわざとらしい程に喜んでいる。

 やっぱり何かありそうだ。

 

「女装したら写真撮って咲良さんに報告しますよ」

「景光、お前、俺に仕えるんじゃなかったっけ?」

「咲良さんは主君の婚約者なので、命令されたら断れませんね」

 

 景光は異世界スマホを操作している。

 常夜に来てから、アマテラスの力が及ばない世界だからか、霊子情報網インターネットに繋がらなくなっていた。

 咲良たちとは現状、連絡が取れない。

 だから景光の台詞は冗談なのだが、写真撮影をされたら後日有言実行されかねない。スマホを没収してデータを消すか。

 

「では、私どもの方で準備を手伝わせて頂きます。鬼に予定よりも早く娘を献上すると伝えましょう」

「お願いします」

 

 こうして俺は、女装して鬼屋敷に乗り込むことになった。

 村長が「化粧はともかく、服装くらいは生け贄の娘と同じにしていただかないと誤魔化せないです」と強く訴えたので、裾の長い純白の衣装を着付ける。

 今年の生け贄予定だった村娘が、着付けを手伝ってくれた。

 

「男性の方と聞いていたのですが、ナリヤさんは体型も細いし、余り男らしくないというか」

「うわ、ひどいなあ」

「す、すみません!」

 

 泣き真似をすると、村娘はペコペコ謝ってきた。

 

「で、でも! 畑仕事で痩せて泥だらけの私より、ずっと綺麗です!」

「……」

 

 そりゃそうだよなあ。

 俺は遠い目をした。

 元の世界の現代日本人は、危険な山野に出掛ける必要もなく、日中は冷房暖房のきいた室内にこもって勉強漬けだ。紫外線や熱中症を恐れて外に出ないから、肌は白いし傷ひとつない。これは大昔でいう貴族の生活である。

 むさ苦しい筋肉盛り盛りの男性なんて滅多にいない。

 一方、この世界では、鍛えている男性が多いのか、体格の良い奴を見掛ける。彼らと比較すれば俺は華奢だ。

 

「おい景光」

 

 着付けが終わった後、俺は景光を呼んだ。

 

「なんですか?」

「お前、腹痛で休ませてくれと言って、村長の家に残れ。それで寝込んだフリをして途中で抜け出すんだ」

「え?!」

「……村長は、俺を本気で生け贄にするつもりだからな」

 

 声が大きいと景光を叱責し、俺自身も周囲を気にして声をひそめる。

 

「自分から罠に飛び込むつもりですか?」

「鬼は複数体いる。鬼屋敷は弓を持った鬼も見回りしていて、籠城戦の構えは十分だ。真正面から行って勝てる見込みがあるなら、そう言え」

 

 夜中に古神を飛ばして、俺は上空から鬼屋敷を視察していた。

 俺たちを警戒しているのか、はたまた別の要因なのか知らないが、随分と物々しい戦闘体勢だった。

 

「演技には自信ないです」

「じゃあ実際痛ければ演技する必要ないだろ」

「まさか……ぐはっ」

 

 不安そうな景光の腹に一発くれてやった。

 俺を恨めしそうに見た後、景光は腹を抱えてよろよろ歩き出した。

 

「すみません、急に腹が痛くなって……」

 

 うまくやれよ、景光。

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは牢屋の中だった。

 村長に「出陣前に勝利を祈願して一杯飲んで下さい」と言われ、睡眠薬入りだと分かっていたが、あえて盃を飲み干した。

 その後、案の定、眠くなった。

 無防備な状態を敵にさらすことになるが、俺は特に心配していなかった。村長や村人に、同じ人間、しかも古神乗りを直接殺す度胸はない。

 どうせ鬼屋敷に連れて行かれるだろうな、と予想していたが、ビンゴ。

 ここは鬼屋敷の地下だ。

 石で出来た壁の上に鉄格子があり、そこから月が見えた。

 周囲は暗く、蝋燭の火しか灯りがない。鉄錆びの匂いと、動物園で嗅ぐ排泄物の異臭が漂っている。

 両手両足は拘束されているらしく、動かせない。

 生意気なことに拘束物は鉄の鎖だ。鬼風情が、と俺は舌打ちする。どうも鬼だけの悪事だと思えないんだよな。手助けしている人間がいると見える。

 頭の上にひとまとめにされている両手を動かしてみたが、鎖がキリキリと音を立てるだけだった。

 

「響矢さん……」

 

 景光の声がした。

 見下ろすと、景光がミノムシみたいに縄で巻かれて転がされている。

 

「ちょ、お前まで捕まってどうするんだよ!」

「すみません、響矢さん。あなたが眠らされたのを見て、頭に血が登って、思わず村長に掴みかかったんですが、迎えにきた鬼に捕縛されてしまいました……」

「馬鹿! 熱血も大概にしろ!」

「返す言葉もないです……」

 

 計算が狂ったぞ。くっそー、こんなところで鎖プレイなんてする予定はなかったのに。

 

「くっくっく。お目覚めかな」

 

 牢屋に、鬼を従えて誰か入ってきた。

 蛇のように細い目をした男だ。

 鬼ではない。人間だった。身につけているチャイナ服は上等で、それなりの地位にいる裕福な人物だと伺わせる。薄い笑みを張り付けた面相は気味が悪い。

 

「都から古神乗りが来たから警戒してみれば、随分と綺麗な青年ではないか。婚礼衣装がよく似合っている」

「……」

 

 男は、身動きできない俺の顎に手を掛けた。

 

「気に入った。どうだ? 同じ古神乗りとして、私と組むつもりはないか?」

「同じ古神乗り……だと」

「いかにも。私は、常夜の古神ワズライの操縦者、クチナワである」

 

 敵は鬼だけじゃなかった。

 古神操縦者が敵に回れば厄介だ。

 クチナワは、俺の目を見て語りかけてくる。

 

「お前になら、城州の霊珠を与えてやってもいいぞ」

「霊珠?」

「口にすれば霊力値が底上げできる貴重な石だ。古神操縦者なら、喉から手が出るほど欲しい代物だぞ」

 

 俺は思わず、床に這う景光を見た。

 景光は苦しそうな顔をしている。霊力が低くて親から捨てられた景光なら、霊珠を欲しいと思っていても不思議じゃない。

 

「古神操縦者の格は霊力によって決まる。霊力が上がるなら、なんでもするだろう。お前は違うのか」

 

 霊力値が百万の俺は、悩んだことすら無かったけれど。

 もし八束に神前試合で負けて、霊力を奪われたら、欲しいと思うのかな。咲良を守るために、今の生活を守るために、他人から霊力を奪うようになるんだろうか。

 霊力の無い俺には何の価値もない?

 

「……いや、違うだろ。少なくとも俺のご先祖様は、霊力に重きをおいてなかった。だから古神の無い世界に移動したんだ」

「? 何を言っている?」

「こっちのこと。それよりも、こんな鎖で俺を拘束したつもりか?」

 

 ヒュルルーと風切り音が近付いてくる。

 その音の正体を、俺は知っていた。

 クチナワが怪訝そうに天井を見上げる。

 

「何の音だ? まさか」

 

 背後の壁が派手な音を立てて壊れた。

 サルタヒコ、いや、俺の身を案じて駆けつけた狸が、地下牢を外から物理的に破壊したのだ。常夜の旅を始めてから、狸をサルタヒコに憑依させたままにしていた。

 

『……』

 

 サルタヒコは胸部ハッチをぱかっと開けて、頭上から刀の雨を降らせた。

 

「おい、たぬき、雑なことするなよ!」

 

 どうやら個別に渡すのが面倒になってぶっちゃけたらしい。

 俺は降ってきた中で適当な刀を掴み取って、手足を拘束する鎖を断ち切った。

 

「クチナワとやら。あんた、霊力を上げるために、弱者を搾取してるだろ。そういうのは古神操縦者のやることじゃない。この力は、誰かを守るためにあるんだ」

 

 刀の鯉口を切り、鋭い刀身を月光にさらす。

 そして、唖然とするクチナワに切っ先を突きつけた。

 

「だけどまあ、世の中は強い奴が勝つというのも真理だ。さあ、殺しあおうぜ。勝った方が正しい。ここはそういう世界だろ」

 

 景光が「響矢さん、それ、妖刀」と呟いていたが、戦闘モードに入った俺は、話半分に聞き流していた。

  

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