42 新しい刀が欲しいです

 出発する直前。

 俺は、個室で密かに久我の叔父さんに相談をしていた。

 

「どうしよう、叔父さん。御門さんに借りた刀がボロボロなんだけど!」

 

 敵の真剣を斬る技は、刀身に負担を掛けるものらしい。

 コンゴウの起動式の会場から逃げる時、何人かと切り結んだ。本来は戦いの後に刀の手入れが必要だと思うのだが、砥石などは持ち歩いていない。

 気が付いて見れば、借りた刀の刃がギザギザになっていた。

 御門さんは気にしないかもしれないが、普通は借りたものは綺麗に返すものだ。壊して返すのは失礼だろう。


「御門家の所有している刀は、高価な業物ばかりだ。本当はうちもお金持ちのはずなんだけど、資産は土地ばっかりで、新しい上等の刀を買う余裕はなくて」

「土地は税金対策だよね。現金は、税金に絞られて中々手元に残らないんだ……」

「不甲斐ない実家でごめんね、響矢くん……」

 

 俺は叔父さんと、ままならない世の中に涙した。

 

「神華隊の給料けっこうもらってるけど、足りるかな」

「微妙なところだね」

「これから行く城州に、古神だけじゃなくて新品の刀があったらいいけど」

「どうだろう、久我家の使い手は刀を壊しやすいから、残ってるかな」

 

 叔父さんの返事に、俺は刀の波紋をなぞるのを止め、顔を上げた。

 

「叔父さん、久我家の血なのかな? 最近、戦いの最中に相手の首を落としたいとか、物騒な事が思い浮かぶんだけど」

 

 思い切って聞いてみた。

 

「そうか、響矢くんは向こうで生まれ育ったから知らないんだね。戦いに没頭すると過激になるのは、うちの特性だよ。久我家に生まれたら、精神制御する方法を教わるんだけどね」

 

 叔父さん曰く久我家は武人の家らしい。

 久我家に生まれたら、小さな頃から剣道を教わってマインドコントロールの練習をするそうだ。

 

「いいかい、響矢くん。闘争本能に飲まれたら、思い浮かべるんだ。可愛い可愛い、たぬきの顔を……!」

「そこは恋人じゃないですかね」

 

 狸の毛皮をモフりながら、真顔で言ってくる叔父さんに、俺は脱力した。

 

 

 

 

 結局、そのまま御門さんの刀を持っていくしかなかった。相変わらず機体はサルタヒコだし、強力な敵が現れたらどうしようか悩みの種は尽きない。

 俺と景光は、咲良たちと別れ、古神に乗って出発した。

 目標地点に向けて古神を飛ばすだけの簡単なお仕事だ。

 飛ばすだけなら縁神に任せても大丈夫なので、俺は暇な時間、気休めに刀を磨いたりしていた。

 

『響矢さん、この先に人里があるので、そこで休憩しましょう』

 

 機体同士のプライベートチャンネルを通して、景光が連絡してきた。

 景光は、古神スクナビコナに乗っている。

 スクナビコナは、昆虫のトンボの翅のような飛翔用スラスターを付けた小柄な機体だ。武装は針のように鋭い剣。装甲は無いに等しいから、さっと飛び込んで刺したら離脱する戦法が得意なんだろう。

 

「常夜はいつまで経っても暗いな……あ、あの明るいのが人里?」

 

 俺は操縦席に座り直して、前方の明るい方角を拡大表示する。

 

『いえ、明る過ぎます! これは、火災が起きている!』

 

 景光の言う通りだった。

 沢のほとりに、茅葺きの小屋が何軒か建っており村があったが、火事で炎上して人が逃げまどっている。

 

『助けに行かない方がいいですよ。俺たちは任務中です。こんなところで時間を食っている暇はありません』

「……」

 

 景光に相当なお人好しだと思われてるようだ。

 彼を助けた経緯を考えると無理からぬことだが。

 

『しかし、ここを越えると城州まで休む場所がないんですよね。温かい食事をとって布団で寝られると思ったのに、残念です』

 

 俺は、古神を空中で停止させた。

 

『響矢さん?』

 

 貧弱で役に立たないと思っていたサルタヒコの羽扇うちわが、役に立つ時が来たようだ。

 機体を操作して陰陽術を発動する。

 

「雨風招来!」

 

 羽扇を振ると雨が振りだした。対古神の攻撃力はほとんどないサルタヒコだが、こういう雑用には向いているみたいだ。

 火事が見る間に鎮火していく。

 ま、このくらいはしてもいいだろ。

 

『響矢さんは本当に英雄なんですね……』

「どうしたんだよいきなり」

『俺は自分の事ばかりで、他人の事なんか考えてもいなかった』

「馬鹿。常夜の国に恩を売っておくと、東皇陛下の探索に力を入れてくれるかもしれないだろ」

 

 理由もなく他人を助けに行くほど、お人好しではないつもりだ。

 

「面倒事に巻き込まれる前に、ここを離れるぞ」

『はい……あ!』

「どうした?」

『今、知人の姿が……すみません、地上に降ります!』

「おい!」

 

 景光が慌てた様子でスクナビコナを降下させる。

 俺を止めた癖に、自分が行ってどうするんだよ!

 仕方なく俺もサルタヒコを空き地に降ろした。

 胸部ハッチを開けて飛び降りる。

 火事が終わって辺りは暗くなっていたが、俺の周りに狐火がすりよってきて、夜道を照らしてくれた。縁神に好かれる体質もたまには役に立つ。

 

「景光!」

 

 あいつ機体をロックしたかな。古神は相応の霊力が無ければ動かせないから、盗まれる可能性は低いけど。

 道を駆け出す景光を追いかける。

 

「ズンドウさん、ズンドウさんですか?!」

「おう、ソラトじゃねえか。お前は地上に帰ったんじゃないのか」

 

 傷だらけになって道にしゃがんでいる小太りの男に、景光が声を掛ける。

 知り合いのようだ。

 

「その話は後で! 何が起こってるんですか? 親方は?」

「ソラト、俺らは終わりだ。とんでもない呪いの品を仕入れちまった」

 

 小太りの男、ズンドウ氏はうなだれる。

 

「呪いの品?」

「おうよ。朋切ともぎりという、試し切りで友人や親を手に掛けた刀鍛治の執念がこもった妖刀さ。それを親方が握っちまってよう」

「親方は妖刀にとり憑かれたんですか?!」

 

 景光とズンドウの会話で、事の成り行きは分かってきた。

 おりしも、煙の向こうから、抜き身の真剣を下げた壮年の男が姿を現したところだった。

 着ている服は酒場のマスターのような作業用エプロンだが、返り血を浴びて真っ赤だ。全身が煤と血で汚れ、まるでゾンビかグールか鬼といった有り様である。

 ズンドウが震えながらコメントした。

 

「南無三。今まで散々、危険な品を運搬してきたけど、とうとう年貢の納め時ってやつか」

 

 男の持つ刀からは、禍々しい妖気の光が立ち上っていた。

 無表情の男は、立ち尽くしたままの景光とズンドウに向かって刀を振り上げる。

 

「景光、下がれ!」

 

 俺は抜刀しざま、男の攻撃を受け止めた。

 妖刀の攻撃は重く、気を抜くと御門さんに借りた刀を折られそうだ。

 

「くそぅ、御門さんに刀を弁償しなきゃいけなくなるじゃないか!」

 

 これ以上、壊したら新品を買って弁償しなくてはいけない。

 力を込めて押し返した。

 技術面はともかく、筋力と体力は自信がないので長期戦は避けたい。異世界に来てからバトル続きだし、そろそろ腹筋以外も鍛えようかな。

 

「景光、このおっさんの腕を切っていい?!」

「あ、はい! 命あっての物種ですから!」

 

 ためらいの無い返事があった。

 俺は腰を落として力を溜めると、気合いと共に刃を走らせる。

 

「ごめん!」

 

 おっさんの腕が妖刀ごと、ごとりと落ちた。

 

「ふー」

 

 刀を鞘に戻して、額の汗をぬぐう。

 

「親方!」

 

 景光が、血を流しながら倒れたおっさんに駆け寄る。

 失血死しなければいいが。景光は自分の服をちぎって、おっさんの腕の止血を始めた。

 

「……」

 

 さて、妖刀はどうしたものか。

 地面に落ちた妖刀に視線を戻すと、ズンドウがそれに手を伸ばしているところが目に入った。

 

「くっくっく、妖刀は高く売れる。これでまた箔が付いたってもんよ」

「ズンドウ!」

 

 景光が非難の声を上げる。

 目の前で妖刀にとり憑かれた人を見たのに、ズンドウさんは懲りないんだなあ。

 切断された腕ごと妖刀を抱えあげて、逃走しようとするズンドウ。

 

「いくら俺がお人好しでも、盗賊を目の前で見逃すほど甘くねーぞ」

「!」

 

 刀を抜いてズンドウの足に投げつける。

 切りつけるには距離が離れていたから、刀を飛び道具代わりにしたのだ。粗雑な扱いをしてすみません。

 足に刀が刺さって崩れ落ちるズンドウ。

 一件落着だけど……血に濡れた刀は後処理をきっちりしないと使えなくなる。これで御門さんの刀は弁償確定になった。

 俺はどんよりと溜め息を付いた。

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