39 敵の古神操縦者と殴り?あって仲良く?なりました。
古神は、サルタヒコという名前から猿いわゆるウッキーモンキーを連想していたが、違った。
天狗だった。
赤い鼻を高々と伸ばした頭部。
翼のような黒いスラスター。
山伏の修験装束に似たデザインの装甲は白く、脚部は黒く引き締まっている。
「これ武装は、
何に使うんだろう。戦えるのかな。
機体を見上げる俺に、技師が近付いて声を掛けてくる。
「久我の若様、たぬ公が……」
目を離した隙に、狸は換気用大型エアコンの前に座り込み、海水で濡れた毛皮を乾かしていた。
俺も服を乾かしたい。いや、そうじゃなくて。
「いくぞ、たぬき!」
「……!(じたばた)」
エアコンの前から離れたくなさそうな狸を抱えあげる。
「あ、若様、サルタヒコは止めたほうが。武装が貧弱なので不人気な古神なんですよ?!」
技師が忠告してくれたが、だからと言って古神を選んでいる時間はない。
俺は、狸を機体に向けて放り投げる。空中で器用に一回転して、狸は機体に吸い込まれた。
古神サルタヒコの機体に光が灯る。
開かれた胸部の扉までよじ登り、狭い球体の操縦室に飛び降りた。
手首のリストバンドを外し、勾玉の形の痣をさらす。操縦席のアームレストに埋め込まれた平たい黒い勾玉に、手首を当てた。
『道標神サルタヒコ、起動……縁神【風狸】による情報伝達を開始します』
空中に浮かぶ光るテキストメッセージ。
操縦室内壁に機体の外の景色が反映され、明るくなる。
古神サルタヒコの情報が頭に流れ込んできた。最初の一瞬だけは、背筋に水滴を垂らされたような違和感がある。拒否せずにサルタヒコに「合わせる」ようにすれば、機体と一体になり装甲を撫でる風の匂いさえ感じ取れるようになる。
縁神が古神からの情報を仲介することで、操縦者は自分の体と同じように
「サルタヒコで出ます」
『発進を許可します。無理はしないように』
恵里菜さんと通信でやり取りする。
アメノトリフネの脇腹にあるハッチが開いた。
俺はサルタヒコで空中に踊り出る。
「遅っ。前のスサノオは使いやすかったのに」
サルタヒコの挙動が、俺の思考速度より僅かにずれている。前回、天岩戸の戦いで乗ったスサノオは、考えるよりも先に機体が動くくらい、思考の伝達速度も機体の反応も良かった。
スサノオに比べるとサルタヒコは遅い。しかし、そもそも日本神話でも有名な三貴神スサノオと、比べる方がおかしいのかもしれない。
「武器は羽扇だけか。やっぱり扇ぐしかないのかな。鰻の蒲焼きでも作るのかよ」
自分に突っ込み。
一方、敵は矛の先から白い雷撃を放って、アメノトリフネの装甲に小さな傷痕を量産しているところだった。
「いっけえーっ」
『!?』
駄目元でサルタヒコの羽扇を思いっきり振る。
風が巻き起こって敵の機体を吹っ飛ば……さなかった。
「何これ、扇風機ですか?!」
強風は起こったけど、戦闘に使うようなレベルじゃない。
例えるなら家電、扇風機の強風レベルだった。
つ、使えねえ。
『ふん、雑魚が』
敵の機体の操縦者が吐き捨てる声。
サルタヒコに向かって雷撃が放たれる。
「回避は得意だからセーフ……じゃない!」
雷撃を寸前で避けたつもりが、広範囲に散った余波の火花に巻き込まれた。
暗い山に落下するサルタヒコ。
「この古神、弱すぎるぅーーー」
俺は半泣きでアームレストを握りしめ、何とか落下のダメージを弱めようと姿勢を制御した。
山の山頂に激突する寸前で、サルタヒコの体勢を復帰することに成功する。
「ふーーっ。……おい、たぬき! この古神もうちょいどうにかならねーの?!」
『……』
ご不明点は製造元にお問い合わせ下さい。
狸は古神に憑依して、俺に情報伝達してるだけなので、ちょっとした八つ当たりだった。
これで解決するとは、思っていなかったのだが。
『……武装を追加召喚しますか? Yes or No』
空中に光るメッセージが浮かんだ。
ご丁寧に末尾に犬の足跡マークが追加されている。お茶目か狸。
「ナイスフォローだ、たぬき。これなら……!」
俺は大神島の格納庫から、オモイカネの太刀を召喚する。
この機能は複数の古神を乗りこなしている操縦者にのみ、提示されるオプションのようだ。
役に立たない羽扇を手放し、抜き身の太刀を手に取る。
『ほう……?』
敵の古神の操縦者が、俺に注目した気配がした。
「こっから先が本番だ……!」
サルタヒコは機動力だけならスサノオに近い。
機体の癖をようやく掴んだ俺は、次々と放たれる雷撃を避けまくり、ついに敵の古神の懐に飛び込んだ。
「うおりゃあああああっ!!」
自分では気付いていなかったが、いつの間にかサルタヒコの周囲に、眩い黄金の光の粒子が舞っていた。サルタヒコでは本来ならあり得ない出力が出ている。
『くっ?!』
敵の古神の矛と、俺の太刀が、がっちり噛み合った。
『この力、貴様、アマテラスの系統か!』
黄金の光をまとう太刀と、白銀の雷を放つ矛が交差し、激しいスパークが炸裂する。
一瞬、互角に見えた。
しかしギリギリと矛で押し込まれ、俺はすぐに劣勢を悟る。
『その下級古神でなければ、互角か。ここで終わらせるには、惜しい……!』
矛で打ち払われて、距離を取る。
敵はすぐに仕掛けて来なかった。
『気が変わった。貴様は俺の獲物だ。貴様の力量に合った古神に乗り、再び勝負しろ。正しい手順を踏んで、貴様の霊力を根こそぎ奪ってやる』
敵の操縦者の愉悦を含んだ声が、オープンチャンネルで流れてきた。
俺は背筋がゾクリとする。
『貴様の霊力は、どんな味がするのだろうなあ?』
舌なめずりでもしていそうな気配だ。
大変だ、変態に絡まれている。
「……再戦してやってもいいが、その前に俺の話を聞け」
『なんだ?』
「俺たちは常夜を侵略する気はない。家出中のお姫様を連れ戻しに来ただけで、戦争を起こすつもりはなかったんだ。大層な戦艦で来たから、誤解されただろうけど」
『……』
何はともあれ、命を掛けて戦う必要はどこにもない。
これは無益な戦いだ。
常夜の人には事情を話して、東皇陛下を探すのに協力してもらう必要がある。
『……何か地上の国で不祥事でも起きたか。戦艦から出てきたのが貴様一人、それも間に合わせの古神で出てくるとは、よほどの事情だろう』
「そーだよ。困ってんだよ。助けてくれ」
ざっくばらんに交渉してみた。
敵の操縦者は変人っぽいが、話は通じそうな気がしたのだ。
『良いだろう。私の名、
「例の件って再戦? 分かったよ」
和議は成った。
俺はサルタヒコを、アメノトリフネに帰投させる。
八束は、通信で恵里菜さんにアメノトリフネの着陸地点を指示し始めた。
「響矢!」
格納庫に降りてすぐ、咲良が息を切らす勢いで飛び込んできた。
「どうしてあんな約束したの?!」
「ふえっ? どうしたんだよ咲良、そんな顔して」
「神前試合の申し込みを受けたでしょ! どうするの、負けたら霊力全部取られちゃうよ?!」
俺は八束の台詞を思い出す。
確かにそんなことを言ってたな。霊力を根こそぎ奪うだとか。
だが、そもそも古神で試合する時点で命を掛けるわけだから、霊力云々以前に死ぬかもしれんし、結論としては。
「まあ、何とかなるんじゃないかなー」
「なる訳ないでしょ、馬鹿響矢!」
へらりと笑うと、咲良にポカポカ頭を叩かれた。
心配して怒ってくれる人がいるって、嬉しいもんだな。
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