37 これが有名税? 久我響矢の偽物登場!

 朝食の席には、珍しく恵里菜さんが同席していた。

 恵里菜さんは天照防衛特務機関の偉い人で、俺たちの上司だ。

 落ち着いた物腰の美人で、凛々しくて知的な大人の女性である。服装はだいたいいつも機関の制服で、この世界では珍しく洋装オンリーの人でもある。ちなみに天照防衛特務機関の制服は、男女でデザインが違う近未来的な軍服だ。

 恵里菜さんは咲良とは女子友で、たまにウチに来てタダ飯を食べていく。

 

「そこでねー、響矢が太刀を構えて、来い!って」

「昨日はそんなことをやっていたのね」

 

 俺と景光の決闘の話だ。

 ご飯粒を飛ばす勢いで、夢みがちに語る咲良。

 外ではきっちり着物の襟を締めている彼女だが、家では浴衣をゆるく羽織ってリラックスした姿を見せる。

 俺はちゃぶ台から遠ざかり、座敷の隅っこでひたすら狸の毛皮を耕した。自分の噂話を目の前でされるのは頂けない。

 

「もうー、響矢が格好良くて格好良くて。煽った甲斐があったわー」

「何?!」

 

 聞き捨てならない台詞を聞いて、俺は振り返った。

 

「咲良、お前、確信犯だったのか?!」

「だって響矢が太刀で戦う姿を撮影したかったんだもの」

「撮影?!」

「ほらー、恵里菜さん、昨日の動画」

「あらあらまあまあ」

 

 咲良はスマホの画面を恵里菜さんに見せた。

 異世界スマホは、元の世界と同じくらい高機能で、通話やチャット以外にも撮影機能が付いている。

 俺は、狸を抱えて四つん這いで、キャッキャしている彼女たちの後ろに忍び寄った。

 

「何を撮ってるんだよ、もう!」

「あ!」

 

 咲良の手からスマホを奪う。

 ひとを勝手に撮影して……よく撮れている。まるで俺がヒーローみたいに見える。記念に取っとくか。自分のスマホにデータを転送した。

 

「消さないで! 消さないでよ?!」

「さー、どうしようかなー?」

 

 俺はスマホを高い位置でかざして、ピョンピョンする咲良をからかった。十センチくらい俺の方が背が高いため、咲良は手が届かない。

 狸は咲良の真似をして不器用に跳ねている。

 

「……ごほん」

 

 恵里菜さんが咳払いしたので、じゃれていた俺たちは我に返った。

 咲良と一緒にいると、つい童心に返ってはしゃぎすぎてしまう。

 

「今朝、あなたたちの家に寄ったのは、コンゴウの起動式に一緒に行くためよ」

「コンゴウの起動式?」

 

 俺は首をかしげた。なんのこっちゃ。

 すると例によって恵里菜さんが解説してくれる。

 

「超大型機動戦艦コンゴウ。アメノトリフネを原型として、英国と我が国が秘密裏に共同開発した人造神器よ。新開発された霊子空間歪曲による物理攻撃無効機能を搭載しているわ」

「おお~~」

「今日の午後、疑似神核に火を入れる式典が開催されるの。一緒に見に行かない?」

「行く!」

 

 新兵器のお披露目ってことだな。

 アメノトリフネをモデルにしているということは、空を飛ぶのだろう。いわゆる飛行船だ。見に行かない理由はない。

 

「では品川駅に、午後一時に集合ね」

「イエッサー!」

 

 ノリノリで答えた俺を、咲良が「男の子は機械が好きなのねー」と生暖かい目で見ている。飛行機が空を翔けるところを見ると胸が高鳴るのだから仕方ない。習性みたいなものだ。

 

 

 

 

 元の世界のお台場にあたる埋め立て地で、巨大戦艦が建造されているらしい。オモイカネやスサノオで出撃する時に上空を通過していたのだが、その時は帆布で巨体が覆われていたので「随分大きなテントだな」くらいにしか思っていなかった。

 

「もうすぐ一時ね」

「恵里菜さん遅いなー」

 

 俺はスマホを取り出して時刻を確認した。

 もうすぐ一時ジャストだ。

 式典に参加するということで、咲良は女学生のような袴を着付けて来ている。俺はいつもの白シャツに黒ズボン。いちいち服装を考えるのは面倒だ。足元には狸が行儀よく座って尻尾を揺らしている。

 

「おや、響矢くんじゃないか」

「御門先輩」

 

 手を振って近付いてきたのは、御門さんだ。

 

「響矢くんもコンゴウを見に来たのかい?」

「御門先輩もですか」 

 

 考えてみれば俺よりずっと機械マニアで、機甲学を専攻している御門さんが、この手のイベントを見過ごすはずがない。

 恵里菜さんは天照防衛特務機関の仕事の一環で参加するようだが、御門さんは単なる趣味だろう。人付き合い苦手な御門さんが、理由もなく人が集まる場所に出てくる訳がない。

 

「もう式典が始まってしまうぞ」

「どうしようかな。恵里菜さんがまだだし」

「先に入って待っていようよ。私、携帯で場所を伝えておくわ」

 

 御門さんに促され、俺たちは先に会場に入る事にした。

 野外の会場には多くの人が集まっており、警備員が適所に配置されている。会場は、飛行機の滑走路のような場所だった。

 そして正面には海を背景にして、地上に横たわる鯨のような、巨大な鋼の塊が鎮座している。建造して間もないからか、装甲はピカピカの艶々で、メンテナンスのために周囲は建物の骨組みのような足組が立て掛けられていた。

 

「レディース、エンド、ジェントルメン! コンゴウの起動式にようこそおいで下さいました!」

 

 コンゴウの前には壇が設けられ、司会らしき女性が英語と日本語混じりの言葉でペラペラしゃべっている。

 

「先日、魔王が撃破されましたが、世界はいまだ混迷の闇の中にあります。英国は、素晴らしい戦士を擁したジャパンと手を結びたいと考えています。コンゴウがその名の通り強固で輝く両国の絆となりますよう、ここに起動の火を灯しましょう!」

 

 会場から拍手が沸いた。

 

「あれ?」

 

 俺は壇の横に佇む男女の、女性の方に見覚えがある気がして、目を凝らした。

 

「アヤさん?」

 

 きらびやかな赤いドレスを着て、男性の腕にしなだれ掛かっているのは、一緒に異世界転移してきた中の一人、星野綾ほしのあやだった。元の世界でモデルをしていただけあって、高級そうなドレスを平然と着こなしている。

 

「誰だ、あの怪しい仮面の男は」

 

 そして男の方は、顔の半分を白いマスクで隠している。

 一方、壇上で司会の女性は、式典の円滑な進行に励んでいた。

 

「さあ、いよいよコンゴウを起動……あれ?」

 

 地響きと共に、コンゴウが空に浮き上がる。

 掛けられたままの梯子や工具が落下する。

 予期していないタイミングだったらしく、技師たちが驚いて叫んでいる。

 

「動くな!!」

 

 警備員たちが、一斉に抜刀し、客に真剣を向けた。

 会場のあちこちで悲鳴が上がる。

 仮面の男が、司会の女性からマイクを奪った。

 

「超大型機動戦艦コンゴウは、我々、黎明の騎士団が頂く」

 

 咲良が顔色を変えて「響矢」と俺の腕にしがみついてきた。

 

「私の名は、久我響矢こがなりや! この国に旭光をもたらす者である!」

 

 げっ。

 仮面の男は堂々とを名乗った。

 

「先日、勲章を授与された件は新聞にも名前が載ったからね。響矢くんの偽物かな」

「御門先輩、なんと言ったらいいのか」

「名前を悪用されたら怒っても良いのだが、驚きでそれどころではないようだね」

 

 まさか自分の名前を騙る偽物が現れようとは。これも有名税という奴なのだろうか。俺は仰天して脳ミソがちょっと麻痺しかかっていた。

 他の人は、偽物の言葉を信じるのだろうか。

 

「あれが久我響矢? 授与式で見た子と違うような」

 

 近くにいた貴族の男性が戸惑って家族と話している。

 そうだろ、そうだろ。

 

「だが、授与式で見た顔が今ひとつ印象深くないせいか、本物かどうか判断が付かないな……」

 

 地味な容姿が裏目に出てしまった。

 皆、俺の顔を覚えていないらしい。

 

「あらあ? 誰かと思ったら村田じゃないの」

 

 仮面の男の隣に立つ、あやが俺を見た。

 

「アヤさん。ひろしを見捨てたと聞いたけど」

「将来性の無い男は、即座に切るようにしてるの。ふふふ。私はいつも大物狙いよ! 今話題ナンバーワンの男と言ったら、天岩戸の戦いで有名になった、久我響矢って奴らしいじゃない! よく知らないけど!」

「……アヤさん。俺の下の名前、覚えてる?」

「村田なんて雑魚の名前、イチイチ覚えてる訳ないでしょ!」

 

 綾は俺の名前を知らなかったらしい。

 ああ、なるほど。そういうことね。

 弘は綾の事を心配していたが、心配する必要はなかったのかもしれない。

 

「響矢くん、隙を見て会場から逃げ出したまえ」

 

 御門さんは声を潜めて俺にささやいた。

 話しながら、真剣の入った鞘をこっそり押し付けてくる。

 

「御門先輩はどうするんですか?」

「僕は残って情報収集する。大丈夫さ、古神操縦者はめったな事じゃ殺されない。だが君は別だ、響矢。偽物にとっては本物は邪魔だろう」

 

 まさか実地でチャンバラをやる羽目になろうとは、思ってもみなかった。受け取った太刀の鯉口を押し上げながら、咲良を見る。着物って走りにくそうだな。

 

「よいしょっと」

 

 咲良は袴の裾をたくしあげて、足に装着したホルダーから小型の銃を取り出した。

 何だその用意の良さは。

 

「うちの嫁がマジ怖いんですが」

「冗談言ってないで、走ろうよ、響矢」

 

 御門さんが「行け!」と合図すると同時に、マイクがキーンと金属音を鳴らした。周囲の注目が壇上のマイクに集中する。

 その隙を突き、俺は咲良と共に会場の外を目指し走り出した。

 誰も殺さず、彼女も守りつつ、最速で突破しないとな!

 

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