第二部
34 生意気な後輩に焼きを入れました
第二部の開始にあたって、改めて自己紹介しておく。
俺の名は、
平凡顔に平均身長体重の俺の事を説明しても、その他大勢との誤差数ミリの記載にしかならないから、とりあえず、そういうことで。
「……(ぽてぽて)」
隣をぽてぽて歩いているのは、相棒の狸。
異世界に来てから出会った不思議な動物だ。ふくふくの毛皮でまんまるい体、頭に一枚葉っぱを乗っけている。特に名前を付けてなくて、俺はシンプルに「たぬき」と呼んでいる。
俺に異様になついていて、どこに行っても後を付いてくる。
「はぁー。またいきなりの新人か。胃が重い……」
胸の辺りをさすって溜め息を吐いているのは、御門先輩。
御門さんは、俺より年上の真面目な青年だ。詰め襟のシャツと紺の袴の上から白衣を羽織った、和洋折衷のスタイルをしている。
彼は特別な印を持つ
「予想に反して聞き分けの良い、大人しい子かもしれませんよ、御門先輩」
「そうだったらいいなあ。響矢くん、もしもの時は胃薬の差し入れを頼む……」
駄目だこりゃ。
俺たちは今、大神島の地下基地を移動中だ。
この先の会議室で、新人と顔合わせする予定である。
目の前には、どう見てもSFそのものの青みがかった光沢のある金属の廊下が続いている。極め付けに自動ドアだ。
突き当たりの部屋の前に立つと、シャッと小気味いい音がして、ドアが開いた。
「遅いよー、響矢、御門先輩」
「ごめん、咲良」
部屋の中で待っていたのは、俺の嫁(予定)の咲良だ。
二次元から実体化したかのような完璧な美少女で、近くにいるだけで花の香りがする。日本人らしい艶やかな黒髪を胡蝶の簪でまとめ、無数の扇子が描かれた杏色の着物に身を包み、日本人らしからぬ美しい翡翠色の瞳で真っ直ぐにこちらを見ている。
正直、俺のようなモブにどうしてこんな美少女が? と思ったこともあるが、だからと言って今の立場を放り出す気は毛頭ない。
「けっ、待たせやがって」
「桃華。牛乳瓶を何本空にしても、急に背は伸びないよ」
俺は、机に乗った空瓶を数えながら突っ込んだ。
「遅れてきた分際で、堂々と指摘すんじゃねえ!」
行儀悪く空になった牛乳瓶を投げてきたのは、桃華という。
神華隊最年少のチビッ子で、勝ち気で負けん気が強い女の子だ。今日は私服を着ているのだが、なんと男性用の袴を履いている。紅茶色の髪を頭の上で結わえ、時代劇の小姓みたいな格好だ。
森蘭丸みたいだと言ったら怒りそうだな……。
「あなたが、かの有名な英雄、久我響矢ですか? 俺は
なんか時代劇に出てきそうな名前だと思った。
新人くんは、あまり友好的ではない目付きで睨んでくる。
景光と言ったか。こいつも結構、綺麗な顔をしている。御門さんがインテリ眼鏡系イケメンなら、景光は真面目系ヒーロー顔だ。天照防衛特務機関の制服を、崩しもせずにキッチリ着ているあたりに性格が現れている。
年の頃は俺と同年代か。妙な対抗意識を持たれているようだ。
「いきなりで申し訳ありませんが、久我さんに稽古を付けてもらっていいですか? 俺は剣術で同世代に負けた事がないんです。武道で有名人を数多く輩出している久我家の方なら、剣も得意ですよね?」
出会い頭に喧嘩を売られた。
残念ながら御門さんの予想は悪い方が当たったようだ。
「俺は決闘も稽古も受けない主義だ」
とりあえず断った。
「響矢の癖に、弱気じゃねえか。あ、もしかして負けるのが怖い?」
なぜか桃華が挑発してくる。お前は関係ないだろ。
「うーん。じゃあ真剣で勝負はどう?」
「おい咲良! 木刀ならともかく、真剣はもっと危ないだろ」
俺の味方だと思った咲良が、景光の肩を持つような事を言う。
「景光くんは、本物の古神に乗った事はないんだよね?」
「ヤハタと間違われていませんか? 仮想霊子戦場でなら、何度も古神に乗っています」
憮然とする景光。
「そうかそうか! 実際には乗ってないんだな! よし、それなら大丈夫だ。響矢くん、新人の相手をしてあげなさい」
御門さんはパッと顔を輝かせて、いきなり嬉しそうになった。
「え?! 御門さんまで何を言ってるんですか?! 俺は真剣握ったことも振った事もないですよ?!」
なんて無茶ぶりだ。
素人に剣を持たせるなんて。包丁じゃないんだぞ。
「まあまあ、大丈夫大丈夫」
いったいどういうこと?
妙にニコニコ笑顔の御門さんと咲良に背中を押され、基地内にある道場に移動する。
自慢じゃないが、俺は地球ではずっと帰宅部だ。
木刀だって振った事がない。
異世界に来てからも、やってたのはロボット操縦で、剣士になった覚えはない。
「もー。怪我をしたって知らないからな」
いや、怪我をするのは俺自身か。
やる気満々の景光と向かい合う。
景光は、自前の真剣を持ち歩いているようだ。銃刀法違反じゃねえ? いや、ここは異世界だから帯刀を禁止する法律はないのか。街中で普通に真剣売ってるしなー。
「響矢くん、これを」
御門さんが、俺に無造作に鞘に入った刀を投げ渡してきた。
だから使えないって。
「大丈夫だ、響矢くん。古神操縦者は、生身でも戦える」
使えないと言って……あれ?
指先が勝手に飾り紐をほどく。左手で鞘を握り、親指で鍔を押し上げる。俗に言う「鯉口を切る」動作。おかしい。体が刀の使い方を覚えている感じがする。
この感覚は、そうだ、
古神オモイカネの武装は太刀だった。何も知らないのに、機体から剣術の動作に関する情報が脳に送り込まれて……そうか!
古神に乗ったら、武器の使い方が体にインストールされるんだ。
便利だけど、ちょっと怖い。
「……」
俺は体が命じるままに、鞘を水平にして、刀身を一気に引き抜く。
鈍く光る日本刀を正眼に構える。
「来い」
声を掛けると、景光は一瞬気圧されたようだった。
しかしすぐに刀を抜き、「やああぁ!」と雄叫びを上げながら打ちかかってくる。
武器を構えて戦闘モードに入った俺には、景光の動作は粗雑で緩慢に見えた。どこに刃を滑らせれば敵の首が落ちるか、手に取るように分かる。いや、駄目だ。後輩の首を落とすのはNGだろ。
我ながら久我家の血が戦闘特化し過ぎていると思いつつ、できるだけ相手に怪我をさせないよう、決着を付ける道を探す。
数合、打ち合ったところで、結末への道筋が見えた。
俺は上から叩き付けるように刃を落として、景光の剣を払い落とす。
「!!」
景光の刀は音を立てて床に転がった。
刀を取り落とした景光は、悔しそうにする。
「勝負あったな」
御門さんの審判の声。
俺は鞘を拾って刀を戻した。
どっと汗が出る。
あー、疲れた。手加減するのも大変だ。
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