32 裏ボス、真の魔王を撃退しました

 アマテラスの機体の力は桁外れで、一瞬で百体を超える敵を撃破してしまった。しかも攻撃可能な範囲が日本全土ってどうよ。

 

「ヤバい。封印指定にした方がいいんじゃなかろうか」

 

 だって気に入らない人がいれば、どこにいても即抹殺できるんだぜ。

 悪役が喜びそうなアルティメットな兵器じゃないか。

 憑かれたように機体を操作して敵を殲滅した後、俺は我に返って「やっちまった」と思った。異世界に来てから、半無意識で強敵をぶっ倒すことが多い。何それ怖い。

 呆然としていると、アメノトリフネから通信が入ってきた。

 

『響矢くん、アマテラスの御尊体を、大神島に降ろして頂戴』

「はい」

 

 恵里菜さんの指示に従い、俺は機体を大神島の滑走路に着陸させた。

 ハッチを開き、気を失った咲良を背負って、慎重にアマテラスから降りる。

 

「これがアマテラス……触るのが恐れ多い」

 

 眩しい金色の機体を前に、メンテナンスする技師たちが足踏みしている。

 

「馬鹿野郎! アマテラスだろうがスサノオだろうが、整備しなきゃいかんのは変わらんだろうが! 手を合わせて拝んだら仕事しろ!」

「けど技師長、下手に触って祟られたらと思うと、怖いですー! カラクリ仕掛けだろうと、神様ですよ?!」

「誠心誠意、きちんと働けば神様も怒らないだろうよ! まったく、肝の小さい奴らだぜ。えーと、接続口は」

「技師長!」

 

 俺は背中でそれとなく、彼らのやり取りを聞いていた。

 

「ん? 霊力が通わねえな。回路に火が入ってない。まるで神核を抜いた古神と同じ反応じゃねえか。どういうことだ?」

 

 技師長が困惑したように呟いた。

 第六感がささやいている。

 これはきっと、重要なことだ。

 基地に入る足を止め、俺は振り返って詳細を聞こうとした。

 その時、咲良が目を覚ます。

 

「うう……ん」

 

 俺は肩越しに彼女を振り返る。

 覚醒半ばで、まばたきする咲良の瞳は、澄んだ清流のような翡翠色だった。

 良かった、紅い方のサクラじゃない。

 

「あれ? もう終わったの?」

「うん。全部まるく収まったよ。お疲れ」

 

 咲良は寝ぼけ眼をこすりながら、背中を離れて自分の足で立った。

 

「俺は野暮用があるから、咲良は先に行ってて」

「え?! 響矢?!」

  

 機体のメンテナンスをしている技師長さんに、どうしても聞きたいことがあった。

 

「技師長さーん! ちょっと教えてくださーい!」

「おぅ、久我の若様じゃねえか。なんだなんだ藪から棒に」

 

 ポカンとする咲良を置いて、俺は技師長に駆け寄り彼を質問責めにした。

 

 

 

 

 犠牲者は出たものの、敵が大群だったことを考えると、今回の防衛戦は奇跡の大勝利である。その立役者が俺というのは、誰の目にも明らかだった。後日改めて、東皇陛下から、戦功を称えるお言葉を頂くらしい。

 しかも、出撃するにあたり「久我響矢」の名前で色んな人を救助しまくったので、古神操縦者たちの間で俺のことが噂になっているそうな。

 

「外に出たくなーい……」

「はは、自業自得だな、響矢くん」 

 

 機甲学の学舎には、俺と御門先輩しかいない。

 御門さんがリーダーを務める機甲学は、主に理系で物好きな変人が集まるため、一般の学生に敬遠されていた。

 おかげで俺の避難所として有効に機能している。

 

「……そういえば、サンドラがどこにいるか、御門先輩はご存知ですか? 戦いの途中から姿を見なくなってたけど」

「彼女ならアヅミイソラに乗って、颯爽とトンズラしたよ」

 

 ギリシャの古神操縦者で、元敵兵だったサンドラだが、魔王との戦いの後からいなくなっていた。

 当初の宣言通り、古神を持ち逃げしたらしい。

 恵里菜さんを初めとする上層部は、サンドラを追わないつもりだ。彼女のアヅミイソラが最前線で戦っていた事は、多くの古神操縦者が目撃している。元敵兵なのに、体を張って日本のために戦ってくれたのだから、あまり目くじらを立てて怒るのもなあ、という心境のようだ。

 

「響矢くん、そこの工具を取ってくれないかい?」

「はーい」

 

 あの戦いから数日経つ。

 魔王と大量の剣腕魔神を撃破したのが地味に効いているのか、天岩戸は復活させていないが、敵の襲撃は途絶えていた。

 平穏な日々が続く中、俺は紅い方の咲良について、ある仮説を立て、密かに機甲学の学舎で策を練っていた。

 

 

 

 

 東皇陛下から、戦いの功労者を呼んで、勲章の授与式を行うという通知が来た、その前日の夜。

 暑さがひどくて、俺は布団を蹴飛ばして就寝していた。

 狸は冷たい土鍋の中で寝ている。俺もできるならそうしたい。

 

「……」

 

 腹が重くなって目覚める。

 いつかのように月が赤くなっている。

 浴衣姿の咲良が、俺の腹に腰掛けていた。

 

「見事な勝利だった、久我響矢。褒美を取らそうぞ」

 

 艶やかに笑みを浮かべる咲良の瞳は、血のように紅い。

 俺は状況を把握すると、息を吸い込んで、吐いた。

 

「ていっ」

 

 彼女の肩をつかみ、腹筋で上体を起こしながら、上下の体勢を入れ換える。

 ついさっきまで俺の上に座っていた紅い瞳の咲良は、今は俺に押し倒される格好で仰向けに転がっている。彼女は虚を突かれた顔で、俺を見上げた。

 

「そなた……」

「夜遊びはここまでだ、アマテラス」

「!!」

 

 彼女の名前を当ててみせる。

 

「なにゆえ、なぜ私がそうだと思った? 推論を語ってみせよ」

 

 アマテラスは一瞬驚いたようだが、すぐさま愉快そうな様子になった。

 俺は「そうだな……」と呟く。

 咲良をのっとったアマテラスが何をするつもりなのか、聞き出すためにも、ここはひとつ思惑に乗って会話をしてみるのも手だ。

 

「最初から、おかしかったよ。咲良と隣で寝ようとしたら雨が降るくらい、久我家の天照大神の呪いは強烈なのに、あなたの時は何も起きなかった」

「ふむ。しかし、私とそなたが会ったのは、ただ一度。偶然かもしれぬ。そもそも、私にその気が無かったからかもしれぬぞ?」

「うん。次におかしいと思ったのは、アマテラスに乗った時。咲良の瞳が紅くなっていた。物理的な確証を得たのは、技師長さんに、アマテラスの神核が無いと聞いた時かな」

 

 神核とは、ヤハタ以外のれっきとした古神を動かす場合に必要不可欠なもの。文字通り、古神という特別なロボットの核。

 コックピットの天井の上辺りにある神核は、意外なことに握り拳より小さいらしい。

 

「御門さんと一緒に考えたんだけど、魔王は古神の神核に何らかの波動を送って、神核の力を阻害してたんじゃないかって」

「ほほう」

「アマテラスの一部である天岩戸が、魔王の侵攻を受けても最後まで維持されていたのは、アマテラスは神核が抜かれてオートパイロット状態になってたからだ」

 

 抜かれた神核がどこにあるかは、言うまでもない。

 

「あなたがいないと、アマテラスは真に起動した状態にならない」

「見事、見事。そなたは頭が切れるな!」

 

 アマテラスはからからと笑って、俺の推論を肯定した。

 

「咲良の体を使って、何をする気だ、アマテラス?」

「知れたこと。世界征服よ」

 

 セカイセイフクって、あの世界征服か?

 

「世界を征服して何をするつもりだよ……」

「無論、そなたが傷付かない世界を作るのだ。すべての国と民を統合すれば、戦は無くなろう」

 

 光の神様らしく、目標は世界平和らしい。

 俺は一瞬だけ「良いな」と思った。

 

「そのために必要なら、数億の人間の命も花と散らそうぞ。我が宝鏡を数千倍に増強し、世界の空を支配するのだ。我が意図に沿わぬ輩から光を奪い、反抗するものは塵も残さず焼き尽くす」

「待て待て待てぃ!!」

 

 世界平和じゃなかった。

 めちゃくちゃ血みどろの惨劇しかない。

 真の魔王はアマテラスじゃないか。

 

「却下だ!」

「ふーむ。非常に効率的で、成功率が高い計画なのだが」

「成功率の問題じゃない!」

「頭の良いそなたなら理解できると思ったのだが、残念だ。どうする? 前の久我の子は、私の体から神核を抜いて異界へ去った。そなたもそうするか? この娘の胸を切り裂き、核を取り出してみるか?」

  

 アマテラスは妖艶に笑い、浴衣の前を大きくはだけた。

 豊かな双丘の谷間を指し示す。

 

「そんなことをすれば、娘が死んでしまうなあ。優しいそなたにはできまい。クックッ」

「……」

 

 ゲームで言うならバッドエンドルート、恋人の咲良の命を救うため、俺は修羅の道に進むシーンだろう。

 実際、何も用意していなければ、ここで詰みだった。

 咲良の命を盾に、世界征服を手伝わされていたに違いない。

 

「……咲良、四月が誕生日だったな。季節外れで遅れたけど、はい、プレゼント」

  

 俺はズボンのポケットに忍ばせた贈り物を取り出し、勝利を確信しているアマテラスの胸元にそっと落とした。

 それは黒猫の形をしたペンダントだった。

 

「ぷれぜんと? これが何……あ!」

 

 アマテラスの動きが止まる。

 俺はフッと笑った。

 

「この前の戦いの記念に、魔王の欠片から作ったんだ。気に入ってくれると良いんだけど」

  

 神核の力を阻害する、魔王の機能の、その欠片だ。

 

「ふ、く、あはは……天晴れなり、久我響矢。私の意表を突き、こんなものを用意してくるとは!」

 

 アマテラスは心底愉快そうに笑った。

 まさか効いてないのかと、俺は内心ヒヤヒヤする。

 

「心配するな、響矢よ。娘の体は返そう。信じてもらえぬかもしれぬが、私は本当に、そなたのことを愛しく思っているのだ……」

「アマテラス?」

  

 俺の頬に手を伸ばしたアマテラスの手が、パタリと落ちる。

 咲良は瞳を閉じて眠っているようだ。

 すだれの向こうのお月様も、通常のレモン色に戻っている。

 俺は肩の力を抜いて、咲良を抱えて転がった。

 

「あー、疲れた。神様と対決なんて、もう二度とやんねーぞ……」

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