19 湖の底に沈んだ機体を見つけました

 テュポーンを撃墜して一区切り付いたのも束の間。

 御門さんたちはどうしただろうと、通信で聞いてみようとした時、急に地面が揺れ始めた。

 

「なんだ……?!」

 

 大地に亀裂が入り、山が移動を始める。

 空の月が脈打つような光を放っている。

 

『これは、天岩戸の構成転換?! 中に味方機がいるときは、しないはずなのに!』

 

 咲良がオープンチャネルで叫んでくれたので、状況が分かった。

 どういう仕組みか分からないが、天岩戸の中の世界が大きく変動しようとしている。

 このまま地上にいると、地割れに呑まれてしまう。

 俺は急いで、まだ呆けている弘に手を伸ばした。

 

ひろし! こっちに乗れ!」

 

 アマツミカボシの腕を差し出し、胸部のハッチを開ける。

 弘は少し躊躇したようだが、すぐ近くの大地が盛大に割れたので、悲鳴を上げて操縦室に駆け込んできた。

 

「咲良、空に上がるぞ!」

『ええ!』

 

 俺たちは機体を空中に退避させた。

 見下ろすと、巨人が砂場で山を作っているかのように、ダイナミックに地形が変わっていく。

 

『響矢くん、そっちは無事か?!』

「御門さん」

 

 エメラルドグリーンの龍を模した機体と、深紅の鬼神の機体が、こちらに向かって飛翔していた。

 御門さんと、桃華だ。

 味方機が全員集合した。

 

『敵に地図が渡ったから、天岩戸を組み換える、というのは分かる。だが、中に味方がいるのに確認もしないで組み換えるというのは……』

 

 御門さんは不可解だと言わんばかりだ。

 

『はっ、おかげで大量にいた敵は、見事に地割れに呑まれたじゃねえか! 万々歳じゃね?』

 

 桃華が好都合だと切って捨てる。

 しかし、御門さんの言う通り、普通は味方がいるのに、地形を変えたりはしないよな。よその国ならともかく、ここは何事も確認第一の面倒くさい国日本だ。そんな強引にすっぱりと即断するとは思えない。

 

「……咲良、オモイカネで地図を再作成してくれないか。出口があるか、確認したい」

『もう、響矢なりやじゃないんだから、私はオモイカネをそこまで使いこなせないんだよ』

 

 咲良は唇を尖らせたが「やるだけやってみる」と機体を操作している。

 

『……これは……出口が、ない?』

『え?!』

『なんだと?!』

 

 嫌な予感が当たった。

 たぶん天岩戸を操作したのは、敵の勢力だ。

 

「閉じ込められちゃったな」

 

 呟くと、御門さんたちはショックを受けたように黙り込んだ。

 俺は外に出る方法を考え掛けて、止めた。

 

「……とりあえず、海水に濡れたままなんで、着替えたい」

『響矢、緊張感ないね』

「だって閉じ込められたってことは、外からも侵入できないって事だろ。しばらく安全じゃん」

 

 塩水が乾いてきて、ベトベトするなと思いながら、俺は言った。

 通信の向こう側で御門さんが苦笑した気配がする。

 

『確かに冷静に判断すると、その通りだ。僕も海水に濡れた服を着替えたいと思っていた』

「着替えがないですね」

『いや、僕はクラミツハにお泊まりセットを持ち込んでいるから、ある。響矢くんに替えの服を提供しよう』

「それはありがとうございます……お泊まりセット?」

『仕事が夜遅くなった時に、機体に逃げ込んでだな……古神の中は誰にも見つからないし』

 

 御門さんがいろいろ問題のある人のようだと分かってきたが、まあいい。着替えの服を貸してもらえるようだし。

 

『? 隊長も響矢も、海に落ちたのか? だっせえの!』

「桃華さん、これには深い事情があってだな……」

『なんだよ今さらサン付けされると背中が痒いぜ。桃華でいいって!』

 

 桃華が快活な声で、からからと笑う。

 

『ちょうど、あそこにデカイ湖が出来たみたいだぜ。行ってみよう!』

 

 地響きが収まり、俺たちの目の前には、琵琶湖を思わせる広大な水面が現れていた。

 どうやら天岩戸の変動は収まったらしい。

 それ以上、地形が変わらないことを確かめ、俺たちは機体を湖のほとりへ降下させた。

 

「村田……」

「どうしたんだ、弘? 降りていいんだぞ」

 

 胸部ハッチを開けて、外に出ようと促す。それまで黙ってガタガタ震えていた弘が、信じられないものを見るように、俺を見上げた。

 

「なぜお前は平気なんだ。異常事態が立て続けに起こっているのに」

「そりゃあ、弘がそんな顔して震えてたら、こっちは冷静になるってもんだよ。だいたい俺は一人じゃないし」

 

 仲間や恋人も一緒だ。

 今、思うと咲良が追いかけてきてくれて良かった。

 外と中に分断されていたら、少し焦ったり不安になったかもしれない。

 

「それに、どうして俺を助ける? 俺は、もう友達じゃないと言ったし、お前は俺に従わないと言った」

「知り合いだろうが、知り合いじゃなかろうが、目の前に困ってる人がいれば助けるだろ。それだけだ」

 

 すがるような弘の視線を振り切って、外に出る。

 弘と前のような関係になるのは嫌だし、適度に距離を取った方が良さそうだ。

 

「響矢くん、着替えはこれを使ってくれ!」

 

 御門さんに「ありがとうございます」と返事をする。

 俺は湖で水浴びをして着替えることにした。

 

 

 

 

 湖は、今できたとは思えないほど、自然そのものだった。

 青い水は澄んでいて、大量に生えた水草の間を小魚が泳ぎ回っている。

 俺は遊び心を出して湖に潜ってみた。

 底まで結構深かったのだが、そこでさらに面白いものを見つけたのだ。

 

「湖の底に古神があった?!」

「古神というか……なにか大きい機体が横倒しになってましたね」

 

 御門さんにもらった服は、洋服のズボンと白シャツだった。和服じゃなくて良かった。袴の着付けは一人でできない。

 タオルで水分をぬぐって、もらった服に着替える。

 

「響矢、ちょっと水浴びして着替えるだけなのに、時間掛かってるなと思ったら、どこへ行ってたのよ」

 

 咲良が呆れた顔をした。

 なんだよ。すごく綺麗な湖だったら、潜ってみたくなるだろ。

 

「天岩戸は、古神の戦場だ。戦いに敗れた機体が回収されずに残っている可能性はあるが」

 

 御門さんは顎に手をあててコメントする。

 

「いずれにしても、天岩戸の外に出る方法を探すのが先だ……」

「どーやって? 天岩戸は閉じられたら、外に出る方法はねえだろ。うちの爺ちゃんが言ってたぞ」

 

 岩に腰かけた桃華は、水面に素足を付けてパチャパチャやっている。

 咲良が羨ましそうに、それを見ていた。

 

「咲良もやれば?」

「え? 私はそんな」

「水、冷たくて気持ちいいよ」

 

 咲良はパイロットスーツの上から、着物を一枚羽織っている。

 肌を見せるのは抵抗があるようだ。

 頬を赤く染める咲良をからかおうとしたところ、御門さんがゴホンと咳払いした。

 

「天岩戸を出るには、時空移動できる古神が必要だ。機体収容専用艦アメノトリフネであれば可能なのだが……」

「アメノトリフネ?」

「空を飛ぶ鯨のような古神だ。とてつもなく大きい」

 

 俺は空飛ぶ鯨をイメージした。

 そして、湖の底に転がっている機体を思い出す。

 

「……湖の底にある古神、鯨っぽかったけど」

「え?!」

 

 俺の言葉に、御門さんと咲良が「まさか」と言う表情になる。

 桃華が水をパチャパチャやりながら言った。

 

「確かめに行けばいいだろ。どうせ八方塞がりなんだからよ!」

 

 彼女の言う通りだ。

 湖の底にある古神が何なのか、潜って確かめてみようという話になった。

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