第三章12 『狂気に堕ちる青龍』
唐突な勝利宣言に、あしはしばし呆然と突っ立っておった。
「……勝ち? あし、勝ったのか?」
「そうでごわす。戦闘試験は、文句なしの合格。まだ確定ではないでごわすが、おそらく今後、正式に書字者就任決定の連絡が行くはずでごわす」
ふつふつと、胸の内から喜びが込み上げてくる。
「継愛っ、けいあーいッ!」
目の辺りが狸みたいに黒く汚れたトウフウが、喜悦で弾んだ声を上げながらこちらへ駆けてくる。
それに答える前に、向こうから虎のごとく勢いよく飛び掛かってきて、ぎゅーっと抱き着いてきおった。
「ちょっ、苦しいきに!」
「しゃーないでしょ。だって、だってすーっごく、嬉しいんだもん!」
「ふん。そなたは結局、何もしてなかったではないか」
「むむっ! そういや何よあんた。もなかじゃないーとか風神とか言ってたけど」
「シナツヒコだ。継愛にシナモンと名をつけてもらったな」
「へー、へー……。でも残念でしたー、先に名前を付けてもらったのはあたしですー!」
「後とか先とか、どうでもいいではないか」
「甘いわね。どんなきれいごとを並べたところで、愛を育(はぐく)むにはどうしたって時間が必要なのよ、時間が!」
「ならば、継愛に先に会ったのはもなかだから、そなたよりもなかの方が継愛と深い愛で結ばれているということになるな」
「むむむむむ~ッ! 二体一とか卑怯よっ!!」
「卑怯かどうかは、継愛が決めることだと思わぬか?」
「……ど、どうなのよっ、継愛!」
「もなかとトウフウ、より愛してる方はどちらであるか?」
「そんなこと急に言われてものう……」
二人に詰め寄られて、答えに窮した時じゃった。
「……くっ、くく、くふふふふふっ」
地面に膝をついて項垂れとった亮大の巨体が、噴火する寸前の山のように不穏に揺れ出したかと思うと。
「おほっ、おほほっ、うほうほーっ、うぉっほ、っほっほっほっほっほっ! ウォオオオオオーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッッホッホポポーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッッッ!!!!!!」
狂った猿かはたまた蒸気機関車のごとく、哄笑に継ぐ哄笑をまき散らし始めた。
「な、何よ、あれ……」
「わからぬ。だが注意されよ、窮鼠猫を嚙むという言葉もあるゆえに!」
「鼠ぃ!? やぁねぇ、そんな薄汚いものと一緒にされちゃあ!!」
「ええ加減に観念せえ。おまんは負けたんじゃ!」
あし等の試験がちょうど最後じゃったのか、会場の観客の中には帰り支度を始めとる者もおり、青龍も敗北を察したのかすっかり大人しくなってあし等を見下ろしとった。変身したままなのは、今もなお亮大を主人だと思うとって、解除の指示を待っとるからか。
じゃがその主人、亮大は何をとち狂ったか、今もなお目に戦意の焔を滾らせとる。
「観念、負けぇ? オーッホッホッホ! ファニーファニーファニー!! あちしが負けたかなんて、あぁた達には決めさせないわぁ! そういうのは全部、ぜぇんぶ、あちしが決めるッ! あちしの人生の審判は、あちし自身なのよッ!!」
「その志は関心でごわすが、規則は規則なんで……」
「社会の飼い犬は黙っておうちで金玉でも磨いてやがれよぉん! うふふふ! あぁた達、これを見なさぁい!!」
そう言って亮大が取り出したのは、青龍の首輪と同じ紅い刻印の入った黒い鍵だった。
「……なんじゃ、それは?」
「見れば察しがつくんじゃないかしらぁ? これはねえ、青龍たんの首輪の錠を開け閉めするのに必要な鍵なのよ。でも、それだけじゃあないわ」
説明しつつ、亮大は頭上――青龍に先端が向くように、腕を伸ばして鍵を掲げる。
「青龍たんの首についてる情理錠(ハートロック)と、この情理鍵(ハートオープナー)の二つが揃っているということは、すなわちっ! あぁた達の負けってことよ!!」
「……さっぱり、意味分からんのじゃが」
「そぉよねん。賢者は全てを察し、愚者は経験に学ぶのが自然の摂理だものね! じゃあ早速、お目にかけちゃおうかしらぁん! 青龍たんの、本当の真に全力全開の超絶本気な狂乱状態をねえ!!」
支離滅裂なことをほざいた後、亮大は何やら西洋の言葉で呪文らしきものを唱え始めた。
「ゴッデスハーデス、カルネアデス! リミッター・フルオープン、ダークネスパワー・イズ・インフィニティ」
鍵から赤黒い光が放出され始める。眺めているだけで気分が暗くなるような、不穏な色合いじゃ。
止めねばマズイことが起きる。
誰もがそう思い、行動を起こそうとしたが――亮大の方が僅かに速かった。
「レディ・ハートブレイクッ!!」
開錠するように、鍵を持った手を捻る。
直後。
青龍の首輪が鍵と同じような光を発し始め、ヤツは苦悶の声を上げ始めた。
「グガッ……グガガッ、グガァッ!?」
「せ、青龍!?」
「どうしたんじゃ!?」
トウフウとあしが呼びかけても、青龍は返事をせず、身を捩って叫ぶばかり。
次第に双眸が鍵と首輪の発する光と同色の色を持ち始め、呻き声が悍ましい雄叫びへと変わり始める。
「ウギャァオ……ウゲゲッ、ゲヒャ、ギヒャヒャヒャヒャッ!」
「なっ、何……あれ?」
「うふふぅん。青龍たんが闇の力を受け入れ始めたのねぇん」
「なんじゃっ、闇の力ってのは!?」
「あぁた達に説明する義理はないわぁ。それよりいいのかしらぁん。このままじゃ、会場は大パニックよぉ」
そう亮大が言った直後、青龍は水流弾を形成しだした。禍々(まがまが)しい、赤黒い光の宿ったもんじゃ。さっきまでの純粋無垢な水とはわけがちがう。その色合いからして危険さは一目瞭然じゃ。
それあろうことか、ヤツは客席に向かって射出しおった。
「なっ――!?」
「い、いかん、人間がッ――!」
逃げ惑う人々に、巨大な水流弾が迫る。
誰もが十人違い人命が失われることを確信した。
「――ったくよぉ。神のクセに、人間の作ったもんに操られてんじゃねーっての!」
雷の一閃。
それが水流弾に直撃。
観客席に着弾する寸前、それはまるで巨人の手につままれたかのように静止する。
「神は神らしく、不動なる態度でいなきゃ、人間共に示しがつかねえだろ?」
「スサノオ!」
「大声で名前呼ぶんじゃねえよ、小恥(こっぱ)ずかしい」
スサノオが腕を振るうと、電撃もそれに連動して動いた。
「それ、お返しだッ!」
電撃でつかんだ水流弾を、青龍目掛けて投げ返す。
じゃがそれは容易くヤツの牙によって噛み砕かれた。
「ちっ、やっぱり自爆するような間抜けじゃねーか」
「スサノオ、動いとっても大丈夫なのか!?」
「そりゃお互い様じゃねえか? お前こそ、水流弾を直撃したってのに、無茶をしようとしてただろうが」
「あれは……その」
「問答は後にしようぜ。今はそれより、アイツをどうするか考えるべきだ」
あしは亮大を見やって言った。
「……おまん、その鍵をよこせ」
「うふふ、あぁた賢いわねぇん。異常に原因があるなら、それによって解決する。まあ、お猿さんでもわかるかしらぁん?」
小バカにした口調からは、あからさまに反抗の意思が感じられた。
「人命がかかっとるんじゃ。悪いが、力づくでも従ってもらうぞ」
あしの言葉にトウフウ、シナモン、スサノオ、赤鬼までもが亮大に向かって臨戦態勢を取る。
ヤツは片頬を緩ませて笑い。
「力こそが全てねぇん。うふふふふふ、わかってるじゃなぁい。所詮(しょせん)人間なんて、文明を気取って言葉や文字を持ったところで、結局、野蛮な戦闘民族なのよぉん」
「御託は結構じゃ。渡すのか、渡すつもりがないのか、答えんか!」
「そうねえ。あちしの答えは……」
亮大は両手で鍵を持ち。
「――ふんッッッ!!」
鎧のごとく纏(まと)った筋肉でできた腕をさらに太くし、鍵を煎餅の要領で二つにつまみ割った。
割れた鍵からは紅い光が失われ、硯のようなただの黒い物体へと変ずる。
「お、おまん、一体何を……」
「うふふふふふ、これで最後の希望は失われたわねぇん。あとは青龍たんを殺すか封印するしかないんじゃなぁい? ま、できるものなら、ねぇん」
「ッテメェ……、神をコケにすんのもいい加減にしやがれッ!!」
亮大に殴りかかろうとしたスサノオを、トウフウが手で制して止めた。
「……どけよっ、トウフウ!」
「落ち着いて。今はあんなクズに構ってる場合じゃないでしょ」
トウフウは赤鬼を見やって言うた。
「あんた、この腐れ筋肉だるまをどっかに逃げられないように閉じ込めておいて。これ以上ここで面倒を起こされたらイヤだから」
「へい、わかったでごわす。オメェ、反対側押さえろ!」
「わかったんで」
赤鬼と青鬼に両側から抑えられて、三人は会場を出ていった。
ヤツ等が見えなくなった途端、血相を変えていたスサノオはトウフウを問い詰めだす。
「お前はっ……、青龍を殺すってのか!?」
「そんなわけないじゃない」
「だったら、どうするってんだよ!」
「……たった一つだけ、方法があると思うの」
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