女子トーク


 美月の部屋は,来客用の部屋のように目をひくような飾りがあるわけでもなくいたってシンプルだった。このシンプルさが美月の性格を表している。壁一面にジャニーズの推しメンが飾られてある菜々美の部屋とは正反対で,壁には掛け時計しかなく,置かれている家具は机とベッドのみ。収納はクローゼットと部屋にある備え付けの引き戸にしまってあるためすっきりしている。

 南側に取り付けられた窓は私の家のリビングほどの大きさがあり,光が十分に入ってきて電気を点けなくても明るい。私と菜々美は四人掛けほどの大きさのローテーブルの前にある座椅子型のソファに腰を掛けたが,美月はベッドにドカッと腰を下ろした。低反発のような分厚いマットレスが敷いてあるのだろう。うちのベットであんな腰かけ方をすると,間違いなくきしむ音がするし,ネジがいくつか飛んでいってしまうかもしれない。

 少しだけ機嫌を取り戻して,少しだけ小さなため息をついて美月は言った。


「ごめんね。うちのママ,転校してから友達が出来たのかって毎日のようにうるさくてさ。出来たって言っても全く信用してくれなくて。だから舞い上がって絡みついちゃったんだと思う。ほんとごめんね」

「全然良いって。話してて楽しかったし,気さくな人じゃん。ね,菜々美」

「ほんとそれ。私もあんなお母さんがよかったな~。まあ,私のことは全く聞いてくれなかったし,美人だってべた褒めされてたのは茜だけだけど!!」


 菜々美の明るく言葉とは裏腹の嫌味のない言い方には本当に救われる。本気で気にしていた様子だった美月の顔は陽が差したように明るくなった。

 私たちはお菓子を食べながら勉強に移った。

 美月の部屋で数列やベクトルに苦戦しながらああだったこうだったと学び合い,時には菜々美の嘘八百の講義に戸惑いを覚え,それぞれのノートを持ち寄って古典文法をまとめたものを写し合いながら(菜々美のノートはここでもまるで役に立たない),テスト対策をした。

 とはいえ集中できたのは長くても30分程度で,同級生にはイケメンがいないだの,彼氏にするならだれかだの,とりとめのないことに割く時間が倍ほどあった。美月は菜々美が前の彼氏のどこに惚れたのだだとか,性癖がどうだとか,執拗に私のタイプを聞いてきたから美月のことはあまり話せなかったが,普段学校では会話を回すタイプではない彼女がファシリテーターをしているのが新鮮でおもしろかった。

 相変わらず菜々美は「また親子そろって私には興味がないのね」などとおもしろおかしそうにふてくされているが,言われてみれば悪気なしで親子似ているところがあるのだとおかしかった。菜々美はというと聞かれたら聞かれたで元カレの話をするのが嫌そうだった。

 円満な別れ方ではなかったものの,相手のことを悪く言う性分ではないため愚痴を直接聞いたことは無いが,風のうわさで聞いた限りは散々だった。向こうからのアプローチで始めは何とも思っていなかった先輩を意識するようになった。付き合うことになったころには菜々美は先輩にぞっこん状態で,どこに行くにも,何をするにも幸せそうだった。そして,その先輩は菜々美にとっての初めての相手となった。どころが,その先輩は菜々美を手に入れてよい思いをした途端に態度が急変したという。それは先輩の同級生からもあからさまに伝わったようで,満足したその先輩は次は同じクラスの同級生や同じ部活の後輩マネージャーに言い寄るようになったという。そして,菜々美と同時に付き合っていた相手もいたということだ。本人に聞いたわけではないので真相の所は分からない。ただ,相当木津着く思いをしたのは確かなはずだ。菜々美はいつも私を救ってくれるけど,私はいつも何もしてやれない。でも,菜々美自体も中途半端な情けや慰めの言葉は求めていない。それぐらいなら私にもわかる。私にしてやれることと言えば,そばにいてやることぐらいだ。

 グダグダと話をしていると,扉が開いた。お盆に飲み物とおやつを乗せた美月のお母さんが嬉しそうに部屋に入ってくる。


「お疲れさま。勉強ははかどっていますか? あまり無理しすぎずに,少しは休憩してね。頂いたお菓子,とってもおいしそう。せっかくだから皆さんも一緒にいただいてくださいね」


 そう言って,私たちが親から持たされた手土産を人数分持ってきてくれた。その中には美月のお母さんが準備してくれていたのであろうアイスもあった。しかも,私が大好きなお菓子メーカーのアイスをクッキーでサンドしてあるものだ。絶妙な塩気としっとりしたクッキー,上品なバニラアイスがたまらなくおいしいのだ。

 嬉しそうに間延びした声で菜々美も歓喜の声を上げている。

 

「ありがとうございまーす! お母さま,ちょうど糖分が足りないと思っていたところだったんです。これを食べて,また頑張りますね。」

「一番頑張らないといけないやつが全く頑張れていないけどな。溶ける前に食べちゃお。私このアイス大好きなの!」


 私たちはお礼を言ってお菓子をいただくことにした。美月はお母さんが部屋に入ってきたことが気に喰わなかったらしく,お盆を受け取って退出させていた。


そうこうしていると,陽が沈んで荷物をまとめる時間がやってきた。

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