第10話「テイネ金山の戦い」

 安藤正之を捕縛した時光達は、次の作戦を開始した。


 安藤正之を捕縛し、蒙古兵を一人殺害したものの、まだ残りがいるのだ。相手に先手を取られたり、労働に使役されているアイヌを人質にされては厄介である。


 残りの蒙古は5人であることは捕虜にした安藤正之から聞き出した。


「仲間の数とか、金鉱の内部とか、色々聞かせて欲しいな。関係無いけど、これ、羅馬ローマの人から借りたって言うんだ、とげがかっこいいと思わないか?」


 トゲ付き棍棒のモーニングスターをチラつかせながら尋問したら、実に素直に話してくれた。ローマから来た坊主のグリエルモから借りたものである。


 安藤正之から聞き出した情報をもとに作戦を立てたが、今度も変装作戦を採用することになった。


 今度変装を担当するのは、安藤正之と背格好の似ている丑松だ。


 安藤正之が蒙古を見分けることが出来なかったように、蒙古も日本人を見分けるのは困難なはずである。


 逆に先程の作戦ではアイヌに変装した蒙古を装っていたエコリアチは、蒙古からするとすぐに敵だと露呈してしまう可能性が高いので、顔が判別できないくらい遠くに位置する事にした。


 安藤正之に吐かせたところによると、蒙古達はもうそろそろ昼食をとりに来るらしい。また、きつい採掘作業をさせているアイヌにも、食事は必要なので一緒に出て来るとの事だ。


 そんな人間でも睡眠、入浴、厠、そして食事の時には隙が生じるものである。


 故に食事時を狙おうという事になったのだ。


 一応厠に出て来たところを、一人づつ始末するという案も出て、こちらの方が一回一回の戦闘は有利だが、仲間が戻ってこないことに警戒される危険性を考慮して採用しなかった。


 用意の出来た時光達は、昼食を知らせる銅鑼を叩いて待ち受けた。小屋のすぐ側には蒙古用と労働者用の食事を分けて置いである。


「やっと飯か」


「昼も酒くらい飲んだらいかんのかなぁ」


 敵が待ち構えているとも知らず、蒙古達は呑気に採掘坑から出て来た。作業に使われているアイヌも一緒である。


 蒙古の言葉をほとんど知らない変装した丑松は、受け答えをする事なく、決められた言葉を言うために相手との距離を測っている。


 言うべき言葉は大陸を旅して来て、蒙古の言葉を解するニコーロに教わっていた。


「私は先に食べたので小屋に戻る。お前たちはゆっくり食べてから作業に戻るといい」


 そう言った丑松は顔をよく見られる前に踵を返して小屋に向かおうとした。


「アンドーの旦那。トゴンはどうしたんですか?」


 トゴンとはつい先程に射殺した蒙古の名前だが、丑松はそんな事は知らない。また、それ以前に蒙古の言葉も知らない。


 声を掛けられている事にすら気がつかず、そのまま立ち去ろうとする丑松に蒙古の一人が近づいて行き、肩に手をかけた。


「……ふっ!」


 丑松は振り向きざまに腰に佩いた太刀を抜き、そのまま追いかけて来た蒙古の胴を薙ぎ払った。


 居合の技が系統立てて成立したのは室町時代の事であり、時光達の生きる鎌倉時代には剣術すら確立されていない。


 しかし、生き死にを賭けて戦いに臨む以上、当然ながら有効な技術を編み出すのが戦士のさがである。


 丑松は誰に教わる事もなく、それまでの戦場往来の経験で後世の居合に似た技を修得している。後世主流になった打刀ではなく太刀を用いたものだがその威力は本物である。


 斬られた蒙古は声を出すことも出来ずに絶命した。丑松は気合声を最小限に抑えたために、残りの蒙古は仲間が殺された事に一瞬気がつかなかった。


 その一瞬の隙が命取りになる。


 時光一行で弓矢を装備して来たのは、時光、丑松、エコリアチ、オピポーである。丑松は今は太刀を握っているので実質三人である。


 その三人の放った矢が、生き残りの蒙古に目掛けて放たれた。


 狙いは違わず別々の蒙古に命中し、矢を受けた蒙古は何が起きたのかを理解する暇もなく息絶えた。


 時光の弓は四人張りの強弓こわゆみだ。矢で戦船いくさぶねを沈めたという伝説が残る程の弓の名手である源為朝の五人張りには及ばないが、女だてらに剛勇で名高い板額御前と同等である。それを受けた蒙古は当然即死である。


 エコリアチとオピポーの弓はそこまでの威力は無い。張力もそれ程無い丸木弓であり即死には至らない。しかし、彼ら蝦夷ヶ島のアイヌや奥州の蝦夷の使う矢には狩猟用の毒が塗られている。トリカブトを主体にしたその毒は、確実に相手の命を蝕んで行く。二人の矢を受けた蒙古は当初逃げようとしたが、すぐに息絶えた。


 残りの蒙古は一人である。


「くそっ!」


 生き残った蒙古は腰に差した曲刀を引き抜きながら人質の方に駆け出した。


 向かう先には拐われたアイヌの集落の長がいる。人質にされたら厄介な事になる。


 もっともそれは果たされる事はなかった。


「武器を持たぬ民を人質にしようとは! この異教徒め!」


「グゲはぁっ⁈」


 人質と蒙古の間に割り込んだグリエルモ達が、手にしたモーニングスターで蒙古を容赦無く打ち据えたのだ。


 モーニングスターは棍棒の先に金属製の刺を取り付けた、見るからに剣呑な凶器である。


 グリエルモ、ニコーロ、マフェオの三人でいささか過剰なくらい殴り続けたのだからたまらない。最後の蒙古は挽肉と化してしまった。


「おいおい、坊さんが人を殺していいのか?」


「異教徒ですから」


 時光の質問にグリエルモはこともなげに答える。他の宗派に対する容赦の無さは、最近信奉者を伸ばしているという、日蓮という坊主に似ているという感想を抱いた。


 キリスト教の存在を知らない時光は、グリエルモの事を仏教の一宗派くらいにしか思っておらず、自分もグリエルモのいう異教徒であるという事に思い至っていない。


 蒙古を全滅させた時光は、当たりを見回した。


「ふう。みんな一人くらい生かしておこうぜ。尋問ができないじゃないか」


 丑松が倒した相手は腹を横一文字を切り裂かれ、臓物が地面に広がっている。


 エコリアチとオピポーが倒した相手は毒を受けて、もがき苦しんだ苦悶の表情で息絶えている。


 グリエルモ達が倒した相手は、肉塊と化し、原形を留めていない。


 時光が倒した相手は常識外の強弓を受けて、矢が命中した頭蓋骨が爆ぜて脳味噌が散らばっている。


 時光は他人事の様に言っているが、全員やっている事の酷さでは同等であろう。


「しょうがない。安藤正之に色々教えて貰おう」


 時光は小屋の戸を開けて、下帯だけにされた安藤正之を引き摺り出した。

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