第7話「黄金の国(ジパングorアイヌ)」

 人足の死体から腹を切り裂いて取り出した金の粒を、時光はすぐそばの川で洗った。


 血やら胃液やらで汚れていた金は、水で汚れを落とされて輝きを取り戻し、太陽の光を反射した。美しくはあるが何となくその輝きは禍々しいものを感じさせた。


 気のせいだろうが。


「どうだろう? 次の調査に行きたいのはやまやまではあるが、この者達を弔ってやらないか?」


 時光は先ほど、悪鬼羅刹の様に平然と死体の腹を切り裂いたのに、打って変わってこの調子である。


 非情さと慈悲の心を併せ持つというのは、武士などの戦士階級に見られる共通的な特徴であろう。アイヌのエコリアチは戦士としての一面を持ってはいるが、本質的には狩猟と交易に生きる民であるため、完全には時光の行動が理解できなかった。


 しかし、弔ってやるというのには皆賛成である。手分けして穴を掘り始める。


 異国の坊主であるグリエルモは何かの心得があるらしく、臓物が時光によって取り出されている死体を、臓物を元の様に仕舞い込んで腹を糸で縫い付けていく。


「なあトキミツさん。なんであの男が金を飲み込んでいる事が分かったんだ?」


「金を飲み込んでいたとまでは分からなかった。でも、口元に不自然な泥が付いていて、指に噛んだ様な傷があったから、多分慌てて何かを飲み込んだんだろうなとあたりをつけたんだ。御覧の通り正解だったな」


 エコリアチは時光の機智に感心した。単なる非情な男なのではなく、ちゃんと裏付けのある行動なのだ。


 人足達の死体を埋めた時光達は、木陰に隠れて状況について整理を始めた。ニコーロ達もついて来てしまった。断るのも怪しいし、埋葬を手伝ってくれた縁もある。なお、祈りは異国の坊主であるグリエルモが唱えてくれた。「アーメン」などと言っており時光にとって聞き慣れない読経だが、何もしないよりはマシだろう。西方浄土へと旅立ってくれる事を時光は祈った。


 グリエルモにその事を話したらがどうとか、がどうだとか言っていたが、恐らく神仏や極楽浄土の類であろうと時光は自分を納得させた。


 まさかグリエルモの言う神が、自分の全く知らない存在だとは、時光は夢にも思わなかった。キリスト教の伝来はこれより三百年後の事である。


「さて、昨日遭遇した蒙古が、この川で何をしていたかは大体分かったな。この金を探していたんだろう」


 時光は金を皆に示しながら自説を述べた。特に異論は出なかった。


「恐らく川をさらえば砂金も手に入るだろう。陸奥でもそうだった」


 オピポーが暮らしている奥州では、昔から金が採れる。


 奈良東大寺の大仏の塗金は陸奥での金の発見がなければ厳しかったし、強大な勢力を誇った奥州藤原氏の権力の源は領内から採れる金である。


「多分この川の上流の山を掘れば、金が出てくるだろう。奴らの狙いはそこかもな」


 オピポーの言う通りなら、その金の採れる山で誘拐されたアイヌの人々が働かされているのかもしれない。そして、そこに和人も関わっているのだろう。


「しかし、本当にジパングは黄金の国なのですね」


?」


 聞き慣れない単語を話すニコーロに、時光は聞き返した。


「ああ失礼、ジパングとは我々が言うところのあなた方の国、日本のことですよ。モンゴルや宋でジパングは黄金の国であると聞いたんですよ」


「蝦夷ヶ島は日本とは言い難いけどな」


 ここで時光はある事に気がつく。


「待てよ。時宗様は蒙古が日本を狙う理由として、「日本の事を黄金の国」と思われている。そんな噂もあると教えてくださった。当然その日本とは陸奥国から薩摩国までを指していると思っていたんだが、もしかして蝦夷ヶ島の事を言ってるんじゃないのか?」


 もしもそうだとしたら由々しき事態である。蒙古への備えは九州が主であり、北方からの攻撃には無防備だ。


 北方には一応こうして時光が調査に派遣されてはいるが、本格的に来襲されるのは予想外である。もしも蒙古の主力が北から来襲したら、日本に勝ち目はないだろう。


「蝦夷ヶ島の事ではない可能性もありますが。奈良の大仏の開眼供養には大陸からも招待したので、我が国の金の量が尾鰭を付けて知られているのかもしれません。それに奥州藤原氏の金を背景にした大陸との貿易も、我が国に金が多いとの印象を与えているでしょう」


 丑松が時光の考えに対し慎重な意見を述べた。


「そうだな。どちらにせよね調べてみないと分からない。これからは今の視点も持って調査に臨んでくれ」


 この後、一行は金の採れる川の上流の山に行ってみることになった。

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