第4話 私がハーブ研究を始めた理由《わけ》

 都心部から電車で1時間弱、駅から徒歩20分ほど、そんな場所にある一軒家の我が家の庭はかなりの広さで、たくさんの花壇と、そんな花壇に囲まれたガーデンファニチャがある。今はそこでさまざまなハーブを育てているけれど、物心ついたときには、そこはかなり荒れ果てていた。


「以前はハナが―ああ、あなたのお母さんよ―、いろいろなハーブを育てて研究していたの。あの子がいなくなって、すっかり荒れてしまったわね」


 あれは確か、私の6歳の誕生日。私の面倒を見てくれていた母方の祖母が、庭を見ながらしみじみとした口調でそう言った。私のお母さん。私が生まれたときに、つまり、6年前の今日、“遠く”に行ってしまった。

 遠く―小さいころは、そんな風に言い聞かされていた。遠くって、どこ? いつ帰ってくる? 明日? 3歳になったころだったか、皆が集まる場で、そう聞いたことがある。そのとき、皆が無言で目を逸らしたので、子供心にもこれは聞いてはいけないことなのだと思って、それ以来聞くことは無くなったけれど。

 それから1年ほど経ったころ、お父さんとおばあちゃんが話しているのを、私は聞いてしまった。お母さんは、私が生まれるときに命を落とした、ということを。


『所詮、無理だったのよ。体が弱い子だったんだから。お医者様にも、無茶だと言われていたのに、譲らなくて。結局、マリを産んで、死んでしまった』

『ええ、僕も止めたんです。無茶はやめて、僕は君がいればいいんだから、と。だけど、母親になるのが夢なの、お願いだから邪魔しないで、と言われて、僕は、その“夢”を大事にしたいと思ってしまった。

 …今も思ってしまうんです、もしあのときもっと止めていたら、と』


 声はそこで途切れ、私は2人に見つからないよう、そっとその場を離れた。なぜか、そうしなければいけないと、確信して。


 私には、一度見聞きしたことは忘れず、脳内で正確に再生できるという、特殊な能力がある(自分ではそれが当たり前で、特殊とは思っていなかったけれど)。まだ4歳だったその時には2人の会話の意味は分からなかったけれど、小学校に上がるころにはその会話の意味を朧気ながら理解できるようになっていた。お母さんは、私を産んだから死んでしまった、少なくとも、お父さんとおばあちゃんはそう思っている、ということを。

 お前が生まれなければよかったなんて、誰も私に言ったことはない。そんな風に思ってもいないだろう、とも思う。けど、そのときから、私は自分が生まれるべきではなかったという思いを、抱き続けるようになった。


 あの6歳の誕生日、祖母の言葉を聞いてから、私は、母が残した日記やノート、キッチンの引き出しのメモ類を調べはじめた。調べてみてすぐにわかった、母が、趣味の域を超えるほどに熱心にハーブの研究をしていた、と語った祖母の言葉に、間違いがないということが。

 研究の成果は、多数ネットで紹介されていた。ハーブの育て方、効用、効果的な摂取方法―いくつかは紙の本としても出版されていて、美しい図版が多いこれらの書物は、幼い私の絵本代わりとなっていった。


 間もなく私は、これらの母の書物や大量のノートやメモから得た知識を頼りに(辞書アプリと首ったけで文章を読んで)、荒れ果てていた庭の花壇を耕し、ハーブを植えるようになった。書いてある効能を参考に、自分で工夫して組み合せて飲んでみて、味、香り、見た目、そして効き目を最大限に引き出すための研究に、夢中になった。取り組みを始めたころはまだ6歳だったから子どもの遊びとしか見られなかったけれど、冷え性、不眠、貧血、肌荒れ、その他いろいろな症状に合わせて、“遊び”に付き合ってくれた祖母、知り合いのおねえさんおばさんにお茶を調合してあげるうちに、だんだんと認められるようになっていった。


『すごいわ、マリちゃん! 体調がよくなったの。またお願いね』


 そんな言葉までもらえるようになるとさらに研究が面白くなって、学校に行くのが面倒になって。小学校は、最初の3年間は通学必須だけど、それ以降は成績次第では通信教育などで在宅学習も可能と知ったので、この時期はひたすら必死に勉強して。3年間で小学校のカリキュラムを大方終えて、次の3年で義務教育をすべてクリア。そうして、12歳から現在に至る7年間は、生活のほぼすべてをハーブ研究に捧げてきた。父がそういう仕事をしていた関係で、AIシミュレータを使って成分面から効用を分析し、最適な組み合わせを見つける研究も続けた。その中で医学的効用も期待できる調合も多数見つけ、これらを発表するうちに、おかげさまでその道の第一人者として認めてもらうことができるようになって、現在に至る。

 それで、ご褒美?

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