第10話 オーズさん、罰点!!
「納得出来ません!!」
そのまま丸め込めると思ってたんだろう、親父さんが驚いている。
オーズさんは表情には出ていない、俺の言葉の真意を考えているのかもしれない。
「どういうつもりだルシード!!これ以上我が家の名に泥を塗るつもりか!?」
本音がダダ漏れてるぜ?親父さんよ?
そしてやっぱりか、とも思う。
俺が親父さんの言葉に落胆したのが分かったのだろう、オーズさんが漸く理解できたようだ。
「ルシード、貴様は勘違いしているのである。吾輩は決してそのようなつもりで転校を薦めているわけでは無いのである」
どうだかな?口では何とでも云えるしな?そんな侮蔑を込めてオーズさんを見る。
綺麗事で取り繕おうとするやつなんて、異世界とか関係なく幾らでもいるだろ?
そいつらと今のオーズさんのどこが違うんだよ?
「オーズ殿?そのようなつもりとは一体……………?」
親父さんはどうやら隠すつもりも無かったみたいだ。
家の体裁の為に俺を斬り捨てるつもり満々かよ?まあこれではっきりしたな、親父さんにはアルフォンスさえいれば良いんだって事が。
「ロイ殿!?まさかルシードを初めから廃嫡するつもりで転校の話を承諾したのであるか!?」
「ん?元よりそういう話では無かったのですか?」
どうやら俺を追い出す話し合いは既に行われていたらしい。
「断じて違うのである!!ルシードの家庭教師に就任して以来ずっと彼の事を見て来たであるが、ロイ殿やヘレン様、周囲の者たちが言うような悪童にはとても思えないのである!!それどころか己が非を認めれば深々と頭を下げ、助けられれば必ず感謝を伝える事の出来る素直さを持っているのである!!そんなルシードだからこそ今の学院では肩身が狭かろうと吾輩の母校へ転校を薦めているのである!!」
物凄い剣幕だった。
今居る執務室全体が揺れていると錯覚するくらいの声量で、オーズさんは親父さんに吼えた。
その剣幕に圧されてか、親父さんはそのまま椅子にへなへなと座り、黙り込んだ。
そしてオーズさんは俺に向き直ると同時に姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「すまぬ。要らぬ誤解を与えてしまったようである」
……………疑い出せばキリがない、とりあえず俺はオーズさんの事は信じてみようと思えた。
少なくとも親父さんよりかは信頼できる人だと俺は思っていた。
「オーズさん、罰点ですよ?」
「全くもってその通りである」
俺の返しに、オーズさんは顔を上げ、笑い合った。
「僕が蒔いた種なのはわかっています、転校もしろと言われればするのも構いません。けれど今回の事に関してはアルフォンスに何もお咎め無しというのはどうしても納得出来ません」
「しかしだな、アルフォンスはお前に重傷を負わされて…………――――――」
「ロイ殿、吾輩もルシードと同意見である。己らのやった事を棚に上げ、反撃に遭い喚き立てるなど実に情けないのである。ルシードよりもアルフォンスを吾輩が指導した方が良いのではないかと思っているほどである」
「だがそんな事をすればヘレンが黙って居ないだろう…………?」
いやいや、だろう?って聞かれても知らねーし?
つーか親父さんよ?そんな威厳たっぷりな風貌のくせして、ヘレンさんの尻に敷かれてるのかよ。
「私も今回の事、さすがに納得出来ませんわ」
凛とした声が響いた。
執務室の扉が開き、現れたのはミューレさんだった。
扉を開けたマーサさんとサリアに手を取られ、ゆっくりと歩いて来る。
その顔は見惚れるくらい綺麗な笑顔だ、けど俺には解る。
ミューレさんは怒っている、俺に「メッ」した時なんて比べ物にならない程にマジギレしている。
「サリアから聞きましたよ?私の可愛いルシードを家から追い出そうとしているとか……………変ね?私の所には一度もそんな話は聞こえて来なかったのだけれど?マーサ?貴女は何か知っていて?」
「いいえミューレ奥さま、わたくしめも初耳で御座います」
ミューレさんの質問にマーサさんはすっと首を垂れ、淡々と答える。
続けてミューレさんはサリアに視線を向けると、同じようにしたサリアが、
「私はオーズ様がルシード坊ちゃまに提案していた場に居り、差し出がましくも転校を提案してしまいましたが、誓ってルシード坊ちゃまを追い出す算段だとは知りませんでした」
涙声で言うと、その場に跪いた。
ミューレさんはサリアの肩にそっと触れて微笑むと、それを見たサリアが静かに涙を流した。
「オーズ様の真意は私の耳にも聞こえておりました。ですが、母である私にも一言あっても良かったのではなくて?」
優しくも責める様な言葉に、オーズさんはその場で跪き、
「それについては誠に申し訳なかったのである、ルシードの事を一番に考えるのなら、まずはミューレ様に相談すべきであったと今は自責の念に絶えないのである」
その謝罪をミューレさんは微笑みを返して受け取ると、
「以前より、アルフォンスがルシードに度々辛辣な態度をとっていたのは把握しておりました。既にアルフォンスは次期当主ですものね?けれどルシードが私に何も言って来ない限りはと思い、何もせずに居りました。母としてとてももどかしかった、けれど我が子の成長をとても嬉しくも思って見ておりましたのに………そうしてアルフォンスを放置し続けた結果がルシードの廃嫡、ですか?」
底冷えする声に何も言えねえ。
ミューレさんの今の迫力にはさっきのオーズさんの咆哮が霞んで見えるわ。
けど、俺には真っ先に言わないといけないことがある!!
「母上!!今回の事、本当にごめんなさい!!」
誠心誠意なんて意味も良く分かってないけど、とにかく「ごめん!!」って気持ちだけを込めて勢いよく頭を下げた。
「顔を上げなさいルシード」
ミューレさんの言葉に従って、顔を上げると目の前にミューレさんの顔があった。
「本当に、母をこんなに悲しませるなんて悪い子ですね?後でたっぷりと母が叱ってあげますから覚悟しておきなさい?」
今にも泣き出しそうな、そんな目元で笑顔を作るミューレさんに罪悪感が激増した。
「はい」
申し訳なさ過ぎて涙が込み上げて来るけれど、それを必死で堪えた。
悪いのは俺だし、間違いなく今一番泣きたいのはミューレさんの方だ。
俺が泣くのは筋違いだ。
ミューレさんは立ち上がると、そんな俺の頭を撫でて親父さんに、
「此度の事は勿論ルシードも悪い部分がありました。けれどアルフォンスにも反省すべき点があったのではないですか?ルシードの抱いた気持ちを揶揄われた事によって、将来ルシードが誰の事も愛せなくなってしまったらどうするつもりなのですか?」
「ミューレ、いくら何でもそれは飛躍し過ぎだ!!」
ミューレさんの言葉を親父さんが即座に否定する。
二人が睨み合う様にして沈黙が降りて来た時だった。
「僭越ながら、既にルシード坊ちゃまはもう誰の事も好きにはならないと宣言しておりますが………………?」
サリアの一言で場が凍りつく。
「……………本当なのサリア?」
「はい。坊ちゃまの意識が回復した日、ミューレ奥様の所へと向かう途中でアルフォンス坊ちゃまに待ち伏せされ、同じ内容で揶揄われたところ、ルシード坊ちゃまは涙ながらにそう仰っておられました」
…………あー、あの時か。
絡まれてウザかった事しか覚えてなかったけど、そんな事言ったなー。
つーか、サリアも良くそんな事覚えてたな?
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