第1346話 番外)とある少女のお話
それは、初夏のとある小雨の降る日の夕刻。
とある少女が、高校からの帰宅途中に起きた出来事。
数人の友人と興味の向くまま思うままに話をしながら、雨に濡れないように傘をさして和やかに歩いていた。
少女が校門を出たときは、友人も数人いたのだが、バス停で一人、電車の駅に向かう道でまた一人と、徐々に共に歩む人数も減っていき、ついには少女一人となった。
雨はまだポツポツと傘を叩いている。
初夏の夕刻とはいっても、普段はまだ日も出ている時間なのだが、今日は小雨のせいか曇っていたため、照度センサーが作動して街灯はもう点いていた。
とは言っても、足元が見えないというほど暗いわけでもなく、時折ニュースで聞くような不審者を警戒しなければならない様な暗がりというほどでもない。
ただ、さっきまで友人とお喋りしていた時に感じた様な気分にはなれず、自然と視線は数メートル先の地面へと落ちていた。
彼女の歩みと視線が一点で止まったのは、そんな時だった。
道端の電柱の下に、まるで漫画のようにミカン箱が置かれ、そこからかすかな鳴き声が聞こえてきた。
少しだけもの悲しい気分になっていた少女は、思わず足を止めてじっと見つめた。
手を伸ばしてはいけない…手を伸ばしては…そう思いつつも、少女の手はゆっくりとその箱に近づいてゆき、やがて心の中で繰り返し響く制止の声を振り切って、そのミカン箱のふたを開けてしまった。
箱の中身は、少女が想像したように、ぼろ布にくるまれた、生後間もない子猫達。
見た目には数が5匹だった。
少女は、少し後悔した。
冷たい考えかもしれないが、この子猫たちを見なければ、きっとこの子猫達がこの先どうなってしまうかなど、気にもならなかっただろう。
だが、心の制止の声を振り切ってまでも、かすかに聞こえた子猫達の鳴き声に反応して蓋を開けてしまったのだ。
もう、子猫達を見捨てる、助けない、そういった選択肢を選ぶことは出来ない。
だが、まだ自宅は徒歩でそこそこの距離がある。
少女は、この雨の中、傘を差しながら結構大きいミカン箱と通学カバンの両方を持って帰るのが、結構難しという事に改めて考えが至った。
時間は、もう少しで18時になろうとしていた。
少女はあたりをキョロキョロと見回す。
すると、少し先の商店の店先にある、ピンク色の公衆電話が目に入った。
そこで、この事態を簡単に解決できる手段がある事に、少女は気付く。
今日は4歳年上の兄が、大学が夏季休暇に入ったため帰郷している事に。
ミカン箱がこれ以上濡れないよう何の迷いも無く傘をさしかけた少女は、一直線にその公衆電話へと駆け寄った。
慌てていたからか、多少まごつきはしたものの、ポケットから可愛らしい財布を取り出すと、10円玉を何枚か公衆電話に放り込んでダイヤルを回した。
「もしもし…お兄ちゃん!? 今すぐ車で迎えに来て! 場所は…………」
相手の返事も聞かず一方的に用件だけを話すと、少女は電話を切った。
そして、自分が濡れるのも構わず、自分の傘の置いてある、あの電柱の下までまた走ったのだった。
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