第1018話 テンション爆あげ
明けて、アルテアン領の邸へと帰る日、太陽が真上に上る少し前。
王都へとやって来ていた、アルテアン一家とユズユズ夫妻が練兵場にお駐機していたホワイト・オルター号の前に集まった。
ホワイト・オルター号のタラップまで、(現在王城に居る)王族一同が見送りに来ていた。
無論、王都アルテアン侯爵邸に勤める使用人の多くと、ユズユズが転移直後にお世話になった食堂を経営する夫妻も、練兵場の入り口へと見送りに来ていたが、残念ながら兵士でも騎士でも無く、王城勤めでも無い彼等は中には入れなかった。
とは言え、久しぶりに帰郷したユズユズ夫妻が子供まで連れて来た事は、彼等にとってとても嬉しい事だった様で、こうして遠くから姿を見るだけではあるが、見送りに揃って来てくれたのだ。
これにはユズユズ夫妻も感動で、ちょっぴり瞳を潤ませていた。
さて、盛大なお見送りではるが、そうそう予定を変える事も出来ない一同は、後ろ髪を引かれる思いではあったが、タラップを昇ってホワイト・オルター号へ。
居並ぶ大勢の人々が手を振り見送る皆へ、アルテアン家一同は中から手を振り返していると、ホワイト・オルター号はゆっくりと離床してその巨大な船体は空へと舞い上がった。
見送りに来ていた人々は、その巨大な飛行船が遠く空の彼方へと消えるまで手を振っていたし、同じように飛行船のキャビンでは練兵場が見えなくなるまで窓から手を振っていた。
元来、飛行船とはそう速い速度は出せない物なのだが、このホワイト・オルター号であればそんな常識は関係ない。
馬車であれば2週間ほどかかる距離であっても、1日で飛ぶ事ができるのだ。
無論、飛行船の全周を覆うシールドにより、風圧も気候も関係ないし、空を飛ぶ魔獣などの攻撃など問題にならない。
また、シールド内の気圧さえもコントロールされているので、よほど急激な加速・減速、上昇・下降、そして急旋回などでGを掛けない限り、内部には不快になる揺れなどは一切起こる事は無い。
それに、何度も往復している王都とアルテアン領の往復であれば、離着陸以外はオートパイロットで飛行できるので、空に舞い上がり目的地を定めてしまえば、操縦席にパイロットが拘束される事も無い。
今回のホワイト・オルター号の操縦を任されているサラとリリアも、オートパイロットを設定した後は特にする事も無く、アルテアン一家と共に、操縦席のすぐ後ろにあるソファーセットでお茶を飲んで寛いでいた。
「あ~あ~。皆さんは良いですねえ~。私なんて、お留守番ですよ、お留守番」
リラックスしすぎなサラが、ユズユズ夫妻をチラ見しながら、そうぼやいた。
「確かにそれは可哀想だとは思いますが、私も王城で音様やお母様とお話しただけですわよ?」
そんなぼやきを拾ったメリルが、サラにそう言葉を返すと、
「奥様はそうでしょうけど、ユズカとユズキは王都で楽しんでたんですよ!? 同じ使用人として、待遇に差があります!」
使用人というのであれば、その言葉遣いは如何なものだろうか? っと、メリルは思いはしたのだが、サラはいつもこの調子なのでいちいち気にしていても仕方ないか…と諦めた。
「サラさん、確かに私達夫婦は王都を散策する機会も時間も有りましたが…実際にはお邸の方々や、王都でお世話になった方々とお話するぐらいしかしてませんよ?」
普段から妙に真面目なユズキがそうサラに言っては見たが、
「でもでも、このサラちゃんは、ずっとこの船の中ですよ? 全然景色も変わらない船のなーか!」
まあ、確かにそうだよな…と、ユズキが慰めの言葉でも掛けようかと考えた時、彼の愛する妻がサラに向かって一言。
「サラちゃん、メリルさま…。安心してください、買ってますよ」
ユズノちゃんを抱っこした柚夏が、男前な笑顔でサムズアップしていた。
「「何を!?」」
そりゃ、誰もがそう思うだろう。
現に、アルテアン侯爵夫妻も、コルネリアもユリアーネも、同じように頭に疑問符を浮かべていたのだから。
「例の薄い本の最新刊が発売されたと、王都のお邸のメイドから聞き付けまして、ちゃんと購入しております」
むふんっ! と鼻息も荒く、自慢げに告げるユズカ。
「「おぉ!」」
それを聞いたサラとメリルは、思わずソファーから立ち上がる。
「それだけでなく、新刊行された新たな作品も購入済みです!」
「「おおおおおおおおおおおお!!!」」
ユズカの言葉に、テンション爆あげのサラとメリル。
ここまで情報が出そろえば、ウルリーカとコルネリアには何の話をしているのかなど、全てお見通で、『はぁ…』とため息をついた。
ヴァルナルとコルネリには、何の事だか意味が分からなかったが、サラとメリルが喜んでいる様子から、何か良い事でもあったのだろうと、ニコニコしていた。
リリアは、呆れ顔で顔を手で抑え、がっくりと肩を落としていた。
「もちろん、買い物の間は、柚乃は愛する柚希がちゃんと面倒見てくれてたけど」
多分、ユズカ的には惚気ているつもりなのだろうが、(かなり特殊な)本屋の前で、赤ちゃんを抱っこして待つ男…という姿を想像したメリルとサラは、ユズキに憐れみの目を向けたのも当然かもしれない。
そんな憐れみの目で見られていたユズキは、その時の事を思い出していた。
そして、窓の外を流れ去ってゆく、仄かに灰色がかった雲を、ただ視線の定まらぬ瞳でただ黙って見つめ続けていた。
こうして、往路とは違う意味で、帰路の船内は危険な単語が飛び交う場となったのであった。
※ 妖精女王の騎士 ヴィー ≪Knight of the Fairy Queen、Vee ≫ 改訂版
https://kakuyomu.jp/works/16817330657187983790
旧作品の設定・文章等を見直して、再投稿始めました
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