第748話  第2,243,287実験星

『しかし、君は優秀だねえ』

 優秀?

『うん、優秀だ。だって、その考えに行きついたんだから』

 ってことは、やっぱ管理局が俺のマインドコントロールを…

『まあ、そうとも言えなくはないかな』

 くっそー! やっぱ、そうか!

『とはいえ、君自身にはにシステムを造り直したり改良したりする事は出来ないんだけどね』

 何でだよ!

 もしかしたら、もっとエネルギー効率が良くてバグらないシステムが出来るかも知れねーじゃねーか!

『かもね』

 だろ、だろ?

『でもね、無理なんだ』

 だから何でだよ!

『だって、こうするから…』

 管理局長の声が頭に響いたかと思った瞬間、俺の意識は闇に飲み込まれた。



「ふぅ…危ない危ない」

 真っ白な空間の中にある、これまた真っ白な卓袱台の上に置かれた、少々冷めたお茶の入った湯飲みを、白く輝く光が手に取った。

 しんと静まり返るその真っ白な空間の真ん中で、光はお茶をズズズ…と啜り、ほうっと息を吐いた。

 いや、実際に息を吐いたのかどうかも怪しいのではあるが。

 その時、光が何かを思い出した様に「そうだ!」と呟くと、ピクリと動いた。

 すると、この真っ白な空間の一部にノイズの様なものが走った。

 ノイズが徐々に収まると同時に、そこから何かがにじみ出るように姿を現す。

 現れ出たのは、先程お茶を啜っていた光よりも、随分と小さい光の球。

「もう、何なんですか、いきなり呼びつけて!」

 小さな光の球は、現れるなり文句を言う。

「どうせ、暇だろ?」

 光がそう問いかけると、

「こう見えて忙しいんですー!」

 小さな光の球は、そう主張した。

「いや、お前絶対に暇だよな? 仕事もしてないし」

 ちょこっとイラ付いているのか、光の声が幾分大きくなる。

「だーかーらー! 今はいいとこなんですから、邪魔しないでください!」

 会話している小さな光の球も、自然と声が大きくなる。

「ふむ、何が忙しいというのだ?」

 イラつきは有るものの、怒鳴りたいのをぐっと我慢したような、低く抑えたような声で光は尋ねた。

「196,811番次元の地球の日本ってとこから取り寄せた漫画が面白いのなんのって、もうとまらないんですよ! でもこの作者って、しょっちゅう病気とかで休載してるんですよねえ。このサラちゃんが読んでやっているというのに、早く続きを描けってっての!」

 何か早口で小さな光の球が叫ぶが、

「ほう…漫画を読むのに忙しいから、仕事をさぼっていたのか、サラ」

 声だけで、どれほど光が怒っているのかわかる。

「そうですよ! この作者ってば、酷い腰痛で2年ほど休載してるんですよねえ…続きはどうなる?」

 その腰痛が酷い漫画家さんには大変申し訳ないが、お気楽な事を言い出した小さな光の球…サラ。

「ならば、貴様が腕のよい医者でも治癒士でも魔法使いでも派遣すればいいだろうが!」

 プルプルと震えていた光は、とうとう怒鳴り散らした。

「やだなあ、局長。そんな事したら、世界のバランスが壊れるじゃないですか~。局長のくせに、そんな事も知らないんですか~? もしかして、お馬鹿~?」

 光の球の正体は、どうも局長というらしい。

「知っとるわ! そして貴様がサボっとる事も知っとるわ!」 

 その怒鳴り声と共に、光の球が急激に膨れ上がると、『ずがーーーん!』と、雷が小さな光の球…サラに落ちた。

「ふんぎゃーーーーーー!」

 サラの叫び声と共に、小さな光の球が霧散し、中から透明なガラスの様な球が飛び出してきた。 

 そのガラス玉の中では、髪の毛がチリチリになり、プスプスと体の各所が焦げて煙をあげているサラが、叩き潰されたゴキブリの様に、ピクピクと痙攣していた。

「思い知ったか、サラ!」

 そう言いながらゆっくりと光の球はサラが入った球近くまで下りてくる。

 真っ白な床に光の球が降りようという寸前、光は徐々に弱まり、中からビシッ! と真っ白なスーツを着込んだ青年が現れた。

 青年とは言ったものの、普通の人が服を着ている状態で、素肌が出ているであろう部分はぼんやりとぼやけて光っていて、はっきりとは見えないのだが。

 ただ雰囲気では青年っぽい感じがするだけの事である。

 しかしこの青年、恐ろしくでかい。

 ピクピクしているサラより、青年の大きさはは倍以上は有るだろうか。

 並んでみても、サラだと青年のせいぜい股下が良いところだろう。


「おい、さっさと起きろ! 緊急事態だ!」

 局長と呼ばれた光の球から出て来た青年の手が、サラを包むガラス状の球の壁をすり抜け、サラの首根っこを掴み、顔の高さまで持ち上げた。

「第2,243,287次元の実験星に送り込んだ例の魂が暴走寸前だぞ?」

 真っ白な巨人は、サラをつまみ上げたまま、真っ白い空間の奥へと移動し始めた。

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