第592話 違和感
勢い込んで皇都に突入した俺達だったのだが…おかしい…何か違和感がある。
確かこの街は、あの馬鹿が皇位を簒奪するまでは、レイフェル皇国とかいう名前だったはず。
その時は、この街にはおよそ3~4万人ほどの人が住んでいたはず。
半数近くが戦争に兵として駆り出されたとしても、住民自体は1万~2万ぐらいは住んでいる計算だ。
そこに脅威的な繁殖力を誇るダンジョン蟲が蔓延り、全ての住民に取り付いたのだから、この皇都に健康な人は居ない。
そこまでは理解できるし、十分に想定していた事だ。
ところがである。
皇都の大きな門を通り抜けた俺達が見た街は、非常に閑散としていた。
もちろんではあるが、街道にはゾンビがウロウロとしては居る。
元は、美しく整った街並みであったであろうこの皇都に似つかわしくないゾンビが、そこらじゅうをウロウロとしている。
開け放たれた門から街に入った獣たちが食い散らかした死体も、そこらに散見されるし、獣のゾンビも見る事が出来る。
だが、そこが大きな違和感に繋がっているのだ。
ゾンビに意思は無い。それはすでに確認済みだ。
ゾンビを操る蟲達には、論理的な思考能力というものが無く、本能に従って生息範囲を広げようとしているだけ。
しかも世代を重ねた事により、ダンジョンの制御からもすでに離れている。
つまりは、ゾンビはただウロウロとし続けるだけの存在。
この皇都は美しく整備されているとはいえ、1本道では無い。
建築物が多数あり、入り組んだ道などもある。
もちろんメインストリートは存在するが、多くの脇道というか路地というか、とにかく道は多数ある。
碁盤の目の様に都の設計段階から考え尽くされた京都の街だって、メインストリート以外は複雑に入り組んでいる。
つまり、入り口から出口まで1本道の迷宮では無く、迷路と同じなのだ。
ゾンビは、障害物に突き当たれば、方向を変えてまたウロウロと歩きまわるが、ここの違いはあれど方向変更には一定のアルゴリズムに従っている様に見える。
本能のまま、生息範囲を広げる為により遠くにと移動をし続けるゾンビだが、障害物にぶち当たったら、ある個体は常に右を向き、ある個体は常に左を向いて前進すると言う、一定の法則の元、行動している。
確か迷路の攻略法の1つに、常に左手を壁についてひたすら進むと言うものが有ったが、それとゾンビの行動は似ているのだ。
もしも迷路の何処かに配置されたゾンビが、無暗矢鱈と歩きまわったとしても、一定の法則の元で歩き続けているのであれば、もっともっと皇都の外に溢れても良いはずである。
これが違和感の1つ。
そして最大の違和感は…
「トール様…あまりにもゾンビが少なくは有りませんか?」
そう、マチルダが思った様に、ゾンビが少なすぎるのだ。
「それは俺も考えてた。数万人はゾンビになっているはずなのに、何でこんなに閑散としているんだ?」
目の前にいるのは、ゾンビ。
だが、この規模の街の全住民がゾンビ化した割には、明らかに少ない。
「ねえねえ、伯爵様。ゾンビって物陰に隠れてるのが定番なんじゃない? んで、突如『ぐぅおぉぉぉ!』って襲ってくるっていう」
ユズカの言葉も一理ある様に聞こえるが、
「それは無いな。それなら何で昼間から行動しているゾンビ達がいるんだ? 思考能力も無さそうだし…」
映画とかゲームの世界じゃないんだから…。
「お兄ちゃん…もしかしたら逃げたんじゃ?」
突如、コルネちゃんが何かに気付いたように、俺に声をかけた。
「逃げた? ゾンビが?」
「違うってば! ゾンビになる前の人達だよ! だってこの街だって、出入り口があの門だけってことは無いでしょう?」
そう言いながら、振り返り壊れた街門を見るコルネちゃん。
「なる程…確かに、それは盲点だった! 住民達がゾンビになる前に逃げ出した…いや、あの蟲に襲われる前かな?」
「確かにコルネちゃんの言う通りだとしたら、合点が行きますわね」
メリルも納得した様だ。
「ええ、あんな動きなら逃げ出す事は簡単でしょう」
ミルシェも、ゾンビの動きを見てうんうんと頷いた。
「でも…だとしたら…どこに逃げたのでしょう?」
ミレーラの疑問も、これまた至極ご尤も。
「おにいちゃん! とりあえず、ぜんぶぱーんちしちゃってから、かんがえようよ!」
うん、ユリアちゃん…いつから君はそんなに脳筋な思考をする様になったのかな?
お兄ちゃん、ユリアちゃんの将来がものすごく心配なんだけど。
「伯爵様。どちらにしても広い街ですので、手分けしてゾンビを殲滅しましょう。放っておく事も出来ませんし。その過程で、何か新しい情報があれば、互いに共有すると言う事で如何でしょうか?」
「うん、ユズキの案を採用!」
新しい発見とか情報とかあれば、その時に対処は考えると言う事で、
「では当初の予定通り、ゾンビ殲滅戦だ。何か発見したら、速やかに報告してほしい。では、全員戦闘開始!」
俺がそう言うと、
『『『おぉーー!』』』
空に向かって、一斉に拳を突き上げたメンバーだったが…
「あれ? でもよ~っくかんがえあたら、ゆりあのぜんぶぱんちと、いっしょなんじゃ…?」
ユリアちゃんは、拳を振り上げ乍ら、首を傾げていた。
気付いちゃったか、ユリアちゃん。
ええ、仰る通りです…はい…。
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