第563話  皇帝の見た物は…

 真なる神とは、斯くも非情であり無情なのか…


 遠く空に浮かぶ白い城の様な物が、神々の創りし物であるという事は、頭では理解出来ていた。

 だが、そんな物であっても、我が威の前であれば平伏すはずはずであると、疑いもせず信じていた。

 父を母を兄を姉を弟を妹を、我に繋がる血筋の者達を、ある者は謀殺し、ある者は毒殺し、ある者は罪を問うて処刑し、そして我自らの手でもって屠った。

 そして手に入れた、皇帝の地位。

 誰もが我の前に跪き、そして我の言葉に従った。

 国教であった大地神への信仰は、その日のうちに廃止した。

 教会関係者は、次の日に1人残らず処刑した。

 毎夜の様に夢枕に立ち、我を導いて来た暗黒神様のみが、我の心の支え。

 暗黒神様の為に、大地神の教会の色を塗り替えた。

 それまで真っ白だった壁や床は、全て暗黒神様が喜んでくれるように黒くした。

 我には神の加護がある。

 だからこそ、この大陸ごとき統一できるはずなのだ。


 暗黒神様は、我の男の尊厳を封印された。

 この股間の物は、今は排尿にしか役に立たない。

 暗黒神様は、この大陸を統一した時、我が運命の女神に出合う事を示唆された。

 きっと、その時に男としての尊厳を取り戻せる事が出来るはずだ。

 大陸の片隅の平民上りの貴族の息子が、5人もの美姫を娶ったと、暗黒神様は仰った。

 何故だ? 何故、何の力も持たない下賤な者に、美姫が5人も嫁いだんだ?

 そうか、そ奴はこの世界の敵なのだ。

 だからこそ、暗黒神様は兵を挙げよ、あ奴を討てと神託の為に夢枕に立ったのだ。

 だからこそ、我の尊厳を封じたのだと、大願を成就した時まで封印したのだと思っていた。

 あ奴を倒すため、小国に攻めいり、降し、併呑し、更なる進撃を続けねばならないのに、何故だ!?

 進軍すればするほど、兵達は疲弊していくでは無いか。

 歩みも遅くなり、降した国々の民は、我を受け入れることは無かった。

 そして、とうとうこの地で、我軍は崩壊した。

 あの天に浮かぶ美しい4人の女神の言葉によって。

 だが、我が暗黒神様からは、何の神託も無い。

 なればこそ、あの女神を討たねばならぬというのに、兵達は、我軍は左右に別れていくではないか。

 目のまでに真っすぐな道が出来た。

 鎧や剣が無数に転がり散らばりながらも、真っすぐ敵へと繋がる道が。

 そうか、これこそが暗黒神様の御力なのだ!

 真っすぐに敵を討てという、お導きなのか!

 神罰を下すだと? 神を詐称する奴らの言葉など、恐れはせぬ!

 我に従う者共もまだまだ居るのだ!

 いざ行かん! 暗黒神様の御導きに従って、我が怨敵を討て!


 我軍のど真ん中に、空から無数の星々が降りそそぎ、多くの兵が下敷きとなり、息絶えた。

 我軍の前方に、巨大な光の柱が出現し、大地ごと兵が消滅した。


 丸い獣耳を頭に付けた女神とやらが、

『元々は我の力が足りず、暗黒神などと言う紛い物に惑わされた民たちです…どうか…お怒りを御鎮め下さい…』

 そう言って神罰を止めてくれた様だが、すでに我軍は壊滅した後だった。

 あの恐ろしい神罰がもう来ないのか…と思った時だった。

『うむ、大地神の申す事はもっともである。では、ここから後は人同士で決めさせようぞ。それであれば文句はあるまい』

 一際美しい女神がそう言うと、大地神と呼ばれた女神とやらは、

『ネス様の御心のままに…』

 決して我が助かった訳では無かった。

 待ち構えた敵と戦わねばならなくなっただけだ。

「我らが聖なるネス様の御言葉ぞ! 皆の者、進軍だ!」

 遥か彼方に見える敵軍の総大将と思しき男の声が、はっきりと聞こえた。


 逃げ場はないのか? 元来た道を引き返せばよいのか? 

 足よ…我の足よ、動け! 動くのだ!

 敵軍はわずかばかりの数しか居ない。

 しかし先頭を走る、黒光りする鎧の大男は、その手に持つ巨大な剣を軽々と振るい、我軍の兵達を切り裂いていく。

 1振りで数名の兵の命が散って行く。

 その、暴れ狂う嵐のごとき男は、走る速度を落とす事なく、我軍の真ん中を突き進んで来る。

 足よ、動け! 逃げねば! 

 あの男から、鬼神から逃げねば!

 しかし、ついぞ我の足が動くことは無かった。

 鬼神が兵を掻き分け、切り倒し目の前までやって来た。

 もう逃げる事は出来ない…


「その鎧の紋章…皇国の将とお見受けいたす。いざ、尋常に勝負!」

 身体がまるで岩になったかの様に、動かす事が出来なかった。

 いや、もしかすると、神罰を目にした時から、この状態だったのかもしれない。

 目だけは逃げ場を探そうと、左右に動かせた。

 身体は動かせないのに、膝だけはガクガクと揺れていた。

 そして口も動かず、言葉も発せ無かった。

「ふむ? 恐怖で身体が動かぬか。我が子、トールとは大違いよな」

 すぐ傍までやって来ていた騎士が、苦笑いしながらそれに答えた。

「トールヴァルド卿は別格ですよ。何せ使徒様ですし。そもそも5歳で初陣でしたっけ? こいつ等とは、物が違いますよ、物が」

 …使徒だと…そうか、この鬼神は、暗黒神様が仰っていた奴の父親か…

「確かにそうだな。では仕方がない。その首、ヴァルナル・デ・アルテアンが貰い受ける! 覚悟!」

 最後に見たのは、迫りくる巨大な剣と、それを振るう鬼神の顔だった。

 そこで我の意識は途絶えた。

 永久に…。  

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