第537話 みんな…ありがとう…
遥か惑星の裏側でケモ耳幼女がブチ切れて、俺が処分を決めた転移者達の大量虐殺に踏み切ったなど、知る由もない俺は、防壁の2枚目の基礎が立ち上がる所までを確認した所で、ホワイト・オルター号へと戻った。
俺と共に防壁の建築を見守っていたお偉方には、あとは魔法でやりますので…と、暗にほっといてくれと言い残して、振りかえりもせずに、船内にある自室へと向かう。
もうすでに日は暮れているというのに、一向に腹が減らない。
理由に思い当たる節はある。
あまりの怒りで腹が膨れたなんて事じゃない。
怒りが激しすぎて、精神的に不安定になったんだろう…きっと。
思うに、自律神経に異常をきたしたんじゃないかと思う。
空腹という感覚を、きちんと感じられなくなったんじゃないだろうか。
いや、こんなに正確に自分の状態を分析できるんだから、問題は無いのかもしれない。
ってか、そんな事はどうでもいい。
俺は、あまりの暗黒教ダークランド皇国の目に余る行いの数々に対して、もう自分を抑える事が出来なくなっている。
こんな気持ちはいつぶりだろうか?
ああ、先の戦の後に、旧・真アーテリオス神聖国の巫女制度の事を知った時以来か。
あの時は、すでに姫巫女制度を己の欲望を満たすためだけに悪用してた奴らが処分された後だったから、何とか抑える事が出来たんだったな。
だが、今度は駄目だ…自分を抑えられない…今、この時、現在進行形でこの遥か先で行われている蛮行だ。
怒りもそうだが、そんな蛮行を喜々として行う奴らが、同じ人だと思うと、遣る瀬無くもなって来る。
今までネスの使徒として振る舞っていたからこそ、力を使う事を躊躇っていたが…。
そう考えた時だった、俺の部屋の扉がノックされたのは。
「トール様…入ってもよろしいですか?」
メリルの声だった。
「ああ…」
自分でも意外な程、低い声だった。
「失礼しま…まあ、明かりもつけずに…」
言われるまで気付かなかったが、室内は真っ暗だった。
メリルに続き、嫁達がぞろぞろと室内に入って来る。
「トール様…やはり、何かあったんですね?」
勘の鋭いミルシェは、何かに気付いている様だった。
「…あの…トール様…もしかして、怒って…いえ、悲しんでおられるので…すか?」
ミレーラに心の中まで見透かされている様だ。
「トール様…いえ、旦那様。得られた情報をお教えください。少しでもお力になりたいのです」
やっぱりマチルダは頼りになるな。後で色々と相談させてもらおう…
「旦那様は、思うまま動けばいい! 私は死線の向こうでも共に行こう!」
ああ、頼りにしてるよ、イネス。
『私達に、何があったか、何を知ったか、教えて下さい!』
嫁達が声を揃えて俺に言った…けど、それって練習して来てないよね?
それからメリルが部屋の明かりをつけ、全員がソファーに座った所で、俺は手に入れた情報をぽつぽつと話した。
内容は残酷で胸糞悪くなる様な、はっきりいって嫁達に聞かす様な内容で無い事は、重々承知している。
特に凌辱されている敗戦国の女性の話なんて、言うべき事じゃ無い。
だが、俺は包み隠さず全て話した。
多分、俺は俯いて話していたんだろう。
周りを全く見ていなかった。
怒りと悲しみと苦しみと…色々な感情が綯交ぜになったまま、全てを嫁達に吐露していた。
ふと肩に柔らかい感触を感じて顔を上げると、いつの間にか室内には、父さん、母さん、ナディアに天鬼族3人娘、コルネちゃんにユリアちゃん、サラにリリアさんに、ブレンダーとクイーンという、メンバーが勢揃いしていた。
肩の重みは、母さんの手だった。
「トールちゃん。苦しかったでしょう、辛かったでしょう?」
俺の話が止まり、静まり返った室内に妙に良く響く母さんの声。
「いいのよ、泣いても、喚いても。あなたの気持ちは、私達の気持ち。ここにいる全員が、あなたの気持ちを理解しているわ」
そう言う母さんの顔から視線を外し、全員の顔をゆっくりと見まわす。
俺と視線が合うと、皆大きく頷いた。
サラとリリアさん、ナディアと天鬼族3人娘とクイーンだけは、微妙な顔だけど…ま、俺の念話とか知ってるしな。
「皆、あなたと気持ちは同じよ。罪を憎んで人を憎まずって誰かが言ってたけど…」
そんな事言ってる人いたっけ? あ、もしかして俺かな? きっと俺だな…
「今回だけは駄目。許せない…いえ、許してはいけないわ」
嫁一同と父さんが、大きく頷く。
「お父さんは、昔の戦で多くの人の命を奪ってきたの。そのせいで、今でも悪夢を見る事があるって言ってるわ」
そうなのか、父さん…苦労してるんだな。
「聞きなさい、貴方達。ここに集うアルテアン一家は、いまだ人の命をその手で奪った事がないでしょう。ですが、今回だけは、この悪逆非道を行う者だけは、生かしておく事は出来ません」
母さんの言葉に、思わず聞き入ってしまった。
「貴方達は、その手で敵の…人の命を断つ覚悟はありますか?」
俺は躊躇しなかった。
「ある! 今回だけは許すわけには行かない! 生かしておくわけには行かない! あいつらを殺す事で、救われる人が、魂があるというのであれば、俺はこの手を血で染めても構わない!」
拳を握りしめ、俺は吐きだす様に叫んだ。
「…絶対に…絶対に許さない!」
「良く言った、トール! それでこそ俺の息子だ!」
父さんが俺の言葉に続いて言った。
「トールが間違った力の使い方をするのであれば、俺は親として命を賭けて止めもしよう。だが、今回は決して止めない。いや、お前と共に、盗賊紛いのクソッ垂れを、1人残らず叩き切ろう!」
そう言ってニヤリと笑いながら、俺に武骨な拳を握って向けた。
苦笑いしながらも、コツンと俺も拳をぶつけた。
「トール様、思うがまま行動してください。私が昔誓った言葉を覚えていますか? 世界の全てを敵に回してでも、私は…いえ、私達はトール様の味方です。トール様が血塗られた道を歩むというのであればお供します、最後の最後まで!」
力強いメリルの言葉に、思わず嫁達に視線を向けると、全員が真剣な顔で頷いた。
「ああ、みんな…ありがとう…」
出来た嫁だ…駄目だ、涙腺が…
「お兄ちゃん、それってネス様の御考えに反する悪行だよね。だったら、ネス様の巫女の私が罰を与えなきゃだめだよね?」
え、いや…コルネちゃんには、ちょっと早いんじゃないかなあ…
「ゆりあも、こるねおねえちゃんとたたかう! わるいやつらをゆるしちゃだめ!」
え~っと、もしもし、ユリアちゃん? 君が修羅の道を歩むのは、ちょっと早いと思うの。具体的には10年程。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。だって私達姉妹には、ネス様がついているんだから!」
「だから!」
ああ、うん…そっか、2人も戦うのか…ん~…
「分ったよ。ネス様に聞いて、2人にもお役目を貰うんで、ちょっと待っててね」
ふんすふんすと鼻息荒い妹達は、ちょっと放置しておこう。何か、怖い。
よし、何だか色々と吹っ切れて来た。
苦しくったって、悲しくったって、アルテアンの仲間が居るんだもん!
やってやろうじゃないか! 待ってろ、クソ野郎! 絶対に手前等は許さねえからな!
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