第30話 新入生
アレーネシア魔道学院の講堂では入学式がとり行われていた。
数百はあるであろう席がぎっしりと種族様々な新入生で埋め尽くされている
まだあどけなさが残る少年少女が、様々な夢を抱き目を輝かせていた。
そんな彼ら彼女らの視線の先にある舞台の上には、学院長が入学する新入生達に祝辞を送っている。
学院長に視線を送る中には先日ウィルに助けられた少女エリーの姿があった。
学院長のあいさつが終わると新入生達は学院内にある、メイン闘技場の観客席に集まっていた。
学院の入学式では代々新入生を歓迎する魔道戦が、高等部の生徒によって行われているのだ。
今回の魔道戦は数十年ぶりに大帝保持者2名が高等部に在籍していることから、新入生達は入学式以上に楽しみにしていた。
観客席に新入生が集まる中、フィールド手前の通路にやる気のなさそうな顔を見せるウィルの姿があった。
そんな彼の横にはもう一人同じような顔をした女生徒が立っている。
ウィルと同じ大帝のミリア・ネクロフィアだ。
佇む2人の後ろにはシルフィーの姿がある。
「お二人とも、精一杯新入生を歓迎してあげてくださいね。」
激励する彼女をいやそうな目で2人は見る。
「先日観客席の障壁の改修が行われましたので、本気で戦われても破れることはありませんのでご安心ください。」
「ウィル君ちょっと」
ウィルが顔を正面に戻すとミリアは彼に耳打ちをする。
「ほどほどに打ち合ったら私に魔法をぶつけて。衝撃で障壁に飛ばされる演技をして終わらせるわ。」
「いえいえ。俺が負けますよ」
「怠惰の魔導士様が負けるのはいただけないわ」
ウィルはミリアから持ちかけられた八百長自体は賛成だったが、お互い大帝で名が知れ渡っていることもあり、勝ったら勝ったで後々めんどうなことになるのは目に見えて分かった。
「ミリアさん。俺は後輩ですよ。先輩が勝つべきでしょう。それにネクロフィア家の次期当主様が負けるのは問題では?」
「私は先輩よ。先輩の言うことは聞きなさい。」
こんな時だけ先輩風を吹かせる彼女にウィルは卑怯と思いつつ渋い表情で。
「分かりました。3回打ち合ったら距離を取って魔法をぶつけます。」
「それで行きましょう」
ウィルとミリアが八百長の相談をしていると、聞こえてはいないシルフィーが察したように。
「お二人とも、この模擬戦は学院の歴史でも有名な催し物です。くれぐれも蔑ろにしないようにお願いします。」
「もちろん分かってるよ。」
「私は去年もやったから大丈夫よ」
「ならお二人が本気になれるように一つ懸けましょうか。部屋の壁を埋め尽くしている物を懸けていただきます。敗北した場合は私の銘にて没収させていただきます。」
2人はシルフィーから提示された悪魔のようなルールを聞き青ざめた。
2人は各々自分の部屋の壁にあるものを思い返した。ミリアの部屋の壁はおびただしい数の本で埋め尽くされ、ウィルの部屋の壁には大量の剣が飾られている。
「俺は構わないよ」
勝つ予定であったウィルは急に笑顔になるが、そこに慌てた様にミリアがまた耳打ちする。
「予定変更よ引き分け狙いで行きましょう。3回打ちあっったらお互い魔法を発動して障壁に向かって弾き飛ばされる演技をするでいい?」
「勝ってもいいんですがね。まぁいいでしょう」
「あっそれともう一つ」
作戦の変更をウィルに伝えているところにシルフィーが釘をさす
「引き分けだった場合は、両者敗北として判断しますね。」
2人は一瞬真っ青の顔になったが、これ以上言葉を交わすことはなく真剣な顔になりフィールドへと歩みだした。
「まったく……」
3人の後ろにはその様子をずっと見ていたアリスがため息を漏らしていた。
闘技場内の観客席の前にある通路に、マイクを持ってレイシアが立っている。
「新入生の皆さんご入学おめでとうございます。私は高等部1年のレイシア・ハーゲンです。これから皆さんを歓迎する魔道戦を行わせていただきます。では今回魔道戦をしていただく2名の高等部の生徒をご紹介します。」
レイシアがそう言うと通路からフィールド内へと入ってくる2つの人影がある。
「まずは高等部2年、オーランド皇国七魔家。憂鬱の大帝のミリア・ネクロフィア。そしてその横にいる彼は高等部1年、オーランド皇国、聖騎士。怠惰の大帝のウィル・アースガルドです。ん?」
入ってくる2人を見てレイシアは首をかしげる。
2人のことは詳しかったが、こんなイベントであんな真剣な顔で参加してくれるような性格ではなかったからだ。
「これはこれは……うれしい誤算だね」
進行役の彼女にとっては2人がやる気になっているのはやりやすかった。
フィールドの中央を挟み2人は向かい合って立つ。
「では試合を開始します。始め!」
レイシアが準備が整ったのを見ると試合開始を告げた。
「えっどういうこと」
だがその直後に彼女はフィールド内を見て驚愕する。
2人が鬼気迫るような表情で、巨大な魔力を放ち、魔力の嵐を巻き起こしながら魔装を展開していたからだ。レイシアは今までに見たこともないほどの2人のやる気に混乱した。
ウィルは漆黒の魔装を展開し魔力を周りに放ちつつ長剣を手にし、ミリアは煌びやか緋色の魔装を展開し細剣を手にしている。
魔装を展開し終えると速度強化の魔法を発動した二人は、一瞬姿を見失うほどの速度でその場から姿を消すとフィールド中央付近で剣を打ち合う。新入生達は目を輝かせてフィールドを見るが、歓迎の係りの生徒全員がその光景に戸惑いを見せていた。学院内で間違いなくトップの実力を誇る二人だが、同時にやる気のなさもトップの2人。親しくなくても学院の中では有名な話であるため、目の前でぶつかり合う2人の戦いを見られる珍しい機会でもあるが生徒たちの間でも疑念の方が大きい。
衝撃波を発生させながらぶつかり合う2人は、4回ほど剣をうちあうと剣を合わせて動きを止めた。
「あれミリアさん。3回打ち合ったら魔法じゃなかったでしたっけ?」
「そっちこそ何で4回目があるのかしら。」
お互い顔を引きつらせながら言葉を交わす
「本なんか図書室に行けばたくさんあるでしょう?ここは譲ってください」
そう言うと背にあるデバイスから彼女に向かって閃光を放った。
だが既にそこに彼女の姿はなく。背後に気配を感じ、剣を後ろに回し攻撃を受け止めた。
「ウィル君こそ剣なんて聖騎士なら好きなのいくらでも使えるでしょ」
「あの剣達は特別です。」
「私の本達も同じよ!」
言い争いながら剣を合わせながら剣と視線でも火花を散らせる。壮絶な戦いを繰り広げる二人にはシルフィーに人質のように取られている守るべきものがあるため引けなかった。
ウィルは彼女の剣を弾きウィルは急上昇した。
短めの詠唱を唱え魔法を上空に向けて発動する。
《ダークボルトレイ》
巨大な魔法陣が出現しフィールド全域を覆う巨大な黒き雷撃が降り注ぐ。
観客席の障壁にも少しかすり表面を稲妻が走る。
雷撃の衝撃でフィールド内に砂埃が立ちこめる。
「やっぱりこんな魔法じゃミリアさんには通用しませんか」
ウィルの視線の先には、赤い球体上の障壁に包まれたミリアがいた。
「さすがホイス卿を圧倒するだけはあるわね。あの時よりも魔法の密度が跳ね上がってる」
「当然でしょう。毎日森に通っていればこのぐらいはできますよ」
「生身で森の深部に行くのは正気とは思えないけど……」
ウィルは厳闘の後、七魔家の当主達に様々な贈り物をもらい、そのほとんどが刀剣の類だった。魔装なしで森の深部に行けるほどの剣技を持っているということは、多少なり剣にはこだわりを持っていると考えた七魔家は、直接の接触はシルフィーに妨害されできないままだったが、贈り物で距離を縮めようとしていた。
「しかしその障壁を見ると、地龍事件の少し前にシルフィーへの貢物にされたときを思い出しますね」
そういうとウィルは黒雷を魔剣に纏わせ、周囲が一瞬衝撃で目が眩むほどの光に満ちるほどの一撃をミリアに向けて放つが、障壁には一切の亀裂すらない。
「ウィル君、そんな昔のことを言っていると怠惰の大帝ともあろうものが器が小さいと思われるわよ。それにシルフィーに捨てられちゃうわよ」
ウィルの表情に怒りが浮かぶ、ネクロフィア家は七魔家の中で唯一目立った動きはない家だが、次期当主であるミリアが近況を知らないわけがない。
「ミリアさんこそよく図書室におられますが、本とお話しするのはやめたほうがいいですよ。正直あまりいい趣味とはいえないですよ。それとも憂鬱の大帝は本とお話できる能力でもお持ちなんですか? 気味が悪い力ですね~」
「なっ――」
ウィルは新しい魔法を覚えるために図書室で魔道書を漁っているとよくミリアの独り言を聞いていたのだ。最初は本の内容を口に出したりしているのかと思っていたが、たまに本を閉じて掲げて喋ったり、抱きしめて話していた。
きわめつけは本をぱかぱか閉じたり開いたりして口に見立てしゃべり、幼い子がぬいぐるみで遊ぶようなことを本でしていた。
2人は激怒しながら目にも留まらない速度で、空中を移動し斬り合う。
フィールドには剣同士が合わさる甲高い音が無数に響く。
観客席では2人の会話の内容は聞こえておらず、ただただ新入生達は目を輝かせて2人の戦闘を食い入るように見つめている。
「すごい……」
その中にいたエリーも感激のあまりに声を漏らす。
空中で高速戦闘を繰り広げていた2人は空中で向かい合った。
2人は息を切らしばてばてになりながらもお互いを視線から外さない。
「まさかここまでっ……剣も、使えるとは、思ってなかったです」
「それはありが、とう」
ミリアの剣術はウィルと比較しても遜色のないほどのものだ。昔から姉妹とシルフィーは魔法や剣を一緒に鍛錬しており、魔法ではアリスとシルフィー、剣ではミリアとシルフィーが競っていたのだ。
苦しそうに絶え絶えの息の中言葉を交わす。
「そろそろ終わらせましょうか」
「そうね」
2人は再度高速で切りあいを始めた。
そして斬りあいの中同時に魔法の詠唱を始めた。
しばらく斬りあった後2人同時に魔法を発動した。
《コールドフォールンレイ》
《フレイムゲイル》
「「えっ」」
だがその瞬間2人は驚愕した。手を出し魔法を発動したがほぼゼロ距離で魔法陣と魔法陣の距離は指1本分ぐらいの距離だった。ウィルの放った魔法は氷と闇の複合属性の上級魔法で一方のミリアの魔法も火と風の上級魔法だ。級魔法が超至近距離でぶつかり大爆発が起こった。
2人は大爆発のとてつもない衝撃で弾丸のように客席の障壁へと飛ばされ、障壁を突き破り客席に墜落した。
「両者場外により引き分け!?」
唖然としながらレイシアが宣言する。
しかしその一方で新入生達は大興奮だ。
客席に落ちた2人は自身の周りに張っていた障壁によってたいした怪我はなかったが、衝撃で意識が朦朧としていた。意識がはっきりとしてくるとレイシアの言葉が頭の中をよぎる。
「「あぁああーーー」」
引き分けという試合結果を聞き、血相を変えて闘技場から絶叫しながら凄まじい剣幕で飛び去っていく2人。
「ん?あーそういうことか」
レイシアはフィールドの通路で試合を見ていたシルフィーの姿を確認すると、状況をおおよそ理解した。
その様子を見ていた新入生達は、大帝2人の尋常ではない剣幕に何か事件でも発生したのかと騒ぎ始める。
「あっみなさんご安心ください。いつものことですので」
内容はとても言えるものでもなくうまくはぐらかし、レイシアは場を落ち着かせた。
自身の部屋に急ぎ戻った2人は既になくなっていた宝物を思い泣いた。
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