彼らは”魔法”を否定する
暑がりのナマケモノ
第1話 菅原容堂の場合
ある日突然、世界に”魔法”が現出した。
それは初めぽつりぽつりとその存在が確認され、世界中の人々に認知されると爆発的にその数を増やして行った。
しかしここ日本では”魔法”に目覚める人口が極端に少なく、世界の他の国々と比べても”魔法”に目覚めた彼らを受け入れられる社会という点で大きく後れを取っていた。
「納得出来ないっす!!なんで俺が退部なんすか!!」
目つきの鋭い少年が、教師に食って掛かる。
場所は日本国内某所の中学校、その職員室。
その彼の叫びで周囲の教師陣は何事かと状況を注視している。
それらの視線を彼自身も感じてはいたが、今はそれを気にしているような心のゆとりはない。
短くツンツンとした髪が彼の怒気で更に鋭利に尖っているように見える。
学校指定のジャージ姿で、怒りを滲ませる彼は一端のスポーツマンにもヤンキーにも見えた。
「だから、何度も言っているだろう?この間の健康診断で、お前には”魔法”がある事が確認された。”魔法”に目覚めた以上、普通の人と同じ大会に出場は認められないのはお前だってわかっているだろう?」
彼が既に”魔法”に目覚めた事は周知の事実であり、職員室に集う先生たちも当然知っている。
そして付け加えるなら、この学校始まって以来の”魔法”に目覚めた生徒に教師陣はどう対応して良いのかわからなかった。
そうして対応を協議した結果、彼――――――
「”魔法”さえ使わなけりゃ良いんだろ!?」
「目覚めたばかりのお前にそれが制御出来るのか?」
学校としては初でも、彼ら”魔法発現者”への対応はマニュアル化されて各機関に配布・徹底されている。
”魔法”に目覚めたばかりの彼らの力がとても不安定である事等は、既に一般教養として認知されている。まして、思春期とも言われる年頃に発現した者はより一層の注意が必要であるとの但し書きがなされている。
何かがあってからでは遅い、”魔法”に目覚めていない生徒を守る、という観点で言えば教師の対応はそれほど間違ってはいないのだ。
ただ一点、彼の意思を完全に無視するという点を除けばだが……………。
「今までだって”魔法”なんかに頼ってたわけじゃない!」
「それは俺の口からは何とも言えんが………菅原、もしも今度の大会にお前が出場したとして大会新記録を叩きだしたとしよう。けれどそれを”魔法”の恩恵ではないと周囲が納得する事が出来ると思うか?お前がそんなことをするような奴じゃないって事は十分わかっているつもりだ、だがな?俺は”魔法発現者”じゃないし大会委員にも”魔法発現者”は居ないんだ」
そこまで言われて彼は漸く教師の言い分を完全に理解する。
要は誰も責任が取れないのだと、学校のメンツ欲しさに難癖付けてくるところだって存在するかもしれない。
もしもそうなった時、学校側がそれらの苦労を背負う気が無いのだと気付き、容堂は更に表情を険しくした。
「…………くそがっ!!」
逃げるように職員室を後にし、廊下の壁を思いっきり殴りつける。
そんなことをしても痛むのは自分の拳で、彼にだってそんな事はわかっている。
それでも何かをせずには居られなかった。
この怒りの矛先を求めた結果が廊下の壁だっただけだ。
拳は今も鈍い痛みを放っているが、多少は怒りを鎮めることは出来た。
彼はその足で陸上部の部室へとやって来ていた。
職員室からの去り際、顧問からロッカーの整理を言い渡されたからだった。
「菅原の奴、マジで退部らしいぜ?」
「そりゃそうだろ?”魔法”とか意味わかんねぇもんで俺らに何かあったらどうするんだっつーの」
「確かに」
良く知った声、同級生の木場とその取り巻き連中の馬鹿笑いが部室に響く。
丁度ドアを開けようとしたところにそれらの会話が聞こえて来て、彼は歯噛みする。
彼はそれらの会話に気付かなかったふりをして部室のドアを開け放った、途端に目を丸くして会話を止める部員たち、そのわかりやすさにため息が出そうになるのをグッと我慢し、彼らを一瞥する事無く自分のロッカーの前へと向かう。
「よぉ菅原、聞いたぜ?お前”魔法使い”になったらしいじゃねぇか」
木場が馴れ馴れしく肩を組んで、気安く話しかけてくる。
彼の言う”魔法使い”は今の日本では”魔法発現者”に対する侮蔑の意味が込められている。
「………今は郊外ランニングのはずだろ?何で此処に居るんだよ」
容堂は怒りを噛み殺して、問いかける。
先ほど壁を殴る事で落ち着いた気持ち以上のモノが湧き上がってくる。
そして容堂はこれが殺意なのかと、どこか他人事のように理解していた。
だがそんな事木場は気にかけてはくれない、それどころか彼が怒りを滲ませてもどうする事も出来ない現状が愉悦を誘って仕方がないようだった。
「俺たちは今日は自主的に郊外ランはパスさせてもらってる、無理をしたら身体に悪いだろ?」
「碌に練習もしねぇんだからキツイのは当然だろうが」
「俺らはお前と違ってデリケートなんだよ。”魔法使い”ならそれくらいわかるだろ?」
「生憎だが、雑魚の気持ちなんざ知ったこっちゃねぇよ」
菅原と木場では実力差は歴然だった。
彼では容堂の足元にも及ばない、それを自覚しているのか木場は見る見るうちに顔色を変えて行く、
「あんま調子に乗んなよ”魔法使い”」
「俺が居なくなって、代わりにレギュラーになった連中が大会でどれだけ無様晒してくれんのか楽しみにしてるぜ?」
話している間もロッカーの整理を続けていた容堂は、片付け終えると木場に向き直り不敵に笑って見せる。
「テメェ!!」
そこから先の事は彼自身もよく覚えていなかった。
木場に殴られたのだと認識した容堂は彼を殴り返し、最後には取り巻き連中まで一緒になっての大乱闘を繰り広げた。
他の部の生徒が顧問に連絡して、その場は何とか治まった。
「失礼します」
そう言って容堂の母は生徒指導室を後にする。
そして扉を閉めるや否や、容堂の頭に拳骨を振り下ろした。
「イテッ」
「今回は向こうも大概だったみたいだから反省文で済んだけど、自覚しなさい?アンタはもう”魔法発現者”なんだから」
「…………わーってるよ」
「いいや、アンタはまだわかってないね。健康診断で”魔法”を持ってるのが分かった時説明されたでしょう?普通の人と争った場合、よっぽどの事が無い限り”魔法発現者”の方が悪になるって………男の人が「痴漢だ!!」って言われた時の冤罪率と同じかそれ以上なんだって」
「何回も聞いたって………――――――」
容堂は会話を打ち切るように歩を速めた。
彼にはまだ納得が出来ていなかった、”魔法”を持たない人を普通の人と未だに呼ぶ事に…………。
裏を返せばそれは自分が異常であると、言い続けられているのと同じだ。
幾ら精神がまともとされる人であっても、ずっと「お前は異常なんだ!」と言い続けられればどこかしら精神に異常をきたすだろう。
そんな容堂の納得のいって無い様子に、彼のは母優しく語り掛ける。
「これから先、ああいう連中はアンタの前に幾らでも現れるよ。その度にアンタはきっと同じように感じてどうしようもなく不貞腐れるんだろうけど、それじゃあダメなんだろうね。アンタが望まずに”魔法”に目覚めてしまったのは私はちゃあんと解ってるから、良い機会だと思って自分を変えてみたらどう?どれだけ変わったって、”魔法”が使えたって、アンタが私の息子である事だけは一生変わらないんだから」
息子とそっくりには母は笑った。
その似ている笑顔に、容堂はささくれ立っていた気持ちが和らいでいくのを感じる。
「なんで………ちゃんと練習してる俺より、あんな奴らがレギュラーに成れんだよ!?」
そして気が付けば、気持ちが溢れて吐露していた。
母は優しく、その背に手を当てて、ただ黙ってそれを聞いていた。
そのまま家に帰り、生活のリズムを崩したくなくて容堂はロードワークに出かける事にした。
くさくさとした気持ちを払拭したくて、いつもよりペースを上げて走り始める。
そうすれば余計な事を考える間もなく、疲労から眠りに落ちることが出来ると考えていた。
走り始めて暫く、彼は異変に気付く。
いつもならとっくに脇腹に痛みが出てもおかしくないペースで走っているのに全くそれがやってこないのだ。
それどころか、走る速度がおかしい。
背後に流れて行く景色がまるで自動車に乗っているかのような速度で遠ざかって行く。
それが”魔法”による恩恵なのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
彼は偶々見つけた公園のベンチに座り、頭を抱えた。
「ハハッ………」
思わず乾いた笑いが出て来た。
これがきっと努力により得られた結果であるならば、彼は今の状況も少しは楽しめたのかもしれない。
どういう原理かは全く分からないが、早く走れて、バテないスタミナ、求めない訳が無い。
けれど今はただ突如として湧いた力に翻弄されているような気になってしまう。
「やっぱ”魔法”なんて要らねぇわ…………」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます