2ー4 懐かしい温もり
愛されたいから、アルクメネの愛を失いたくないから。
リノヴェルカは頑張った。風の魔法を操って、アルクメネのためにたくさんの人を殺した。
これまで殺しなんてしたことはなかったし、最初はとにかく嫌だった。けれど。
『愛されたいなら頑張ることね』
アルクメネの言葉がリノヴェルカを突き動かす。
生きている、自分はまだ、生きている。
しかし。
抱き始めた、疑問。
誰かの命を奪って生きる。愛されたいから殺して生きる。そんな生き方に、意味があるのだろうか?
ただ自分は、『生きろ』イヴュージオとの約束を守るだけ。
戦果を上げて戻ってくれば、アルクメネは頭を撫でてくれた。それを幸せだと思ったから、リノヴェルカはたくさん殺した。
そうやって過ごし、二ヶ月が経った頃のことだった。
「次はあいつを殺しなさい。敵方の魔導士よ。非常に危険なの」
言われ、ターゲットを指で示された。その指の先、いたのは幼い少女。
無理だ、とリノヴェルカは思った。これまで殺してきた相手とは全然違う。もしも相手の少女も自分と同じように利用されているのなら、殺すのではなく救いたかった。そうやって躊躇していると、
アルクメネが耳元で囁く。
「こんな子だったなんて。失望したわ」
「…………!」
愛してくれない。その可能性と目の前の正義を天秤に掛ける。リノヴェルカには決断することが出来なかった。
そのまま送りこまれた戦場。相手の少女を視認する。彼女は無邪気に笑っていた。息を潜め、風を呼ぶべく手を構える。やたらと鼓動の音がうるさかった。愛されたい、が。己の理念に反してまでそう願うのは、正しいのだろうか。
「風よ渦巻け刃となりて、目の前の敵、」
「燃えちゃえ炎!」
唱えている最中、リノヴェルカの隠れていた茂み目掛けて一直線に飛んできた炎の球。反射的に前転、何とか避けるがしまった、と焦りを感じた。
前転したお陰でリノヴェルカの身体は相手の目の前に投げ出された。慌てて距離を取ろうとするも既に遅し。リノヴェルカの姿は少女にばっちり目撃されている。
少女はリノヴェルカを見た。無邪気な好奇心が、赤の瞳に宿る。
「へーぇ、あなたがそっちの魔導士! 風を使うんだ? 見せて見せて!」
「…………」
何も言わず、リノヴェルカは風を呼ぼうと息を吸う。大丈夫だ、いつも通りに殺せばいいんだ。殺すことにはもう慣れた。だからこんな少女くらい、
殺せない。
リノヴェルカの心が悲鳴を上げる。
優しかった兄を思い出す。兄は襲われたっていつでも、人を殺しはしなかった。痛めつけても、命だけは助けていた。殺しは兄の理念に反する。兄が何よりも嫌っていたことなのだ。
それをリノヴェルカは、平然とおこなっている。誰よりも大切だった兄が、最も嫌うことを。
今更罪を重ねたって、これまで殺してきた人々が蘇るわけではない。けれど、『もう殺さない』という選択肢もあったっていいはずで。
その迷いが、命取りになった。
ここは戦場、迷っていたら死に直結する場所なのに。
「見せてくれないんだ。つまんないの!」
声にはっとしたら。
目の前に、巨大な炎の球が迫っていた。
逃げようと後ろを振り返るが、そこには茂みがある。茂みなんかに逃げ込んだらそこに火がついて、辺り一帯が焼け野原になってしまう。それにスピードが、おかしかった。
迫りくる炎の球を見て、リノヴェルカは目を閉じた。閉じた眼の奥、浮かぶのは、愛した兄との幸せな日々。
最後にアルクメネを思う。自分は愛されるくらい働けただろうかと考える。
ごうごうと激しい音が鳴る。リノヴェルカは死を覚悟した、
瞬間。
「――リノッ!」
声が。
幼いころから傍にいた、大切な人の声が。
死んだと思っていたはずの人の、声が。
その人にしか許していない名で、リノヴェルカを呼んで。
「……イ、ヴ?」
懐かしい温もりが、リノヴェルカを包み込んだ。目に映ったのは海の髪。
「もう大丈夫だよ、リノ」
その身体から溢れ出た力。現れた大量の水が壁となって二人を覆い、炎の球から守り抜いた。
「やぁ。よくも大切な妹を傷つけてくれたね?」
立ち上がったその背中。懐かしさの余り涙が溢れそうになる。
イヴュージオは、魔導士の少女にその手を向けた。圧倒的な魔力が膨れ上がり、そして、
人体を貫く音が、ひとつ。
すさまじい勢いで、水が槍となって少女を貫いていた。その一瞬で、少女は絶命していた。
リノヴェルカは混乱する。殺しを何よりも嫌っていた兄が、目の前であっさりと人を殺した。そもそも、死んだはずの兄が何故か生きていた。わけがわからない。
混乱するリノヴェルカの頭に、そっと手が置かれた。
どこまでも優しい瞳で、イヴュージオは笑い掛ける。
「もう大丈夫だよ、リノ」
「どう、して……」
「話せば長くなる。こんな戦場からはとっととおさらばして、別の場所で話そうか」
兄に手を引かれ、リノヴェルカは呆然と歩きだす。
気が付いたら、アルクメネのことなどどうでもよくなっていた。
繋いだその手から感じるのは、確かに兄の温もりだった。
今はただ、それを感じているだけで幸せだった。
「お兄ちゃん……」
初めて兄を、そう呼んだ。ふふふと穏やかに、イヴュージオは笑っていた。
◇
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