五十四夜  理想郷(エルドランド)

怒声をあげたのは、何とラッシェオだった。

「なんだよ。それ…?僕やルル、父さんも母さんも、おじさんもおばさんもモルディーの人間じゃない。異世界が居心地がいいのは…この世界が自分たちの本当の生きる世界だなんて…じゃあ、今まであの世界で頑張ってきたのは…なんのためなんだよ!!!」

ラッシェオが声を荒らげるなんて普段ないので、両親もルルも驚きを隠せなかった。

「落ち着いて、ラッシェオ」

「そうだ。らしくもない」

温厚な彼が、ここまで怒るのはなぜと思いながら、ティアが優しく娘婿を抱きしめる。

「怒っているのは…私やフーガ、ユリやピースのことでしょう。ラッシェオくんは優しいものね」

「だって、僕とルルはまだ十一歳だけど、おばさんやおじさん、父さんや母さんたちがどれだけ…どれだけ一度きりの人生を…」

ラッシェオが怒っているの理由は自分たちがいじめられたり、仲間はずれに遭い、辛く悔しい思いをしてきたがまだ十一年だが、ピースやユリたちは三十年もモルディーで悲しいことや悔しいことをして来たのに、それは全て異世界人だったから…亡き両親たちや兄弟とは血の繋がりが無かったことも、孤児院に入ったことも…

もし、この世界にいたら、正真正銘のモルディー人なら、普通の家庭に生まれて育って、諦めた夢を叶えられたかもしれない。たくさんの仲間を作れたかもと消えた可能性にただ涙した。

ピースとユリは優しく息子を後ろから抱きしめる。

レイは、悲しい顔になり皆に謝罪する。

「申し訳なかった。なぜ、そうなったのか最初から話そう…かつて、このエルドランドで起こった出来事を、悲しき記憶を…」

ロトは、そう言うと右手を前に出して掌を見せた。そして、何かを呟くと足元に巨大なプラネタリウムのような宇宙の海が広がっていた。

「うぉ、今度はなんだ」

「ねえ、あれを見て」

そこには、青と緑に覆われたモルディーや地球のような惑星があった。

「そこにある巨大な大陸こそ、エルドランド。塔があるのは東の端にあるここです」

クレールはその大陸の名を「オルメカ」と教えてくれた。この塔がある場所はエルドランドの玄関口として栄えた母なる港町マヤと教えてくれた。

「エルドランドは、科学も魔法も高度に発達し、人々は笑顔に満ちたりた生活をしておりました」

町にはスーツやドレスなど古きアメリカやヨーロッパのようないでたちのファッションの人々でにぎやかに華やいでいた。さらには、車や馬車、蒸気機関車や蒸気船、飛行機や飛行船、昔ながらの帆船などが行き交い、市場や店先には新鮮な野菜や果物や魚介類や焼き立てのパンやクッキーが並べられていた。街角にはにぎやかな音楽が奏でられ、笑い声が響き、楽しいが溢れた町だった。

「凄い発展しているな。東京や横浜、徳島の町みたいだな」

「各地からたくさんの人や物が来ているわ」

六人はその町を見て回った。

「見て、塔がある」

ルルが塔に気付いた。

「塔はどうやら、片方は灯台でもう片方は天文台のようだな」

フーガは、建物の横にある看板に目をやると、この国の言語で書かれているがスラスラと読めた。六人が食事したり、昼寝をしている広場だが、今は屋台があり、ベンチにはカップルが座り、街灯の周りでは子供たちが遊んでいた。

彼らの言葉がわかる。

「今だけ、心にエルドランドの知識をシンクロさせている」

ロトは六人に語る。すると、ラッシェオがロトに伺う。

「ロト様…もしかして、僕らが尚樹さんや敦子さんの町や東京、拓郎くんたちの横浜、大成丸さんの徳島で地球の言語が理解できたのもエルドランドの力のおかげですか」

ロトが「そうだよ」と優しく微笑む。

エルドランド人は元々は色々な時空や宇宙の星々と交流があり、正確に言語が翻訳される翻訳機の開発やコミニュケーション能力を適応させられる脳科学の発達が物凄く進んでいた。中には、その人の肉体に魂をシンクロさせることも出来た。

「どうりで、敦子さんたちの前日の記憶が身体に伝わったり、佳那さんとフレンチの美味しいがそのまま感じられたと思ったら、私たちのご先祖さまからの贈り物だったのね」

ルルが納得したように話す。

しかし、こんなに高度に発展した世界が何故滅びたのか…?

レイ、クレール、ロトは、彼らの思いを知り、その疑問に答えた。

「それは、ある日を境に全てが悲しみに陥った…」

場面が変わり、美しい青空が黒い雲に支配され夜よりも暗くなり、街中が静まり返っていた。

やがて、家や商店にいた人が突然、頭や胸をおさえて倒れ込んだ。

「く…く…くる…」

「痛い、痛い」

「ママ、パパ、痛いよ。苦しいよ」

老若男女問わず身体を抑えて倒れた。ユリは、助けようとするがロトに止められた。

「遠い昔の記憶だ。何より、モルディーって言う別世界の医術では治すことは出来ない」

「でも、でも」

ユリは目の前に倒れた自身と同い年ぐらいの女性に手を携えて助けようとしたが、それは出来ない悔しさに涙した。

ラッシェオとピースとルルもユリと同じように助けようとするが、クレールとティアが止めた。

「これは記憶の中の状態、あなた方が助けることは出来ないの。本当に優しい所は変わりませんね…」

クレールの意味深な言い方。

「これは、伝染病かそれとも化学兵器か何かにやられたのか?」

すると、レイとロトが原因を示した。

「それは、なんのまえぶれもなく現れた」

「奴らは無より生まれた」

突如時空の裂け目が起こり、奴らは現れた。

「ガハハ、我らはこの世界をいただきに参上した。エルドランドは今日より我らのものだ」

「ハハ、全てぶっ壊してやる」

「そして、我らの世界にそっくりと塗り替えてやる」

そこにはおぞましい姿の禍々しい甲冑を着た三人の怪物がいた。

「やだ。何なの?この怖い軍団は?」さらに、後ろには悪魔や鬼、亡者のような怪物たちが何百、何千と軍団を作っていた。

「金角やカリたちみたいな怪物の軍団がいっぱいだ。奴らは何者なんだ?」

「奴らは大魔王シュテン、ラーヴァナ、ギュウマと呼ばれる三界を支配しようとする悪しき魔王たちだ。エルドランドを征服しに来たのだ!!!」

多くの人々が亡くなったのは奴らが闇よりやってきた邪気の力が強く、平和と楽しさを大事にするエルドランド人には耐えられなかったのだ。

やがて、塔の周りは荒れ果て始め、誰もいなくなった。

「遠い昔の話だ。三魔王たちはその後どうなったかわからない。私たちも奴らに知らぬ間に生命と身体を奪われてしまい、魂だけになってしまっていたんだ」

ロトの瞳から涙が流れていた。

レイもクレールも、それは悔し涙と誰もがわかった。なぜなら、ラッシェオもルルも、ピースもユリも、ティアもフーガも同じ状況になっていたからだ。

なぜ、こんなに美しい町が、世界が滅んでしまったのか…その理由が、魔物たちや悪の女神たちみたく侵略を考える身勝手な独裁者たちが関与していたと思うと悲しく悔しい気持ちになる。

「なんで、こんな悲劇が…」

フーガは悔し涙を浮かべる。

すると、クレールはある場面を見せる。

破壊された塔の広場で泣き崩れる二人の男女がいた。

「あの二人は…?」

栗色の長い髪をした女性が地べたにうずくまり泣いていた。隣には支える黒い髪の男性が…

「男の名前はタロス、女はフミ、エルドランドの王と王妃だ。皮肉にも生き延びたのは二人だけだった。未曽有の侵略に二人は立ち向かうことが出来なかった…」

すると、二人は瓦礫の方から何か音が聞こえた。それは、人の声、まだ、幼い泣き声だった。

タロスとフミが声のする方に向かう。

するとそこには、

「これは…」

そこには、骸になった両親に庇われながら小さな命が産声をあげて泣いていた。ほかにもおなじように、離れた廃墟の家の後にはゆりかごに守られた赤ちゃんが、ロトはさらに幻を続けた。

「地下室にも、逃げ延びようとして絶命した母親の遺体に抱かれた赤子が、さらには、沈んでいた船の上で両親や兄や姉に守られていた赤子が、そう、この四人の赤子たちこそ…」

ピース、ユリ、ティア、フーガは何も言わずに悟った。それは、四人の瞳から流れる輝くものから理解出来る。

その後、レイ、ロト、クレールはラッシェオたちを一人一人優しく包み込むように抱いてくれた。

「悪しき三大魔王たちは、エルドランドを滅ぼした時のように、今度はモルディーやパイオニアスなどを狙っている。さらには、悪の女神、魔物たちもだ。六人にはつらいが何卒、悲劇を繰り返さないようにしてほしい」

ラッシェオ、ルル、ピース、ユリ、フーガ、ティアは互いに瞳を見て、強い意志を固めた。

そお、モルディーではなく、異世界エルドランドを、いや、やっと作ることが出来た。本当の帰るべき大好きな場所を改めて守ると…固く決めた。
















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