第三章 ~『完璧超人桜ちゃんの恋の特別編』~


『視点変更:桜木サイド』


 日が沈み、暗い街中を二人の男女が歩いていた。共通の話題で盛り上がる美男美女は理想のカップルそのものだ。二人の足がタワーマンションの前で止まる。そこは杉田たちの住むマンションだった。


「送ってくれてありがとうございました」

「陽菜さんのためならどうってことないですよ。それに今日は楽しかったんで。そのお礼です」

「杉田くんとの恋愛相談なんかが楽しかったのですか?」

「大切な人の役に立つのは男冥利に尽きますから」

「ふふふ、大切な人ですか……」


 竹岡は女性なら誰もがうっとりするような整った容貌をしている。それでいて体格はガッシリとしており、身長も高い。学園一のモテ男と称されるのも納得である。


「それにしても偶然とは怖いですね。まさか学校で陽菜さんと再会するとは驚きでした」

「驚いたのは私の方です。まさか噂で聞いた竹岡くんが、あの竹坊さんだったなんて……」

「ははは、当時の僕はチンピラでしたからね」


 桜木が竹岡と出会ったのは中学生の頃まで遡る。家出した彼女が繁華街で途方にくれているところを、金髪に耳ピアスとヤンチャな風貌をした彼がナンパしてきたのだ。


 兄貴分の杉田に助けてもらうことで事なきを得たが、桜木は彼のことが恐ろしかった。しかし偶然の再会により評価は一変する。


 耳に開いていたピアスの穴は塞がり、派手な金髪は黒に染められ、年上にはきちんと敬語を使える紳士に成長していた。


「でも外見以上に驚いたのが杉田くんとの関係です。まさか彼を追って同じ学校に進学してくるとは思いませんでしたから」


 スポーツマンの好青年と冴えないオタク。水と油のような存在だが、竹岡は今もなお杉田のことを尊敬していた。


「竹岡くんは杉田くんがオタクになっても気にしないのですか?」

「外見や趣味が変わっても、兄貴の熱いハートは不変ですから」

「ふふふ、杉田くんもあなたのような後輩に慕われて、幸せでしょうね」

「そ、そうですかね……でもそれなら嬉しいですね」

「でも杉田くんも薄情ですね。こんなに可愛い後輩に声をかけてあげないのですから」

「それは兄貴に非はありませんよ。僕が同じ学校に通っていることを教えていませんから」

「それは変ですね。杉田くんの口から竹岡くんの名前が出たのですが……」

「……もしかして僕とは知らずに、竹岡の名前だけ聞いたのかもしれないですね」

「どういうことですか?」

「実は僕と陽菜さんが恋人だと噂が流れているんです」

「私と竹岡くんが恋人なんてありえませんし、杉田くんもそんな根も葉もない噂を信じたりしませんよ」

「でも兄貴、ちょっと思い込みの激しいところがありますからね。噂をそのまま信じてもおかしくないですよ」

「ならあんなに怒っていたのは……えへへ、私に嫉妬していたからでしょうか♪」


 嫉妬は好意の裏返しだ。まだ脈は残っているのかもしれないと、淡い希望が彼女の胸を高鳴らせる。


「……誤解を解くために、僕の正体を明かしたほうがいいですか?」

「でもそれはしたくないのでしょう?」

「兄貴を慕って同じ高校に進学したなんて知られたら、まるでストーカーだと幻滅されるかもしれませんからね。今は遠くから見ているだけで十分です」

「ふふふ、なんだか恋する女の子みたいですね」

「それは陽菜さんも同じじゃないですか」

「そ、それは……」

「関係はどこまで進んだんですか? もう一線は超えたんですよね?」

「私たちは高校生ですよ! 不埒な真似はしません!」

「まだ友達のままですか。でも青春っぽくていいですね。二人が結ばれるのを応援していますから」


 竹岡は桜木の恋愛が成就するのを願うと、背を向けて帰っていく。桜木も何度か手を振ると、杉田の待つ自宅へと戻る。


 玄関の扉を開けて、家の中に足を踏み入れると、今にも泣きだしそうな杉田の声が届く。


(何か起きたのでしょうか……)


 心配になり、杉田の元へ駆け寄ろうとするも、思い直して客間へ向かう。畳の床に寝転がると、小さくため息を吐く。


「私ではきっと杉田くんを慰めることはできませんね……」


 杉田の悲しげな声に梅月の温和な声が混じる。彼女がいるのなら自分に出番はない。


「声が大きいから会話の内容が丸聞こえですね……」


 聞こえてくる会話から、杉田の書いた小説に人気がでなかったことへの嘆きだと分かる。


(いったいどんな小説を書いたのでしょうか……)


 杉田の書いた小説を読んでみたい欲求に駆られる。その欲求には抗いがたく、ノートパソコンを立ち上げ、『小説家を目指そう』のサイトを開いていた。


「杉田くんのことだからペンネームは本名そのままですね」


 桜木は実名をカタカナに変えた『サクラギヒナ』で作家活動をしている。これに対し、杉田も作家デビューをするのなら本名をペンネームにすると語っていたことを思い出す。それが嘘でなければ、検索で見つかるはずである。


「ありました。この作品ですね」


 発見した作品名は『復讐』。ラノベとは思えない攻めたタイトルだが、ジャンルはラブコメでエントリーされている。


「恋愛作品というよりサスペンスのようなあらすじですね」


 悪役の女の子に裏切られた主人公が復讐を遂げるまでの物語と記されており、甘いラブの要素は微塵も感じられない。


「小説には読者の予想しないどんでん返しを売りにする作品もありますからね。とにかく読んでみましょう」


 だが物語は終始、暗い雰囲気のまま進む。金髪ハーフのヒロインによって理不尽に振られた主人公が、復讐のために裏で暗躍を開始するのだ。


 恋愛描写はあるものの、ヒロインの少女と浮気相手がイチャイチャするだけで、そこに主人公の介在する余地はない。憎しみが積み重なっていく心情描写が展開され、昼ドラ以上にドロドロとした三角関係が繰り広げられた。


「この作品のヒロインは私がモデルなのでしょうね……っ……私の事が……こんなにも嫌いなのですね……」


 悪女として描かれたヒロインの特徴は桜木と一致していた。まるで彼女への憎悪を発散するような文章は胸を刺すナイフだ。


 心の痛みを我慢しながら最後まで読み終えたが、主人公がヒロインに復讐を果たすことで結末を迎える。後味の悪さが口の中に苦く残った。


「ふふふ、悲しいですが笑ってしまいますね」


 自分をモデルにした人物が醜悪に描かれていても、その文章に心惹かれる自分がいた。苦みを覚える読了感も、時間が経てば経つほどクセになっていく。


「ラノベとしては最低ですが小説としては傑作です……えへへ、やっぱり私の好きになった人は凄いですね」


 夏目漱石の『こころ』を読んだ時のような感動に支配され、杉田のことを惚れ直していた。ラノベもいいが、純文学も面白いのだ。


「私も馬鹿な女ですね……」


 どれだけ相手が自分のことを嫌っていても、恋人がいたとしても、慕う気持ちが変わらないのだから。


「けれどもうこの家にはいられませんね……」


 ストーカーから守ってもらう名目で泊めてもらっていたが、これほどまでに嫌われているのだ。杉田の心情を思うと、一つ屋根の下で暮らすことは憚られる。


「ですから最後に……思い出を残していきましょう」


 桜木は文章編集ソフトを立ち上げ、小説を執筆する。『完璧超人桜ちゃんの恋』の特別編と銘打った物語は、好きな人に嫌われても、諦めずに好きになろうとするヒロインのお話だ。


 滑らかに動く指は空白を文字で埋めていく。書いていたのが短編だったこともあり、一時間もしない内に書き終えていた。


 桜木は情熱が冷めない内に、『小説家を目指そう』にアップロードする。杉田への愛を叫ぶように、小説は全世界へと公開された。


「……終わりましたね」


 達成感に満足するように、畳に寝転がりながら天井を見上げる。彼女の口元には小さく笑みが浮かんでいた。


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