13.夏の空

「それよりショックじゃなかったですか? 私なんかに指名されて」

「光栄でしたよ。十和子さんは人気がありますから」

 嘘ばっかり。顔を上げて思わず見据えると、そんな私の態度に慎也さんは意外そうな顔をした。

「本当です。多賀宮たかのみやの方々は気位が高くていらっしゃるし、土宮つちのみやの方たちは気性が激しい、仕えるなら風宮かぜのみやの方のどちらかが良い、と侍従候補者たちは話していて」

「そうなんですか?」

「ここだけの話ですよ」

 慎也さんが微笑む気配に和んで、私は頭を枕に戻した。


「貴和子さんは厳しくて有名で」

 なるほどなー、比べて私はちゃらんぽらんなのがウリだものな。

「それって、消去法ってことじゃないですか」

 不愉快ではなかったけど、一応拗ねておく。

「わたしは嬉しかったですよ」

「本当に?」

「十和子さんと一緒に暮らせて、楽しくてしあわせです。ずっとあなたについていきます」

 ごまかしてばかりの私に慎也さんはちゃんと答えをくれて、ちょっと胸が詰まってしまう。勝ちを譲られて負けた気分。やるなあ、慎也さん。


 顎を引いて頷くようにした後、ぎゅうっと胸にすがってそのまま眠ってしまいそうになっていると、不意にまた質問された。

「でも十和子さん。あの吸血鬼のことはどうするんですか?」

 ああ、シモン。あいつのことは……。

「まだ、少し、考えてから」

 顔も上げずにもごもごそう答える。慎也さんはもう何も言わなかった。





 祓を終えたからってわけでもないけど、翌日の天気は紺碧に晴れ渡った快晴だった。すっかり夏の空だなあ。


「じゃあね、十和子」

「うん。また」

 いつものように別れを告げてあっさり立ち去るかに見えた貴和子は、くるっと踵を返して私に近寄ってきた。

「何かあったらすぐに教えなさい。あの吸血鬼のこととか、あんたが黙ってたのが悪いのよ」

 そうか、こいつ。シモンのことを知らせずにいたものだからツンツンしてたわけだ。


「隠してたわけじゃあないよ。でも」

「わかってる。わたしだって宮子さまにおもねる気はないもの。出し抜くつもりなら慎重になるのもわかる」

 私が表情を引き締めると貴和子も目を鋭くした。

「気をつけなさいよ。揚げ足を取られないように」

「うん」

 素直に頷く私に逆に心配そうな顔になった貴和子だったが、すぐに石段の前で待っている克也と合流し階段を下りて行ってしまった。


「……」

 残された私はがしがしと頭を掻き、珍しく考えあぐねて空を見上げてみたりした。さて、どうすっかなあ。

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